窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

博多もつ鍋 蟻月 HANARE

2009年05月31日 | 食べ歩きデータベース


 以前、恵比寿店には行った事があるのですが、こちらは代官山にある蟻月です。恵比寿もそうでしたが、こちらもお店が民家の中にあり、わずかに小さい看板が塀にかかっているだけなので非常に分かりにくいです。



 非常に有名なもつ鍋屋で、白・赤・金・銀の4種類のもつ鍋があります。今回頼んだのは白(みそ)と銀(牛テール)。白(写真上)はもつ鍋の有名店「山中」のような非常にこってりとしたタイプで、締めのちゃんぽん麺がよく合います。これと全く対照的に銀(写真下)は透き通った牛テールスープで非常にあっさりしており、白のあとに銀を食べるのがお勧めです。

 お酒は「流れ」というオリジナルの焼酎があり、飲みやすくお勧めです。

博多もつ鍋 蟻月 HANARE

東京都渋谷区猿楽町22-8

http://www.motsunabe.arizuki.com/index.html



 繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした

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大相撲5月場所

2009年05月30日 | スポーツ観戦記


 大相撲5月場所は大関日馬富士の初優勝で幕を閉じましたが、千秋楽前の14日目に両国国技館へ大相撲観戦に行ってきました。大相撲を見続けてかれこれ30年位になりますが、生で観戦するのは初めてです。



 国技館の正門前、少し前話題になった「ワールドちゃんこ 朝青龍」がありました。



 浅草のような雰囲気を漂わせる茶屋。お弁当やお酒が売っています。



 茶屋とは別に売店もあり、みやげ物のほか人気力士のしこ名を冠したお弁当が売っています。簡単に焼き鳥やビールなどで済ませるなら売店がお手軽です。



 「桝席」、一人9,200円です。館内はテレビで見るより土俵が近く、桝席でも十分迫力ある相撲が見られます。歓声や盛り上がりの雰囲気などはやはりテレビでは味わえず、生観戦ならでは。どんなスポーツもやはり生で観るのが一番です。また、皆で座布団に座って観戦するというのも野球などにとは違う独特の楽しさがあります。



 なお、桝席にはちゃんと栓抜きがついています。



 歴代優勝力士のパネル。31枚飾ることができるそうなので、過去5年の優勝力士が並んでいるはずですが、この中に最早日本人力士は1枚(栃東)しか残っておらず、まもなく全て外国人力士になってしまうそうです。



 入場したのは15:30頃。十両終盤「潮丸vs境澤」の取組みからでした。因みに潮丸は今場所で引退する東関親方(元高見山)の後を継ぐことになっているので、図らずも今場所が見納めとなりました。



 すぐ中入となり、東西の幕内土俵入り。



 西の横綱朝青龍の土俵入り。朝青龍は体が特別大きいわけではないのですが、やはり独特のオーラを感じます。良くも悪くも朝青龍が話題の中心になるのも頷ける気がしました。



 東の横綱白鵬による不知火型の土俵入り。この日まで全勝、結び前に琴欧洲との取組みが予定されています。



 この日なかなかの好取組みとして、「豊ノ島vs普天王」、「豪風vs把瑠都」などがありましたが、何といっても目玉は結び二番の「白鵬vs琴欧洲」、「朝青龍vs日馬富士」です。上の写真はピンボケですが「白鵬vs琴欧洲」。前日まで万全の上に万全だった白鵬が元気のない琴欧洲に何と上手投げで敗れるという大波乱でした。



 白鵬が敗れ、乱れ飛ぶ座布団。まだ24歳なのだから当然なのかもしれませんが、あの泰然自若とした白鵬でさえも迷うことがあるのですね。



 館内の興奮冷めやらぬ中、結びの「朝青龍vs日馬富士」。ここで敗れると朝青龍の優勝はなくなります。これもピンボケで済みません。結果は外掛けで日馬富士の勝ち。掛け技のめっきり少なくなった今日の相撲において日馬富士の相撲勘の良さがこの大一番で発揮されました。



 まだ座布団をとっておいたお客さんが半分くらいいたようで、さらに座布団の乱舞。こういう内容のある相撲をとっていればお客さんは来ると思います。今場所も大関、三役陣が残念な結果に終わってしまったのでその辺が今日の大相撲の大きな課題になるのではないかと思います。14日目、非常に良いタイミングで観に来ることができ幸運でした。

 帰りがけ、ただいま売出し中の小結鶴竜とすれ違いました。

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サニーステージ横浜吉野町訪問

2009年05月29日 | リサイクル(しごと)の話


 友人である順ちゃんの会社で、長年ご近所さんでもある小俣組さんが運営する介護付有料老人ホーム、「サニーステージ横浜吉野町」がこのほどオープンし、その内覧会に行ってきました。行ってきましたと言っても本当にお隣なのですが。

 何と横浜市営地下鉄「吉野町駅」から歩いて1分とかからない、関内へも横浜へも15分もあれば行けてしまうという好立地です。以前ここは小俣組さんの駐車場でした。

 さて、僕は普段福祉施設にはあまり縁がないので用語などに間違いがあるかもしれませんが、内覧会で案内していただいた、「サニーステージ横浜吉野町」内部の様子を順にご紹介していきたいと思います。



 まず玄関のすぐ隣にあるのが、多目的室。ここは地域コミュニティのために開放されるそうです。



 こちらは美容室。



 浴室です。非常に広く、写真で写っているのは半分くらいです。



 これは頭や体の体操をするための遊具(設備)でしょうか?



 診療室。本当のお医者さんとも契約しているちょっとした診療所です。



 応接室。



 個室。僕が当初イメージしていたパイプベッドの病室のようなところではなく、ほとんどホテルですね。部屋は6階にあり、窓からはランドマークタワーやマリンタワーを望むことができます。



 そしてこちらはご夫婦で入居される場合の部屋。



 簡単な調理ができるよう、IHのキッチンもついています。



 8階にある、眺めの良い広々とした食堂。



 屋上。ドラマに出てきそうな憩いの場です。



 屋上からの景色。左手に見えるのがランドマークタワーです。ここからなら恐らく毎年夏に行われる神奈川新聞社の花火も見えるでしょう。因みに写真中央下の青い4階建ての建物が当社の事業本部です。

 いやあ、まるでホテルのようで驚いてしまいました。入居者の募集はまだ空きがあるそうです。

サニーステージ横浜吉野町

横浜市南区新川町5-28-2



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Shot House High-Bridge

2009年05月28日 | BAR&WHISKY etc.
 腹を満たした後、「ショットハウス ハイブリッジ」へ向かいました。旅先でバーに行くのは僕の個人的慣わしです。ハイブリッジは1985年開店の、鹿児島のバーとしては老舗です。店名からすぐ分かるように、マスターは高橋さん。

 店内は広く、80年代を感じさせる少しクラッシクで落ち着いた雰囲気です。チーフバーテンダーの山中知広さんも非常に丁寧にお酒のことを教えてくれます。カウンターの向こうには約700種もの洋酒が所狭しと並んでいます。



 最初に飲んだのは、黒板に「今宵のおすすめ」とあったバーボン、"Ancient Ancient Age 10yrs"。甘すぎず、香りコクともにバランスの良いお酒です。



 続いて僕が大好きな"Glenmorangie Artisan Cask"。数年前、初めてこのお酒を飲んだときは「これがウィスキーか」と驚きました。アメリカミズーリ州オザーク山脈でゆっくりと育ったホワイトオークを2年間自然乾燥させてから製樽。9年の熟成期間に樽のさまざまな成分がこのメイプルシロップやクリームのような、とてもウィスキーとは思えない味わいを作り上げます。お勧めのウィスキーです。



 次に、あの鹿児島焼酎で有名な本坊酒造が作ったマルスウィスキーの「駒ケ岳」と「薩摩」。特に「薩摩」は1984年に鹿児島の地で蒸留し、その後20年間シェリー樽に貯蔵されたモルト原酒の中から、トリプルカスクを厳選し、ヴァッティングしたまさに「鹿児島のウイスキー」でシェリー樽由来の非常に濃い色と深い甘みがあり大変美味しいです。"Glendrinach"をさらに強烈にしたような感じです。良いお酒に出会いました。



 5杯目(前の店の焼酎から通算すると8杯目)はジャガイモから作られたデンマークのスピリッツ、"Aquavit"。香草がつけこんであり、ちょうど甘いウィスキーが続いたので少しドライなものが欲しくなり頼みました。

 実はこの後のことは覚えていません。歩けば20分くらいかかるはずですが、気がつくとホテルでちゃんと寝ていました。カメラにはカウンターで隣に座っていたお客さんの写真、携行していたメモ帳には僕のではない筆跡で彼のメールアドレスが記されていました。全く覚えていません...
               
 以上で、今回の鹿児島訪問は終わりです。鹿児島っていいところですね、すっかり好きになりました。

ショットハウス ハイブリッジ

鹿児島市山之口町6-8畠田ビル2F
TEL:099-225-1911



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地鶏のみやま 地蔵角店

2009年05月27日 | 食べ歩きデータベース
 知覧から鹿児島に戻り、高見馬場の示現流資料館に向かいましたが、10分の僅差で閉館になってしまいました。仕方がないので一旦ホテルに戻り、少しだけ休憩して夕食へ行くことにしました。

 最初「あぢもり」という豚しゃぶ屋を目指していたのですが、店に着いてみると生憎この日は二名以上のコース客限定とのことだったので、急遽予定を変更し、すぐ近くにあった「地鶏のみやま」に入ることにしました。このお店では新鮮な鹿児島地鶏を溶岩プレートで焼いて食べることができます。鶏なら毎日でも大歓迎、焼酎の品揃えもなかなか良かったです。



 最初に出てきたのは「ささみサラダ」。目の前で作っているのを見ていて団体客用だと思っていたら僕のところに出てきました。一人なのにこれは大きすぎるのではないかと思いましたが、意外とあっさり食べられました。



 つづいて地鶏焼き。見るからに新鮮なので全部焼いてしまっては勿体無いと思い、3分の2位は生のまま食べてしまいました。歯ごたえのある地鶏の生肉に芋焼酎を合わせると最高です(上の写真は半分くらい食べてしまっています)。



 黒豚の三枚肉。以前、ソウルでもサムギョプサルの溶岩焼きを食べたことがありますが、こちらに軍配ですね。



 表面はカリカリ、溶岩プレートの上で余分な脂が落ちていくため、意外とあっさり食べられるのです。



 これら地鶏と黒豚を溶岩プレートの上で好きなように焼いて食べます。



 最後に地鶏の肝刺し。写真で見てもいい色していますよね。

 因みにここで飲んだ焼酎は、吉兆宝山、赤霧島、伊佐美をいずれもロックでした。

地鶏のみやま 地蔵角店

鹿児島市千日町13-25
TEL:099-222-2541

http://www11.plala.or.jp/jidori-miyama/index.html



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知覧特攻平和会館

2009年05月26日 | 史跡めぐり


 一旦鹿児島に戻り、さらに山形屋前バス停からバスに乗り約1時間半、鹿児島市を挟んで今度は全く反対方向の知覧特攻平和会館へと向かいました。



 到着したときは既に午後2時を回っていましたが、ここでとりあえず昼食。写真は麺に竹炭を練りこんだ「竹炭ラーメン」。変わっていますが味は普通です。

 冒頭の写真は2007年の映画『俺は、君のためにこそ死にに行く』の撮影のために復元された陸軍一式戦闘機「隼」です。当時、この隼が知覧特攻基地から120機ほど出撃して行ったそうです。



 すぐ隣には特攻隊員の像「とこしえに」(写真左奥)。そして右手前がそれを見送るように佇む特攻の母の像「やすらかに」があります。これらの像を見ているだけでも胸に迫るものがあります。



 これは俗に「三角兵舎」と呼ばれた、特攻隊員の宿舎の復元です。敵の目を欺くため、松林の中に半地下壕を掘り、屋根を杉の幼木で覆い偽装していたそうです。出撃前夜にはこの三角兵舎の中で壮行会が行われ、隊員たちは酒を酌み交わしながら隊歌を歌い、遺書や別れの手紙をしたため出撃していったそうです。



 三角兵舎内部の様子です。



 三角兵舎内には戦闘機の残骸や隊員たちの写真などが展示してあります。

 平和会館の中は撮影禁止のため写真はありませんが、「隼」、「飛燕」、「疾風」など各戦闘機の復元や引き上げられた零戦の残骸、特攻隊員の遺品や遺書などが展示してあります。

 とりわけ胸を打つのが隊員たちの遺書です。内容もさることながら10代後半から20代前半の若者たちが書いたものとは思えないほど達筆で表現力も高度なのです。戦争によってどれほど多くの惜しむべき優秀な人材を失ったことでしょうか。また生き残った人たちによって成し遂げられた戦後復興は、これだけの教養と公徳心があったからこそ可能だったのではないかと感じました。

 遠い昔のようで僕が生まれるわずか28年前の出来事。恐らく僕よりもはるかに若くして立派だった人々の犠牲の上に今日の平和と繁栄を享受していられるのですから、何らかの恩返しをする使命と責任があると思いました。安逸な生活を貪っている僕に大それた事を言う資格はないと思いますが...

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霧島町蒸留所②

2009年05月25日 | BAR&WHISKY etc.


 試飲したのは以下の5種類です。

①「明るい農村」

 黄金千貫という品種のサツマイモで作られた芋焼酎です。香りがよく、すっきりとした味わい。少し水っぽく感じられるのは僕が普段43度位の焼酎しか飲まないからかもしれません。

②「赤芋仕込み 明るい農村」

 種子島ロマンという品種の紅芋から作られた芋焼酎です。香りは先ほどより少し薄く感じましたが、なめらかな甘みがあります。

③「農家の嫁」

 黄金千貫の焼き芋で作られた芋焼酎です。気のせいかもしれませんが、口の中で少し焦げっぽい香りがします。水のような感じがしました。

④「紫芋炭火焼焼酎 農家の嫁」

 種子島ロマンの焼き芋で作られた芋焼酎です。先ほどの「農家の嫁」より、よりアルコール香が鼻に抜ける感じがします。

⑤「長期貯蔵 花は霧島」

 3年古酒の麦焼酎です。なめらかな水のよう、少し塩素系の香りがします。弱い麦芽由来と思われる香りもあります。



 最後に記念撮影。「農家の嫁」と「明るい農村」のどちらで撮るか迷いましたが、嫁は(「武蔵野の嫁」ですが)家に帰ればいるので「明るい農村」にしました。



 少しわがままを言って、甕でもう一枚。

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霧島町蒸留所①

2009年05月24日 | BAR&WHISKY etc.


 幸運にも巡り合った運転手さんのタクシーに乗せてもらい、霧島町蒸留所へと向かいました。せっかく鹿児島に来たのですからどこかひとつは蒸留所を訪れようと思っていたのです。これまでウィスキーの蒸留所はいくつも行ったことがありますが、焼酎については今回が初めてです。

 大規模な日本のウィスキー蒸留所に比べると非常に小ぢんまりとした蒸留所。到着するとサツマイモの甘い香りが漂ってきました。後で分かったことですが、上の写真で左側の小屋が焼酎に使うサツマイモを蒸す機械があるところで、ちょうど蒸している最中だったのでした。

 霧島町蒸留所は明治44年創業。「明るい農村」や「農家の嫁」といった芋焼酎で知られています。



 それでは、工場の中を工程順に見ていきます。まずは焼酎に欠かせない麹を作る「製麹(せいきく)」。芋焼酎はサツマイモだけで作ると思われがちですが、大抵は米麹を使うそうです。勿論サツマイモだけを使った芋焼酎もあります。上の写真手前は蒸留器で製麹はその奥にある白い三角屋根の小屋のようなところで、蒸した米に種麹を加えて行います。因みに製麹に使う米は1回に600kgs蒸すことができます。



 米麹を創業時からずっと使い続けている和甕に移し、6日間厳しい温度管理をしながら一次仕込みを行います。



 一方、サツマイモを蒸します。サツマイモと米麹の配合比率は5:1なので、600kgsの米麹に対しサツマイモが3トン必要ということになります。



 米麹と蒸したサツマイモを混ぜ合わせ、発酵させます。



 発酵してできたモロミを単式蒸留器に移し、蒸留を行います。アルコールは水より揮発点が低いため、最初の方が純度の高いアルコールがとれるわけですが、この最初にとれる蒸留酒をハツダレ、またはハナタレと言います。ここでウィスキーと少し違うのは、蒸留の段階で徐々にアルコール度数を下げ、40度位にするという点です。ウィスキーの場合、一般にニュースピリッツは60度位あります。



 因みにこれは蒸留した後に残るカスを貯めておくタンクです。



 蒸留してできた原酒をステンレスタンクに移し熟成させます。熟成後、濾過、アルコール調整などを行い瓶詰めすれば、われわれが口にする焼酎の出来上がりです。



 霧島町蒸留所の商品ラインアップです。ここで5種類ほど試飲ができます。試飲については次回お話します。

霧島町蒸留所

鹿児島県霧島市霧島田口564-1

http://www.imoshochu.com/kirishima/main.htm



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【動画】霧島神宮古宮址からの眺望

2009年05月23日 | 史跡めぐり
 古宮から見た景色の動画をアップします。

 動画に手をかざしてみてください。少しはエネルギーが感じられるでしょうか?個人差があると思いますが、僕は最後の霧がかった風景が一番ビリビリきました。

高千穂河原・古宮


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高千穂河原・古宮址

2009年05月22日 | 史跡めぐり


 霧島神宮を出て高千穂河原に向かおうと思ったものの、特に計画していたわけではないのでどのように行ったら良いのか分かりませんでした。時間も土曜の朝8時前でほとんど人通りもありません。とりあえず霧島温泉郷のバス停辺りから適当に歩きだしたところ、本当に運よくタクシーが通りがかりました。高千穂河原に向かってみて思いましたが、高低差の激しい薄暗い山道続きで歩いていくのはとても無理だったと感じました。

 高千穂河原は霧島山系から転がってきた石が堆積し、河原のように見えることからそう名づけられたらしいですが、現在は舗装され河原のようになってはいません。ここから少し登ったところに昨日お話した古宮址があります。



 毎年11月10日にここで天孫降臨祭が行われるそうです。まだ朝早かったとうこともあり高千穂峰が雲に隠れてしまっていたのは本当に残念でしたが、非常に清清しい、良い気を感じられるところでした。明日、ここ古宮址から眺めた景色の動画をアップしますので少しでも雰囲気を感じてみてください。



 ここでも誰も見ていないので、しばらく姿の見えない御鉢(高千穂峰)に向かって站椿(立禅)を行い、気分をリフレッシュしました。



 戻りがけ、ふと振り返ると雲の切れ間から御鉢が少しだけ顔を出しました。



 さて、今度はここからどう帰るかが問題です。まだ午前9時前、人に聞いてもバスが出るのは午後2時とのことですし...。考えていても仕方がないので、高千穂河原の茶屋に入って朝食にうどんを食べました。1杯500円ですが、これがなかなか美味しいのです。さらにふと隣を見ると、タクシーの運転手らしき格好をしたおじさんがコーヒーを飲んでいるではありませんか。何て運の良い一日!

 無事、おじさんに頼んでタクシーに乗せてもらうことができました。

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