窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

TPP亡国論

2011年03月22日 | レビュー(本・映画等)
  昨年のAPECで突如として現れたTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加の問題。そもそもTPPが何なのかも含め、確たる議論もなされないまま何となく世論は賛成一色の様相を呈しています。著者はこのTPPというものが突如登場した直後からいち早くそのデメリットを指摘し、日本の将来を左右するかくも重大な政策がロクな検討もされないままに採用されようとしている現在の風潮の危うさに警鐘を鳴らし続けてきました。それらについては既に様々な情報媒体を通じて知ることができますので、ここで改めて述べることはしません。ご関心がおありの方は、例えば以下の記事などをお読みいただくと、本書で述べられていることの大よそのところが掴めるのではないかと思います。

http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/01/tpp_5.html

  しかしこれまでに公表されてきた著者の論説と比べても、本書はTPP参加の是非にとどまらず、TPP問題に凝縮されたわが国の抱える根本的な問題を理解するのに不可欠な内容を新書版という限られた紙幅の中に網羅しており、読者の理解を深めるのに好適な内容となっています。しかも、これまでの著者の著作の中では格段に分かりやすく平易に書かれているのも特徴といえます。

  東日本大震災による混乱の中、TPPの問題は一時トーンダウンしたようにみえ、放っておいても先送りになるのではないかという楽観論もあるようです。しかし、そのような楽観論にも本書が述べているわが国の病理があります。日本は10年以上に渡り、デフレ期にデフレ政策施すという失政を繰り返し、世界でも未曾有の長期デフレに陥り国民生活を疲弊させてきました。そのことは恐らく多くの方が認識しているであろうにもかかわらず、さらにデフレを悪化させる極端な自由化政策であるTPPに対してほとんど異論が聞かれない。そのことを少しでも異常だと思われるのでしたら、本書によってTPP参加という天災にも劣らぬ人災について理解を深めると同時に、国民生活を危機に陥れる事象に対して何故かくも無感覚になってしまったのか、その本質について理解していただきたいと思います。

  したがって、この本をTPPについて知る本として読んでいただくのも結構なのですがが、恐らく著者が訴えたいことはTPPをあくまで題材としたより大きな問題にあるとお考えいただくのが良いと思います。

  さて、自分たちの生活を危うくするであろう重大事に対する無神経さ、十分な検討もないまま全体主義的に気分に流される無邪気さ。こうした異常性は一体どこから来るのでしょうか。自分なりに本書を読んで考えてみた時、それはわが国に蔓延する「自立心の欠如」とそれゆえの知的怠惰に要約されるのではないかと思います。自立心の欠如は著者による過去の著作『考えるヒントで考える』の主要なテーマでしたが、国家とは常に生存を賭けた政治的駆け引きの上に成り立っているものであるという意識がそもそも希薄なのではないか、それゆえに、「アメリカの言うことを聞かなければ、守ってもらえなくなる」というような発想に何の疑問も起こらないということがあるのではないかと思うのです。ひょっとすると疑問が起こらないのではなく、それは不都合なことから無意識に目を背けようとする心理的逃避なのかもしれません。いずれにしてもそれを65年もの長きにわたって続けてきたのが今日のわが国である、そのことをまず強く認識しなければならないと思います。

  次に物事を極端なまでに単純化し、思考にエネルギーを費やすことからできる限り逃れようとする態度です。この点については、例えばTPP参加に賛成するにせよ反対するにせよ、五十歩百歩の傾向があります。賛成派については本書の中で詳述されていますので割愛しますが、反対派についても似たようなものです。例えば、TPPに反対するのは「日本の農業が駄目になるから。それ以外のことには???」というような具合です。

  特にこうした時反対派からしばしば聞かれるのが、「アメリカの陰謀説」というものです。しかし、本書でも述べられている通り、TPPに関してアメリカは見ようによっては屈辱とも言えるほど露骨に手の内を披露しているのであり、これは陰謀などではありません。強いて隠されていることがあるとすれば、具体的に日本をTPPに引き込むにあたりどのような手順を踏むかという外交戦術についてだけですが、そのようなものは国家間の外交でなくとも当たり前にあることで、将棋を指していてもあるような情報非対称性に過ぎません。陰謀説というと、最近では郵政事業民営化の是非を巡る問題でも一部で「陰謀説」が囁かれていました。「郵政民営化はアメリカの陰謀であるから気をつけろ」と。しかし、この郵政民営化に関するアメリカの要望は『年次改革要望書』に明記されていたものであり、それらは2008年まで外務省のホームページに日本語で掲載されていました。やはり陰謀でも何でもなかったのです。よしんば陰謀であったとしても、問題はそれがわが国の国益(この国益という言葉もしばしば矮小化されますが)に適うのかどうかであって、陰謀だから反対というのはやはり知的に怠惰な態度だと思います。

  さらに付け加えれば、現実の国際情勢や経済状況がどうであろうと、過去の歴史がいかに理論とは逆の事実を示していようと、あくまで仮説に基づくモデルに過ぎない理論を教条的に信奉し、一片の疑問も差し挟まないばかりか、現実の方が理論に合わないことを以って現実を破壊しようとする傾向です。この点は著者による過去の著作『自由貿易の罠 覚醒する保護主義』のテーマでもありましたが、これなどはヴァーチャルな世界に埋没して現実との区別がつかなくなってしまった人たちとどう違うというのでしょうか?そのような態度が支配的となり、徒に「改革」を連呼する社会は極めて危ういといわざるを得ません。

  以上のように、TPP参加の問題は当然緊急の重大事であるのですが、それ以上に今回のような過ちを繰り返さないようにするためには、その過ちを引き起こしている原因にも同時に目を向けなければなりません。病気の治療法は当面の死活問題として重要ですが、その病気を生み出した根本である生活態度や食事、精神状態などを改善しなければ病気の本当の治癒とはならないのと同じことです。しかもそれは我々自身の存亡に関わります。

  本書に登場する「トロイの木馬」の比喩のように、国は外敵よりも内部の敵によって内側から滅びることの方が圧倒的に多いのです。大抵の場合、外敵はその引導に過ぎません。このことは「地中海の女王カルタゴの滅亡」でも述べた通りですが、その内敵とはわが国の場合、先に述べたような自立心の欠如と現実逃避にあると言えます。そのような態度こそ「開国すべきである」と著者は述べています。

  「ハンニバルを打ち負かしたのはローマ人ではなくカルタゴ元老院の悪意と中傷である」 ハンニバル(247B.C.~183B.C.)

TPP亡国論 (集英社新書)
中野 剛志
集英社


なお、本書の印税収入の半分に相当する金額が日本赤十字社東北関東大震災義援金として寄付されるとのことです。

http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2011/02/tpp_12.html

  繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
  ブログをご覧いただいたすべての皆様に感謝を込めて。

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