窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

「TPP開国論のウソ」②-泣いて馬謖を切る(後)

2011年05月20日 | レビュー(本・映画等)
  さて、「街亭の戦い」における馬謖の判断は、経済自由主義に対する「絶対的価値観の持ち主」たちの主張とよく似ています。その具体的な例は本書の中に多数掲載されていますのでそちらをお読みいただきたいのですが、概ねその絶対的価値とは次のように要約されると思います。

・グローバルな競争で鍛えられることにより、企業の生産性は上がり競争力が強化される
・市場メカニズムにより効率的な資源配分がなされ、経済厚生は増大する
・ゆえに市場の機能を阻害する要因は撤廃しなければならない

  とにかく、市場に委ねさえすれば「見えざる手」により自然と望ましい方向に調整される、と考えている節があります。確かに経済の自由化により企業の生産性が上がり効率よく財を供給できるようになるかもしれません。しかし、本書で再三指摘されているように、それが望ましいのは需要に対して供給が不足している、いわゆるインフレ経済である場合なのです。逆に供給に対して需要が不足している状態が続くことをデフレ経済といいますが、このような状況下で供給を増やせばますます需給ギャップは大きくなり、デフレは深刻化します。いうまでもなく、日本はもう20年近くデフレに苦しんでいます。このようなときに供給を増やすような政策を採ってはならないのです。にもかかわらず、自分たちの置かれている環境がどうであれ経済自由化が絶対的に正しいと考えるのは、まさに「街亭の戦い」における馬謖と同じです。

  デフレとは継続的な供給過剰のことですので、物価が下がります。物価が継続的に下落する局面では、資産価値が目減りしていくので、投資を控えようとします。投資を控えると需要が縮小するので、さらに物価が下落するという悪循環が続きます。日本はバブル崩壊からまだ立ち直りきれていない1997年に橋本政権が緊縮財政(政府支出の削減)と消費税増税(個人消費落ち込み)を同時に行って需要を縮小させ、先進国では戦後初となるデフレに突入しました。なお追い討ちをかけるように2001年からはいわゆる小泉構造改革と呼ばれる緊縮財政と自由化政策が採られ、デフレが深刻化、当然、賃金は下がり、失業率も増加しました。



  実際にIMF、総務省、警察庁などの統計を元に1980年を100とした場合の各指数の推移を見て見ますと、まさに1997年から98年を境にデフレに転じ始め、失業率が急増しています。失業率は2003年から2007年にかけて低下していますが、これは先のバブルによってアメリカの消費需要が旺盛で、それに伴い輸出が増加したことと対応しています。ところがその間、平均賃金の方は低下しているのです。本書で述べられているように、グローバル化によって「底辺への競争」が起こったためです。

  さらに、1997年を境に自殺者が急増し、以降今日に至るまで年間自殺者数が3万人を超えています。イラク戦争後の2006年に暴力やテロによるイラク人の死者は1万6千人、イラク戦争開始後、2006年までに死亡した米兵の数は3千人です。ところが日本では戦争もしていないのに、国民が毎年3万人以上も自殺しているのです。



  平成22年の場合、自殺者のうち原因・動機が特定されたのは74.4%。その内訳として、経済・生活問題と勤務問題を動機にしたものが30%を占めています。しかし、動機不明が25.6%、家庭問題やこの10年で職場のメンタルヘルスなどが問題となったことを考えれば、健康問題もこの長期の不況と全く無関係ではないと思います。

  先に見たように、20年近くに渡るデフレは政策ミスによって起こったものです。繰り返しになりますが、経済政策の舵取りを誤ったことによる人災は大震災に勝るとも劣らないのです。それにもかかわらず、まして東日本大震災によって大きな打撃を受けたばかりというこの時に、デフレをさらに促進するばかりか、国家主権を脅かしかねない金融、投資、政府調達、労働等の自由化までもが盛り込まれているTPPに「乗り遅れるな!」と進んで飛び込もうとしているのです。

  パレート最適な社会がどんなユートピアなのか知りませんが、少なくとも理論的に望ましいが、実態として失業者や自殺者を増やす社会より、理論的に多少非効率かもしれないけれども、賃金が上がり、失業率が下がり、自殺者の少ない社会の方を僕は選択したいと思います。

<つづく>

「TPP開国論」のウソ 平成の黒船は泥舟だった
クリエーター情報なし
飛鳥新社


  繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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