河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。
全ログ0013まで修復済161024

2429- ベルク、ヴァイオリン協奏曲、ジュミ・カン、ルル・スイート、下野竜也、N響、2017.10.14

2017-10-14 23:11:16 | コンサート

2017年10月14日(土) 6:00pm NHKホール

モーツァルト イドメネオ 序曲  4

ベルク ヴァイオリン協奏曲  11-17
 ヴァイオリン、クララ・ジュミ・カン

Int

モーツァルト 皇帝ティートの慈悲 序曲  5

ベルク ルル スイート  5-11、4、4、3、6-3
 ソプラノ、モイツァ・エルトマン

下野竜也 指揮 NHK交響楽団


プログラムは作曲家だけ見れば前半後半ミラー。ベルクだと客が入るかどうかわからないし、プログラムにも創意工夫がいるのだろうと思うが、そんなにほめられビルディングではない。色々とこじつければそれなりに意味のあるものかもしれないが、直感のほうがポイントですよ。
ソリストが二人というあたりに苦労がにじみ出ている。

イドメネオの第1音、清涼感あるもので、このバカでかいホールでこのようなサウンドを響かせることが出来るのはこのオケだけだろうなと最初から妙な感慨にふける。

フィリップ・カンの娘さんのジュミ・カンは一度聴いてます。
2003- ブラームス、Vn協、クララ=ジュミ・カン、Sym1、ヘンヒェン、新日フィル、2015.10.25

今日はベルクもの。大柄で弾きの強い印象があったのだがベルクものに繊細さに心砕いたのかもしれない。
この作品はあまり好みではなくて、それでも興味はあるので実演には積極的に参加。
ひとつの進行の中に同じ(高さの)音の存在を多く感じる時があり、その瞬間、こちらの気持ちが揺らぐ。ハーモニーのせいだろうか。凝縮と昇華が圧倒的だとは思うものの。


ルルは昔メトで観た。記憶によるとフランツ・マツーラがゴル博士役で、第1幕第1場に登場し心臓発作でいきなり死んでしまい役どころ終了で客が大爆笑。というのも同じ時期にパルジファルのクリングゾルで出演していたため、あまりのキャラ違いに大爆笑と。笑うところかという話もあるがメトではたまにこういったことがありますね。カヴァレリア・ルスティカーナの大詰めのところでトゥリドゥが、マ~ム、と歌うところあすこも同じく笑いが入ったものだ。内容の深刻さとは別のところで笑いが入っちまうのは毎日流れていく音楽シーンや生活様式など色々と触れる空気というものがあるから。

ということで、ルルは組曲でなくオペラで観るもので、音だけ取れば難解、観れば少し違うもの、そういう話であるので、組曲だけだとイメージをつかむのは困難だと思う。
プログラム解説にある第1曲ロンドは、第2幕の第1,2場という二つのシーンから成る。下野もきっちりポーズし分けて振りました。
第5曲は組曲オリジナル。歌は第3曲のルル,第5曲の令嬢。こちらは短い。シーンをイメージしながら聴きました。
ソリストはシリアスな表現が見事。下野の棒は高速運転のところはテンポをドンドン絞めていく。緊張感に富んだもので研ぎ澄まされたベルクの音楽の切迫感を見事に表現していました。
おわり

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2428- ニールセン、ヘリオス、グリーグPC、清水和音、ツェムリンスキー、人魚姫、上岡敏之、新日フィル、2017.10.14

2017-10-14 22:43:36 | コンサート

2017年10月14日(土) 2:00-4:10pm サントリー

ニールセン ヘリオスOp.17  11

グリーグ ピアノ協奏曲イ短調Op.16  13-5+10
 ピアノ、清水和音

Int

ツェムリンスキー 人魚姫  15-11-12

ハンス・クリスチャン・ロンビ シャンパン・ギャロップ  2

上岡敏之 指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団


定期公演だがちょっと冠系のコンサート。日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念公演。演目はデンマーク絡み、棒はコペンハーゲン・フィルの首席を兼務する上岡。
グリーグのコンチェルトは作曲家がコペンハーゲンに滞在中に作曲したとのこと。人魚姫はアンデルセン絡み。

1曲目のヘリオスとは太陽。暗闇から次第に太陽が昇り海へと沈むまで。標題を殊更イメージしなくても弧を描く様な動き。暗闇でも線が見える。そうこうするうちにすぐに明かりが見えてきて海に浮かぶ太陽のようなやや重めでサラサラしている感じ。軽くない。沈んでいく太陽が印象的。
上岡の筆は冴えていて初めて聴く曲ながら内声がわかりやすかった。

グリーグのコンチェルトは清水が易々と弾く。音楽的なバランスを崩すことなく慎重にかつ情緒豊かに弾くという事はどういうことか、といったあたり近くで観るとその音楽のつくり方をリアルに見れる。際どくも鋭い。線のつくり込みが素晴らしく良くてほれぼれする。
ピアニストでもある上岡の伴奏が濃い。グイッと清水を睨みつけながらの棒さばき。ピアノとオケの入りは呼吸が極めて良く、見事に一致している。オーケストラの呼吸は上岡コントロールになっているので面白いようにきまる。このように息が合っていると演奏は引き締まり歌い口も良くなる。清水は自由さに余裕が出てくる。なんだか全ていい方向に進む。みんな鮮やかで聴きごたえありました。

後半はツェムリンスキー。アメリカのアクセントは「リ」に力を入れて発音すると容易に伝わります。
人魚姫は最近ポツポツと聴けるようになった。プログラムノートによると改訂稿での演奏という話だが、この文章は極めて分かりにくく、作曲者が初演に際し割愛した部分を復元した演奏という事だろう。(もっとわかりやすく書いて欲しいし、使う言葉にも統一感が必要。わざわざ不正確に書いているようにさえ感じる。さらにもうひとつ付け加えると、作品の解説が5行しかなくて、経緯説明が1ページ半、なんじゃこれは!おぱなしになりませぬ。)

人魚姫は3つの部分からなる交響詩という事だろうと思うが、それぞれの楽章に言葉での説明が要るともいえるし、アンデルセンの童話を知っていれば大枠の理解は進む。
上岡の前に譜面も譜面台も無し。こちらが心配するような話ではないのかもしれないが、よっぽど愛情を注いできた作品なのだろうと思う。意気込みを感じますね。
第1楽章の冒頭から血の通った生きた演奏。イキイキしている。全てのインストゥルメントに的確な指示、悉く正しく反応するオーケストラ。海底から人間界に現れた人魚姫の様子。オケ音色も見事にきまってます。
このスコアは見たことが無いけれども折角譜面不要の上岡が振ってくれているのでそのタクト具合を、サントリー至近距離定期席から眺めてみると、1,3楽章は3拍子系。2楽章は4拍子系のように見えましたが、変則振りが割と頻繁に入ってくる。それらが全部頭に入っているパーフェクトな振り。
この第1楽章は聴きように序奏付きのソナタ形式で、そのような聴き方でもいいのではないかと感じた。また、この楽章の規模が大きい割には2,3楽章が少し弱くバランスは必ずしもいいとは言えない。

形を感じさせてくれる作品ながら、上岡の棒はなにやらオケをキラキラと輝かせてくれたり、モクモクと水の中を感じさせてくれたりと音色の変化が鮮やかで、多彩な色模様を魅せてくれる。お見事な棒でした。
2楽章結尾のきまり具合、最高でしたね。この楽章は律動のサウンドが美しくオケ能力も最善のものを出していた。彼が振るようになってからこのオーケストラは軒並みハイレベルな演奏に坂登り傾斜を続けている。今日の演奏もしかり。指揮者とオーケストラの一体感はもはや明らかである。明白。
人魚姫、最高。

アンコールでのプレイヤーたちの冴えた技、楽しそうにプレイしている姿に感動した。新日フィルさんは上岡さんでがらりと変わりましたね。
楽しさ満開、全部満喫しました。ありがとうございました。

音楽監督がシーズンを通して振りぬいて欲しいものだが、なかなかそういう文化がないのが国内の慣わし。できれば上岡にはこれを破ってほしい思いもある。そう、簡単にはいかないだろうから、とりあえず、
2018年7月27日と28日のリクエスト・コンサートでは、ラフマニノフの3番コンチェルトを上岡さんに弾いてもらいたいなあ。出来るならば弾き振りで。
おわり

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