経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

リスクが従う二つの分布

2014年03月16日 | シリーズ経済思想
 ガラス板を破壊すると、破片は幾つかの大きなものと無数の粉々のものになり、その構成がべき分布になるというのは、よく知られていて、べき分布の典型例として挙げられることも多い。ところが、それは高いエネルギーで破壊すると、そうなるのであって、低いエネルギーであると、対数正規分布になるそうである。

 また、べき分布と対数正規分布は、裾野の部分を除いて似通っており、裾野も分散が大きくなると、べき分布に近似して、見分けがつかないようになるらしい。対数正規分布をべき分布にするには、対数正規分布の基となる乗算過程(変化量が現在量に比例する)に、増幅する作用をもつ項を加えることで可能になるようだ。どうも、べき分布と対数正規分布は「地続き」であり、これは経済のリスクを考える上でも非常に興味深い。

………
 有名な話だが、オプション価格を算出するブラック・ショールズ方程式では、株価変動の分散が対数正規分布に従うことを前提としている。対数正規分布は、変数の対数を取ったものが正規分布に従うのであるから、当然、分散の計算が可能だ。しかし、実際の変動は、もっと激しく、分散が無限大であるべき分布になると批判され、今では、リスクを大き目に設定する形に改良して使われている。

 2/23のコラムで、ケインズやナイトの言う「不確実性」は、論理的な必然性から、一般のリスクとは次数が異なるものとして、べき分布のリスクと解釈すれば良いということを述べた。分散が無限大の「不確実性」となれば、合理的期待も持ちようがなかろうというわけである。仮に、対数正規分布だとしても、リスクを大き目に設定すれば、その分だけ不効率が生じ、これに相互作用が働いて増幅されれば、容易にべき分布に発展すると想像がつく。

 設備投資に関する、経営者の需要に対するリスク感覚として、安定していれば、金利プレミアム程度のリスク、変動がある下では、対数正規分布の有限の分散のリスク、変動が大きくなるにつれ、分散は拡大し、ついには、無限大のべき分布の分散リスクに至るということになろうか。要するに、需要の変化に対して、急速にリスク感覚が強まるのである。

 むろん、分散が有限であるうちに「超」合理的にリスクを取ると仮定すれば、リスクの発展はないかもしれないが、それは破れやすい構造にある。他者も裏切らずに「超」合理的に行動するとか、自身も分散に必要な十分に長い持ち時間があるとかの「強い」仮定が必要になる。結局、べき分布のリスクがあるとの疑いが生じた途端、その発生が避けられなくなるという悩ましさがある。

………
 需要に対して、本当にべき分布のリスクがあるかどうかは、GDPデータは四半期だから、分析できるだけの情報量が不足していて、なかなか実証に至るのは難しいと思う。ただし、もし、それが真実だとして、ここから導き出される経済運営の要諦は、需要にショックを与える一気の増税のようなことは避けるという常識的なものだから、政策コストが高いわけではない。政策は、実証を待たず、蓋然性でもって判断せざるを得ないことが多い。そういう場合のリスクとコストのバランス感覚こそが大切であろう。

※参考:國仲寛人・小林奈央樹・松下貢「複雑系に潜む規則性-対数正規分布を軸にして-」(物理学会誌2011.9)

(今日の日経)
 攻めの借金事業拡大。人民元変動幅2%に。第3子給付手厚く・諮問会議。性同一性障害特例法。中国、ニコンを標的。東芝の漏洩でも切れぬ提携。ケーズ社長・駆け込みで説明できないものも。建設職人はなぜ消えた・流動化で賃金高騰・志田富雄。

※性同一性のような一隅を照らす立法こそ議員の役割だね。※志田さん、いいね。人材流動化は成長するときには足枷になるものだ。

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Unknown (KitaAlps)
2014-03-17 10:59:14
1 対数正規分布、べき分布と「近似」

>ガラス板を破壊すると、破片は幾つかの大きなものと無数の粉々のものになり、その構成がべき分布になる・・・ところが、それは高いエネルギーで破壊すると、そうなるのであって、低いエネルギーであると、対数正規分布になるそうである。

 確認していないので間違っているかもしれませんが、理系的に考えると、これは、低いエネルギーでは「対数正規分布で十分『近似』できるようになる」という意味ではないでしょうか。自然科学では、それが普通です。

 例えば、相対性理論も、人工衛星とか惑星運動などの実用的な縮尺のレベルでは99.9999・・・・・%ニュートン力学で扱えます。扱えるの意味は、「近似」できるということです。
 また、例えば落体の運動は「放物線軌道」を描きますが、これは正確には(ニュートン力学では)「楕円軌道」です。放物線軌道は、物体と地球の重心間に働く力が一定(重力加速度一定)という仮定から導かれるのですが、実際は(ニュートン力学ではこの仮定は正しくなく)、物体と地球の重心との距離が近づくに従い、働く力は距離の2乗に反比例して強くなります。この条件を入れれば、楕円軌道が導けるわけです。
 ですから、仮に落体が地表にぶつからなければ(地球の体積が小さくて重心に一点集中していれば)、落体は楕円軌道をまわって、人工衛星と同じように元に戻ってきます(人工衛星は水平方向のスピードが速いので円に近い楕円軌道ですが、人が投げる程度では、ぺちゃんこに潰れた楕円になります)。地球を周回する人工衛星が地球に対して「自由落下」を続けているという表現はこのことを指しています。

 つまり、放物線軌道はニュートン力学の近似なわけです。これと同様に、従来、対数正規分布で記述されていた経済現象のいくつかは、実際にはべき分布だったのであり、対数正規分布は狭い範囲の変動でしか成り立たない「近似」だったと理解するのが理系的な見方です。自然科学は、「従来の理論は、真の理論の『近似』だった」ということを理解することで発展してきています。

 つまり、自然科学の理論的発展は、新しい理論は、古い理論が説明する現象を包括的に説明できるとともに、古い理論では説明できなかった、より広い範囲の現象を説明できるようになり、一方で古い理論は一定範囲のスケールでは新しい理論のよい近似になっているという関係となることが、新しい理論体系へのパラダイムシフトの条件です。

 つまり、①新しい理論は古い理論よりも「広い範囲の」現象を説明できて、②古い理論が説明できる範囲の現象については、古い理論が新しい理論の「近似」になっているという関係になることが新しい理論体系が革命的なものとなる条件です。
 例えば、落体の法則や天動説・コペルニクスの地動説に対するニュートン力学、ニュートン力学に対する相対性理論や量子力学はそんな関係にあります。

 経済学でも、そうした形の発展が(リーマンショックを契機に)今後10~20年以内に起きると思っています。・・・それには経済現象のべき分布に対する理解が一定の役割を果たすのかもしれません。・・・私が考えるのは、もっとシンプルで基礎的な枠組みの問題ですが。

>ブラック=ショールズ方程式は・・・今では、リスクを大き目に設定する形に改良して使われている。

 これも、小さいですが、そうした発展の一つと考えられます。もっとも、「リスクを大き目に設定する形に改良して」ということだとすると、それは根本的な発展ではなく、近似の精度を上げるという意味の実用的な改良ということだと思いますが(実用ではそれで十分なのでしょう)。

2 「財・サービス需給」の分散と「資産需給」の分散

>需要に対して、本当にべき分布のリスクがあるかどうか・・・

 べき分布のリスクが最も明確に出やすいのは、財・サービスの需要に関するべものというよりも、資産におけるべき分布のリスクではないでしょうか。

 というのは、財・サービスの需要は、上限が家計の所得などの予算制約に強く縛られる一方で、下限が生活必需消費などによって限定されているからです。

 たぶん、お考えなのは設備投資だと思いますが、これも、(最終的には)その意思決定の判断は家計消費の将来見通しに帰着します。

 この意味で、財・サービス市場にはアンカーとして家計消費があり、それは家計所得に制約され、さらには(おおむねのセイ法則により)生産に制約され、したがって循環的な相互作用下にあります。
 この意味で、財・サービス需要の分散は、極端には大きくはならないのではないかと思います。

 むしろ、分散が大きくなり得るのは、「資産需要」だと思います。資産というのは言うまでもなくストックできるものであり、「使用価値ではなく、資産価値に基づいて保有されるもの」ですから、需要には上限がありません。使わなくてもため込めばいいわけですから。
 ため込むほど、市場に流通する資産は希少化しますから、価格は上昇します。価格が上昇を続ければ、転売して容易に差益が得られますから、資産価格が上がるほど、ますます転売目的の需要が増え、価格上昇で資産をため込む価値も高くなります。
 こうした循環が始まると、資産の需要は、財・サービス生産のために必要なという意味での実体的なニーズを離れて需要が上昇します。バブルですね。

 しかし、価格上昇に不安を抱く人が増え、流入する資金が細ってきますと、バブル崩壊です。バブル崩壊が生じると、投げ売りが発生しても、さらなる値下がりを懸念して買う人はますます減少します。
 すると、それは、資産効果で生じていた財・サービス需要を収縮させ(米国のサブプライム住宅危機など)、それは生産設備や雇用の過剰を現出させて、設備投資や雇用の抑制につながっていきます。そうした判断は、べき分布の尻尾の方にあるものというよりも常識的なものであり、分布の山のあたりにあるような判断ではないかと思います。

 こうした資産における需要の変動によって、財・サービスの需要は変化しますが、メカニズム的には、資産需要の分散の拡大こそが起動因となって生じたものと考えますから、べき分布で注目するのは、資産の需給でよいのではないかと思います。

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