窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

横浜大世界でウケているようです

2011年06月30日 | リサイクル軍手の世界


  横浜中華街にあるチャイナ・テーマパーク「横浜大世界」1階の横浜土産売場「ダスカマーケット」にて、新たに横浜土産の仲間入りをした「特殊紡績手袋 よみがえり マリアージュ」がお求めいただけます。2011年6月現在、入手できるのはここだけです。



  去る6月26日にはFM YOKOHAMAの「YOKOHAMA My Choice!」で紹介いただき、お陰さまでご好評いただいているようです。ありがとうございます。(上の写真をクリックすると拡大写真が見られます)

横浜大世界

横浜市中区山下町97天長門正面



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「よみがえり」が動画配信されています

2011年06月21日 | リサイクル軍手の世界


  今年3月19日にテレビ神奈川(TVK)「ずばり!横濱 第14期ヨコハマ・グッズ001特集」のコーナーで紹介された、「特殊紡績手袋 よみがえり」の動画が、横浜市のホームページから配信されています。ぼろ屋の窪田も登場しています、ぜひご覧下さい。

以下、横浜市ホームページより

◆「特殊紡績手袋 よみがえり」の紹介(2分35秒)

 14期特別賞を受賞した「特殊紡績手袋 よみがえり」を作っているナカノを訪問して、環境にやさしい手袋を紹介しました。環境にやさしい理由は3つ。
1.原料が衣類なので、新しく資源を投入することが少なくて済むこと
2.回収した衣類を脱色・着色せずにそのまま使用していること
3.特殊紡績技術によって作られていること
洗っても使える丈夫な手袋です。

動画はこちら

http://www.city.yokohama.lg.jp/shimin/koho/tvradio/2011/03/

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ヨコハマ・グッズ001特別賞授与式がありました

2011年06月13日 | リサイクル軍手の世界


  11年振りのロイヤルウィング号。横浜の景色を楽しみながら、リーズナブルな価格でランチやディナークルーズができるレストラン船です。



  そのロイヤルウィング号で6月13日、第14期ヨコハマ・グッズ001の紹介および各賞の授賞式が行われました。



  当社の「特殊紡績手袋 よみがえり Mariage」は、今年2月に審査員特別賞を受賞。賞状の授与が行われました。会場には既に「特殊紡績手袋 よみがえり Mariage」を使っているという方がいらっしゃいました。あり難いことです。



  横浜港を遊覧するロイヤルウィング号ですが、沖合いから横浜の夕暮れを撮ってみました。新しい横浜ブランドのお披露目として相応しい授賞式だったと思います。

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第9回YMSを開催しました

2011年06月09日 | YMS情報


  6月8日、第9回YMSを当社会議室にて開催しました。



  今回のテーマは、好評だった第7回YMSの続編にもなりますが、Facebookに絞った具体的活用事例になりました。

  前半はすでにYMSではおなじみのジェイ・ライン株式会社、大熊雅樹さんに一般的な事例紹介をしていただき、後半は参加者に予習としてできる限りFacebookに登録していただき(幸い全員が登録されていました)、日頃活用する中での疑問点や活用法に関する質問、ビジネスへの適用事例などをざっくばらんに話し合いました。

  通常YMSは20:30には終了するのですが、今回は結構白熱し、21:00を過ぎてしまいました。僕もいくつかあった日頃の疑問が解消され、スッキリしました。



  終了後はいつもの通り親睦会。

  次回は7月13日(水)開催の予定です。

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大猷院

2011年06月07日 | 史跡めぐり


  「大猷院」とは徳川家光の法号で、ここは家光の廟所です。家光は祖父家康を深く尊敬し、1651年(慶安4年)の亡くなる間際、「死後も東照大権現にお仕えする」という遺言を残したそうです。その遺志を受け、4代将軍家綱により、1652年(承応2年)に大猷院が完成しました。そうしたことから、大猷院の建物は東照宮の方を向いており、家光の家康に対する深い思慕をあらわしています。

  また、大猷院は東照宮を凌いではならないという遠慮から多少控えめに作られたそうですが、それでも御水舎でさえ上の写真のような絢爛ぶり。徳川最盛期の繁栄を窺わせます。



  まず仁王門。密迹金剛、那羅延金剛、二体の仁王像によって守られています。確かに、この門だけ見れば簡素かなという気がするのですが、



  つづく二天門は決して陽明門に劣らぬ豪華さです。しかもこの二天門は日光山内では最大の門とされ、大きさにおいては陽明門を凌ぎます。

 

  二天門は表側に持国天(写真左)と広目天(写真右)を安置し、

 

  裏には風神と雷神を安置しています。



  二天門から夜叉門へと続く石段。ここを天上界と地上界の境界と見立てています。確かにここから下の燈籠群を見ていると、天上から地上界を見下ろしているような感じがします。



  夜叉門。東西南北をあらわすカラフルな四体の夜叉を安置していることから夜叉門と呼ばれます。廻廊の彫刻は確かに東照宮よりは簡素といえます。



  唐門とその奥の拝殿。拝殿内部は撮影禁止でしたが、狩野探幽と永真による唐獅子の壁絵や天井には狩野一門による合作と伝えられる140もの龍が描かれ、こちらも東照宮の拝殿に劣らぬ素晴らしさです。また、家光の甲冑も展示されています。

  失敗したのは、ここで引き返してしまい、奥院への入口にある皇嘉門というユニークな門を見損ねたことです。下調べをしない僕の欠点が出てしまいました...。さらに言えば、ここから西参道を通って降りたため、輪王寺の薬師如来像も見損ねてしまいました。「少しのことにも先達はあらまほしきことなり」といったところでしょうか。

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日光二荒山(ふたらさん)神社

2011年06月06日 | 史跡めぐり


  中腹に中禅寺湖のある男体山(二荒山)は、山岳信仰により古来から霊峰として崇拝されていました。790年(延暦2年)、勝道上人が本宮神社を建てたことが二荒山神社の始まりとされ、男体山、女峯山、太郎山の三山にそれぞれ当てた山の神(大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命)を主祭神としています。大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命を総称して二荒山大神といいます。

  日光東照宮や大猷院など壮麗な建築群の中にあって、簡素な造りの二荒山神社は独特の落ち着いた雰囲気を醸し出しています。



  夫婦杉。よく観ると、二本の杉の木の根元がつながっています。



  拝殿。ここから奥の本殿を臨むことができます。



  朋友神社。知恵の神様である少名彦名命を祭っています。



  唐銅燈籠。夜更けに、灯した火が怪しげな姿に変わるというので、警固の武士に切りつけられたという無数の刀傷があり、別名化燈籠とも呼ばれています。



  大黒殿。珍しい招き大黒を祭っています。



  ここの大黒様は打出の小槌を持っていないので、参拝する時には置いてある小槌を振ってお参りします。



  大黒殿に納められている、宝刀太郎丸。全長2m60cm、刃渡り1m80cmもある反りの大きな大太刀です。



  二荒霊泉。智恵の泉、酒の泉、若泉の3つの泉があります。湧水は飲むことができますし、隣接する茶屋でここの水を使った抹茶やコーヒーを飲むこともできます。



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日本プロ野球2011 横浜vsロッテ交流戦

2011年06月05日 | スポーツ観戦記


  広がる青空、6月4日は絶好の野球日和でした。今シーズン最初の横浜スタジアム観戦です。



  対戦相手は熱いファンで知られるロッテ。今シーズンの交流戦対戦成績はここまで横浜の2勝1分です。

 

  横浜の先発は、勝ち星に恵まれないものの、先発投手陣の中では最も安定した投球を続けている5年目の高崎投手。しかし、この日は先頭打者で俊足の岡田選手を内野安打で出塁させた後、現在パリーグ打率2位、好調の井口選手にタイムリー2塁打を浴びるなどして早々と2点を失いました。



  一方、ロッテの先発は唐川投手と予想していましたが、サブマリン投法で有名な渡辺投手。こちらも序盤から制球に苦しみ、ボール先行の中でカウントを取りに来たボールを狙い撃ちされるという苦しい投球でした。



  2点を追う横浜は1回裏、先頭の渡辺選手、石川選手の連続ヒット、金城選手の送りバントで2・3塁とすると、4番村田選手のショートゴロの間に1点を返しました。因みに、この日の石川選手は4安打と大当たりでした。



  さらに2回裏は下位打線ながらヒットと連続四球で満塁とし、石川選手と金城選手の連続タイムリーで3点を取り逆転、3回裏にはスレッジ選手がやや詰まった当たりながらもレフトスタンドにホームランを放ち5vs2。序盤で主導権を握りました。



  4回以降は両チーム膠着状態が続きましたが、基本的にはロッテが攻めきれない展開で、8回に里崎選手のホームランで1点を返すも、流れは横浜にありました。しかし、先日のソフトバンク1回戦もそうだったのですが、序盤にリードを広げた後の攻撃が淡白になる傾向がこの日も見られました。こういうところに、横浜が好試合を演じながらも勝つことができない一つの要因があるように思います。



  そして9回表。横浜は抑えの山口投手が登板。先頭の神戸選手が二塁打で出塁したものの、後続2人を討ち取り2アウト。



  ところが3番の井口選手に無用な死球を与え、この日全くタイミングが合っていなかったけれども1発のある金泰均選手を迎えました。突出した能力を持ちながらメンタル面に課題のある山口選手だったので、先の死球の段階で何となく嫌な予感がしていたのですが、ボールカウント0-1からライトスタンドに逆転3ラン。右中間を割るとは思ったのですが、風がセンター方向に強く吹いていたため、思いの外打球が伸びました。

  恐らくこの試合だけでは片付けられないであろう、痛恨の一打でした。しかし、山口投手は今この壁を乗り越えなければならない時期だと思います。ひょっとすると彼の野球人生を左右する重要な1発になるかもしれません。それが良いターニングポイントであることをファンとして期待しています。かの大魔神佐々木投手でさえ、入団後数年は良く打たれていたのですから。



  9回裏はロッテの抑え、薮田投手が登板。横浜は石川選手がこの日4安打目となるヒットを放ち、一打サヨナラの場面を演出しましたが、村田選手が倒れ、ゲームセット。ソフトバンク1回戦同様、落としてはならない1戦を落としました。



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日光東照宮②

2011年06月04日 | 史跡めぐり


  日光東照宮のシンボルともいえる、陽明門。

 

  龍、唐獅子、鳳凰といった想像上の霊獣や故事逸話、聖人賢人にちなんだものなど、実に508もの彫刻が施されています。



  陽明門は二体の随身像によって守られていますが、よく見ると像の脛のあたりに桔梗の紋と思われる紋章が描かれています。桔梗といえば、明智家の家紋です。また、華厳の滝に向かう途中には、家康の側近で、日光東照宮の造営に携わった僧・天海が命名したとされる「明智平」という高台があります。こうしたことから、天海が実は明智光秀ではないかという異説があるのだそうです。



  陽明門脇の廻廊。一枚板の花鳥の透かし彫りを施した、こちらの廻廊も見事です。



  これもまた有名な、左甚五郎作といわれる「眠り猫」。ここから先が家康の廟所である奥宮になります。なお、拝殿や唐門は修復工事のため多いがされており、撮影できませんでした(拝殿の中には入ることができました)。



  奥宮へ至る207段の石段です。それぞれの段、および柵は一枚の岩を彫って造られたものです。



  御宝蔵。1654年(承応3年)に建てられた、銅瓦葺きの宝庫。朝廷から家康や東照宮に贈られた官符や宣命などの文書が収められていたそうです。



  家康の遺臣、松平正綱と秋元泰朝の寄進による狛犬。



  狛犬といえば、そのルーツはヒンドゥー教の寺院などに見られるライオン像です。上の写真はカンボジア、アンコールワットのライオン像ですが、見比べてみていかがでしょうか?



  拝殿。将軍がここから家康の廟に礼拝しました。全体を銅や真鍮で覆い、黒漆塗り。内部は金箔や極彩色の絵が施されています。



  宝塔。家康の墓です。元々木造だったものを5代将軍綱吉が現在の唐銅製の宝塔に造りかえたそうです。



  宝塔の脇には樹齢600年といわれる、叶杉と呼ばれる杉の木があります。根元の祠に向かって願い事をすると願いが叶うといわれているそうです。

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日光東照宮①

2011年06月03日 | 史跡めぐり


  日光東照宮はあまりにも有名なので、細かいことは抜きにして、見物して回ったところを順々に辿っていきたいと思います。



  まず、表参道より石鳥居をくぐってすぐ左手にある五重塔。東照宮に限ったことではありませんが、本地垂迹により神道と仏教が混在しているのも改めてみると楽しいところです。因みにこの五重塔は元々1650年(慶安3年)に小浜藩主酒井忠勝によってき寄進されたものでしたが焼失し、1818年(文化12年)に同藩主酒井忠進によって再建されたものです。



  上神庫(左)、中神庫(右)。さらに中神庫の右側にある下神庫と合わせて三神庫というそうですが、その名の通り倉庫です。毎年5月に行われる、家康の神霊を日光に還す様子を再現した「百物揃千人武者行列」で使用される馬具や装束などが納められているそうです。



  神厩舎に彫られた、「見ざる・言わざる・聞かざる」で有名な三猿。元々は家康が関が原の戦いで乗ったという馬を神馬とした厩舎で、猿は馬を病気から守るという言い伝えがあることから、厩舎に人生を風刺した猿の彫刻を八面施したということです。三猿はその内のひとつになりますが、眺めていると「(都合の悪いことを)見ようとしない、言おうとしない、聞こうとしない」最近の風潮を風刺しているように思えてきます。



  御水舎(写真左側)と輪蔵。輪蔵は経蔵ともいい、経典を納める蔵でした。

 

  鐘楼(左)と鼓楼(右)。鼓楼の奥に見えるのが「鳴龍」で有名な本地堂(薬師堂)ですが、鳴龍は撮影できませんでした。

<つづく>

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華厳の滝

2011年06月02日 | その他


  Facebookをご覧いただいている方は既にご承知のことと思いますが、海外から来たお客さんを案内するため、栃木県日光市に行ってきました。日光を訪れるのは実に四半世紀ぶり位になると思います。



  日光といえば、東照宮と並んで有名な華厳の滝。茨城県の袋田の滝、和歌山県の那智の滝と共に、日本三大瀑布に数えられている名瀑です。男体山の噴火で堰き止められてできた中禅寺湖から100m近い落差で流れ落ちる様は、まさに壮観です。



  華厳の滝エレベーターによって、約100m下まで降りると滝壺を間近に観ることができます。この日の測定で毎秒2トンとされる水量といい、響き渡る轟音といい、想像をはるかに超える迫力でした。

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