窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

考えるヒントで考える

2010年04月30日 | レビュー(本・映画等)
  本書を手にしたとき、ちょうど大塩中斎(平八郎)の『洗心洞箚記』を読み終えたばかりでした。そして本書で述べられていることが、大塩のそれと非常に類似した点が多いという偶然の一致にまず驚いた次第です。

  本書はその題名の通り、日本を代表する文芸評論家、小林秀雄の『考えるヒント』から、著者がその根底に流れる小林の思想を学問、知性、時代、政治、職業という5つの切り口で述べたエッセイ集です。前半部では学問や知性に対する「自立」の態度について、後半部では迷走を極める現代の大衆社会の病原が、この自立心の消失にあることを描き出しています。

  『考えるヒント』の「考える」とは、小林にとって「物に対する単に知的な働きではなく、物と親身に交わること、(中略)そういう経験」なのであり、自分を取り巻く周辺環境や時代を忌避して思索の中に閉じこもるのではなく、あくまでそれら受容し、積極的なかかわりの中で「生きる」ということです。この「考える」態度は著者の前作『自由貿易の罠、覚醒する保護主義』で特に強調されたプラグマティズムと共通すると思います。

 さて、冒頭に本書と『洗心洞箚記』との共通点が多いことに驚いたと述べました。『洗心洞箚記』は江戸末期の陽明学者(38歳で隠居するまで大阪町奉行所の与力でもありました)大塩中斎の読書雑記です。

  陽明学は明代半ばに古典の解釈論に堕していた朱子学を批判する形で興った儒教の一派(王陽明は学派を立てることを拒否していたので不適切だとは思いますが、便宜上)です。そもそも儒教とはわが身を修め、民を治める「修己治人」の学問として知られていますが、朱子学と陽明学の最も際立つ相違の一つは、朱子学が修己において知を行に先んずるもの、すなわち時間の中で捉えているのに対して、陽明学は知と行とは不可分なもの(「知行合一」)としている点にあります。つまり陽明学は、朱子学が真性の追求を忘れ空論博識に堕した原因を知と行を分けて考えたことに求め、それを避けるために、実践生活の場において自覚的に真性(良知)を発揮することを求めたわけです(「事上磨錬」)。この陽明学の考え方は、まさに前段における小林の「考える」に一致します。
 
 しかし、陽明学も時代を経るにつれて形骸化や浅学の弊を免れませんでした。大塩は『洗心洞箚記』の中で、ただ党派心に依って朱子学を批判する態度を戒め、また聖人である孔子の教えでさえも太虚(大塩が考える、良知を発揮した結果として帰する宇宙の本体)に至るための手掛かりとして独自の見解を導き出しています。それらは、わずか11歳で父親から大坂町奉行所の与力を継いで以来、本来善とは程遠い現実に正面から向き合ってきた経験を踏まえて書かれたものです。

 ところで、『考えるヒントで考える』に「ソクラテスの闘争」についての話が出てきます。本書によれば、ソクラテスの闘争とは自分の力で考えることをやめた大衆たちが依拠するイデオロギーや世論を徹底的に疑い、批判することで「自己を取り戻そう」という営みのことです。しかし容易に分かることですが、自己を放棄した者に「自立の精神」を説くことはほど虚しい戦いはありません。それでもなお、ソクラテスは勝ち目のないことを承知の上で論争を挑みました。ソクラテスは「それによって自分が社会に影響を与えて、社会を変えることができるなどとは夢にも思っていなかったし、勝ち負けにも関心がなかった」(本書141頁)、しかしながら、自立の精神をもった「真の人間」でありつづけるためには、そうせざるを得なかったのだと思われます。

 このソクラテスの闘争は、『洗心洞箚記』から2年後、そのために大塩の名が歴史に残ることとなってしまった「大塩平八郎の乱」を思い起こさせます。大塩も恐らく、書生の集まりが反乱を起こしたからといって、それによって幕府に勝てるとも、また社会を変えられるとも思ってはいなかったはずです。しかし、飢饉や物価高騰に苦しむ民衆の姿は、大塩の考え方からすれば、そのままわが身の苦しみだったのであり、それを見過ごして己のみが洗心洞にこもり学問に耽ることなど、太虚に照らして到底できなかったのだろうと思います。時代は下りますが、大塩の乱から40年後に西南戦争を起こした西郷隆盛もきっと同じような心境であったことでしょう。

  本書は小林秀雄の『考えるヒント』を基にした、著者による考えるヒントであると僕は思いますが、本書自体もまた「ソクラテスの闘争」であるかもしれません。つまり本書は、自らの経験を引き受け、真理に到達せんとする「自立心」のない者、少なくとも自立心を確立しようとする気概のない者にとって、恐らく受容し難い内容であることでしょう。しかも、そうした自立心を持つ者は確かに少数派かもしれません。しかし、小林秀雄は「そういう人は隠れているが至るところにいるに違いない。私はそれを信じます」(本書197頁)と述べています。大塩も西郷も問われれば恐らく同じように答えたでしょうし、著者の思いもそこにあるのではないかと思います。

  繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした

考えるヒントで考える
中野 剛志
幻戯書房

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仙台で「よみがえり」のお話をさせていただきました

2010年04月29日 | リサイクル軍手の世界


  ご報告が遅くなってしまいましたが、4月21日、仙台サンプラザにおいて「特殊紡績手袋 よみがえり」について1時間ほどお話をさせていただきました。



  内容は「特殊紡績手袋 よみがえり」誕生の経緯とその後についてです。ふだん当ブログの「リサイクル軍手の世界」をご覧になっている皆さんはより詳しい内容をご存知だと思いますので、詳細については割愛させていただきます。

  東北の志高い皆さんと交流する機会をいただき、有意義な時間を過ごすことができました。

  繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした

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郡山 酒肴蕎楽 こまち

2010年04月28日 | 食べ歩きデータベース


  福島県は郡山駅前、アーケード街を入って最初の十字路を越えたすぐ右手にある、当社いわき営業所所長のお姉さんが女将さんをされている料理屋さんです。この度、ほぼここを訪れるためだけに郡山で途中下車しました。



  郡山は内陸で、この翌日も新幹線沿線で郡山だけ雪が降っていましたが、福島といえば、いわきを代表する魚、めひかり(目光)を食べないわけにはいかないでしょう。座るや否や、ビールを待たずしてめひかりの登場です。

  めひかりというのは目が光ることからその名がついた、メザシ大の深海魚で、元々はこの地域で盛んな鮟鱇の底引き網漁で一緒にかかってくる、言葉は悪いですが「どうでもいい魚」だったようです。しかし、平成13年にいわき市の魚として指定されて以来、今では結構ブランド化しているのだとか。

  僕がこのめひかりを初めて食べたのは今から12年前。当時の上司の田舎が勿来にあり、勿来海岸でめひかりを焼いてもらいました。ししゃものようであって、白身がふわっとして柔らかく、何て美味しい魚だろうと強烈な印象が残りました。

  というわけで、僕はできるだけめひかりが揚がる時期にいわきへ行きたいと思っているのです(社内向けのメッセージ)。



  福島牛。コースには入っていませんでしたが、メニューが目に入ってしまいました。少し甘みがあり、脂が滑らかな口当たり。鉄板で焼いて岩塩で食べます。



  奥はこのお店自慢の、福島県川内産の十割蕎麦。手前は菜の花やふきのとうなど旬の素材を使った天ぷらです。天ぷらは沖縄県石垣島産のパウダーソルトという、一見すると片栗粉のような塩で食べます。想像以上にこだわりの品の数々、恐れ入りました。


酒肴蕎楽 こまち

福島県郡山市駅前2-6-16 横山プラザビル1F



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伊勢佐木町 養成軒のサンマー麺

2010年04月08日 | 食べ歩きデータベース


  先週のことですが、非常に寒く風も強かった日のこと。「何か温かいもの食べたいな」と思ったときに、たまたま吉田町にいたので、ふとJ:COM横浜でいつも流れている「よこはま情報局」で紹介されていた「養成軒」のサンマー麺を思い出しました。

  鶏ベースの優しい味で、あんかけも広東風旨煮のような滑らかな感じです。子供の頃中華街で食べる湯麺はこんな感じだったな、と思わせる、ハマッ子には昔懐かしいオーソドックスなサンマー麺だと思います。普通に美味しいです。

  この界隈としては500円という価格も良心的です。


養成軒

横浜市中区伊勢佐木町2-9-1



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蘇(そ)を食べてみました

2010年04月07日 | その他


  奈良のお土産で、(酥)をもらいました。蘇というのは、古代、牛乳を煮詰めて造られた乳製品のことで、奈良時代の貴族の間では滋養の珍味として珍重されました。この蘇をさらに加工して作られたものを醍醐といい、物事の深い味わいをあらわす「醍醐味」はこれに由来すると言われています。

  説明書きによれば、日本最古の医術書である「医心方」には、蘇が五臓の気を補給し、大腸を良くし、口中の潰瘍を治療するとあります。さらに「朝早く空腹の時に温めた酒に上等の蘇を溶かして飲む」と陰萎縮(インポテンツ)の治療に良いとあり、まさに滋養強壮の薬でもあったことが分かります。

  尤も、奈良時代に比べればはるかに栄養過多の状態にある現代日本人に同様の効能が見られるかは疑問です。



  さて、中身ですが、こんな感じです。煮詰める過程で乳脂肪が焦げたのか、褐色をしており、カチカチに固まっています。もっと柔らかい感じを想像していたので、これは意外でした。味はチーズが一番近いですね。甘味料に乏しかった古代であればいざ知らず、美味甘味に溢れた現代の我々にとっては、お世辞にも美味しいとは言えません。ただ、紅茶に合わせるとチーズケーキのようでよく合いましたので、イチゴと一緒に食べるとか、ジャムを添えるなど、一工夫すれば美味しく食べられるかもしれません。



  蘇というと、連想することが二つあります。一つは「三国志」がお好きな方ならご存知、楊修の「一合酥」のエピソード。もう一つは白隠禅師が伝えたとされる「軟酥の法」です。

  ある時、魏の曹操は、辺境から送られてきた酥の箱に「一合酥」と記して、机の上に置いておきました。そこに入ってきた、頭脳明晰で知られた楊修は、勝手に皆で曹操の酥を食べてしまいました。後で曹操が勝手に食べた理由を尋ねたところ、楊修は「箱に一合酥(分解すると一人一口酥と読める)と書いてありましたので、丞相(曹操)の命に背くこともできず、食べてしまいました」と答えたそうです。楊修はこうした小賢しさが災いし、後に「鶏肋」の故事で有名な、漢中からの曹操軍の撤退を独断で陣中に触れ回ったかどで曹操により処刑されてしまいます。

  もう一つ、「軟酥の法」ですが、これは何年か前に某ホテルの社長によって有名になった「内観の法」と共に、江戸時代の禅僧、白隠禅師が『夜船閑話』で伝えた、いわば精神療法です。

  頭の上にとびきり上等の柔らかい酥がのっていると想像します。その酥が溶けて、頭のてっぺんから次第にその素晴らしい香りや味わいと共に、じわじわと身体の中にしみこんでいくところをイメージします。酥が溶けて身体を伝っていく様が実感を伴っていることが大切です。やがて酥は身体を温めながら四肢に至り、土踏まずのところで止まります。こうしたイメージトレーニングを繰り返すことで、身体を緊張から解きほぐし、自然治癒力を高めます。これが「軟酥の法」です。ヨガの瞑想や気功法と同じですね。

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海鮮料理 魚春ととや

2010年04月06日 | 食べ歩きデータベース


  おいしいお魚が食べられると紹介していただいて、鶴見駅近くの「海鮮料理 魚春ととや」に行ってきました。意外と鶴見に縁がなかった僕は、30年ぶりの鶴見駅下車です。



  これまた美味しい麦焼酎を合わせながら、まずはお刺身の盛り合わせ。既に色を見てもお分かりのように、確かに美味しいです。どの刺身もコクがあり、噛むほどに旨みが出てくる感じです。



  魚が新鮮と分かれば、自動的にこれ。金目鯛の煮付けです。金目鯛の煮付け、こんな相性抜群の調理法を誰が考え出したのでしょうか?新鮮で柔らかく、脂ののった身は甘くて本当に美味しいです。



  つづいて、ちょっと季節的に遅かったかなと思ったのですが、巨大な生岩牡蠣。添えてあるレモンと大きさを比べてみてください。これだけ大きくても味は決して大雑把ではありませんでした。



  ついでにカキフライも。写真撮り忘れたまま食べてしまいましたが、たこわさも新鮮で、たこが口の中でプチプチ切れるので本当に酒の肴には最高、お勧めです。


海鮮料理 魚春ととや

横浜市鶴見区鶴見中央1-24-3



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マリンタワー

2010年04月05日 | その他


  先日、仕事でマリンタワーに行きました。マリンタワーなんて、多分30年以上訪れていなかったと思います。



  かつては世界最大の灯台であったマリンタワーですが、今は展望台として整備されています。みなとみらい地区や氷川丸が良く見えますね。



  面白かったのは上の写真。特殊なガラスを通して景色を見ると、街の灯りがハート型に見えるのです。お分かりいただけますか?

  仕事だったので、僕らむさ苦しい男たちばかりだったのが残念

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台湾のウィスキー、カバラン(KAVALAN)

2010年04月04日 | BAR&WHISKY etc.


 台湾初のウィスキー蒸留所で作られたウィスキー、カバランです。

  台湾北東部の穀倉地帯、また名水の地として名高い宜蘭県に台湾初の本格的蒸留所が2008年に開所しました。銘柄の「カバラン」は宜蘭県の原住民カバラン族に由来するものです。

  しかもこのカバランはウィスキーマガジンの2010年、World Whisky Awardでも入選を果たした本格的なものです。台湾としては山岳地域で寒い宜蘭県とはいえ、スコットランドとは平均気温でかなりの差があります。それ故、以前ご紹介したインドのウィスキー、アムルット同様、熟成がかなり早く進むと言われています。とはいえ、まだオープンから2年しか経っていませんから、このウィスキーが原酒を輸入したものなのか、この蒸留所で蒸留したものなのか定かではありません。

  実際飲んでみましたが、かなり美味しいです。麦芽由来の芳醇な香りに、リンクウッドを思わせる黄金色、そして蜂蜜のような、濃厚な甘みがあります。

  アジアにも優れたウィスキーが続々と登場してくるようになりました。これからが楽しみです。

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さくらの季節ですね

2010年04月03日 | その他


  今年も一瞬の桜の季節がやってきました。みなさん桜というと思い浮かべる歌をお持ちの方も多いのではないかと思います。僕にとってはこの歌ですね。

Sakura - 川本真琴


  今から11年も前になります。机も背中合わせ、一緒に仕事をしていた先輩がカラオケで別れた後、交通事故で亡くなりました。翌朝訃報を聞いたとき、別れる前にカラオケで流れていたこの歌が、頭の中を回っていました。



  別に意図して封印したわけでもありません。しかし、その日以来ずっとこの歌を聴くことはありませんでした。10年が過ぎ、何故かふと思い出し、聴いてみようという気になったのです。10年というのは人を変える、そういう時間なのかもしれません。

というわけで、買っちゃいました。

The Complete Singles Collection 1996~2001
川本真琴
ソニー・ミュージックダイレクト

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新入社員オリエンテーション

2010年04月02日 | リサイクル(しごと)の話


  早いもので、2010年ももう4月です。

  4月といえば新入生や新社会人、昨日は当社の新しい仲間となりました新入社員のオリエンテーションがありました(うそではありません)。



  半日かけて当社のリサイクル拠点である金沢工場と秦野工場を案内しました。初めて聞くような用語のオンパレードで新人さんもチンプンカンプンだったと思うのですが、熱心にメモを取っていた姿が印象的でした。



  お昼はこちら。小田急線渋沢駅前のラーメン屋、「阿闍梨」(あじゃり)です。魚系のあっさりスープに食べ応え十分の焼豚とかきあげがのり、僕は好きな味です。



  ナカノ株式会社、今年も鞠躬尽力いたしますのでどうぞよろしくお願いいたします。

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