太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

異能の学年

2018-07-07 09:04:46 | 思い出話

3日も続いた強風と雨が治まり朝から雲の間に太陽がのぞいている。風は生温かいがそれでも蒸し暑さは凌げる。九州四国中国地方は続いた豪雨による被害がかってない広範囲から伝えられている。山が多いこの地方では清流のほとり、普段はとても美しい風景に囲まれて住んでいる人を羨ましくも思っていた。しかし、豪雨による山崩れや川の氾濫を見ると危ないところに住んでいるなあと思ってしまう。かって住んだこともあるところの川の氾濫のニュースなど聞くと、あの川がと信じられない。親戚や知り合いの居る地域の被害は伝えられていないが、直ぐ近くの馴染みの住所は出て来る。今回の被害は小規模だが広範囲に数多く生じており、全体では相当な被害である。それでも、風水害は地震と異なりある程度予見できること。近年の大災害の教訓から避難がかなり徹底している、ニュースの伝え方も迅速で的確な事から被害自体は可也抑えられたように思う。

もうひとつの大きな出来ごとはオーム事件の死刑囚の執行が行われたことである。その一人は高校の同級生である。関西の片田舎の高校だったが、不思議と同学年に世間を騒がせた異能の学年が多く居た。オ―ム事件の彼は同じクラスになったこともあり、知らない仲ではない。本人と気付いたのは彼の修行時代後の写真が公表されてからである。高校時代と殆ど変らない顔をしていた。高校時代は無口で大人しくあまり目立つ存在ではなかった。記憶ではちょっと輪の外から理屈を言い信念めいたものを持っていた学生だったように思う。卒業後の経歴を見ても同級生のそれとあまり変わったところは無く、あのような事件を起こす切っ掛けとなったターニングポイントがどこにあったのだろうと思ってしまう。一体何があったのか不思議である。しかし、犯した罪は決して許されるものではない。死刑執行のニュースを聞いても来るべき時が来たという感じで特に新たな思いは無い。

思えば同じ学年には相当異才というか異能の人達が集まっていた。片田舎の高校にしては珍しいと思う。過労死問題で最近良くニュースに出て来る弁護士も同級生である。確か東大の経済学部に進みながら司法試験に合格して弁護士になった秀才である。親も兄貴も医者で特に兄貴は東大医学部を出ながら往診をやっており、街の赤ひげ先生として有名な人である。過労死問題で人権派弁護士として活躍しているのは家族の影響かも知れないが高校時代の柔道部の猛者だった頃からは想像もできない。最も仲が良く大学時代を通じて付き合っていた男は現役で司法試験に合格し、裁判官になって以降も反権力を貫いた立派な判決を多く出している。それでも最後は高裁の判事にまでなったから大したものである。もう一人は多分天才の部類だろうが、東大で原子力分野の教授にまでなった。国の委員会でも要職に就き、原子力村の重鎮だった。さすがに天才は違うと思っていたが福島の事故以降は新聞に反省のコラムを長く書いていた。何れは経験と知恵をいかし、廃炉技術の確立にでも携わると思っていたが、今は規制委の中枢で安全審査を担っている。傍目には元の推進派に戻ったように見えてしまう。勿論許された法規制内で専門知識を生かし、福島事故を教訓として審査をしているのだろうからどうこうは言えないが。彼らもまた同級生の死刑執行を特別の思いで聞いただろう。不思議なことに各卒業年度毎に同窓会が開かれている会誌が送られてくるがついぞ私の年度はその気配は無い。あまりに多士済々でまとまりがつかないのかも知れない。この異能の学年にあって私などは平々凡々、殆ど特徴など無い存在である。このような凡人でも何とかやってこれたのは幸運だったのだろう。凡人が社会を引っ張ってはいないが支えていると自負している。

今日七夕は母親の命日である。今の自分より、勿論死刑になった同級生より20歳も若くして死んでしまった。それぞれの人生である。線香は上げなければ。