世界のバイオリニスト・五嶋みどりが母になっていた

2014-11-04 10:30:48 | 日記風

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 五嶋みどりさんと言えば日本を代表する米国・ロザンゼルスを拠点とするバイオリニストだ。

 そのみどりさんが今年7月に出産をしたというニュースが流れた。


 みどりさんは1971年10月に大阪府枚方市で誕生した。母・節さんが見合い結婚した翌年の誕生だった。
 2歳のときに母・節さんがみどりさんに絶対音感があることを確認し、3歳から自宅でバイオリンの特訓をした。
 みどりさんの父親は会社員だったと思いますが、みどりさんの才能を伸ばしたいため、1982年に節さんの家族と夫の反対を振り切って渡米した。みどりさん8歳のときのことだ。
 NY・ジュリアード音楽院のドロシー・ディレイ教授に師事した。

 当時、母の節さんはどう指導すべきか悩み母娘で試行錯誤しながらみどりさんをあそこまでのバイオリニストに育て上げた。
 経済的にもけして楽ではなかったという。夫の反対を振り切ったことから夫とも離婚、過酷な母娘の戦いの末に掴んだ栄光だった。



 そこまでしたのには節さんの事情があった。 


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 節さんは大阪府守口市に1947年に生まれる。
 父は空手の師範・木崎正隆氏だ。母は薬剤師をしていた。

 節さんは5歳からその両親の間でバイオリンを初め高校も音楽科に進み、大学ではオーケストラのコンサートマスターも務めていた。

 ドイツへの留学試験にも合格し、オーケストラの入団試験にも合格していた。

 しかし、両親の反対に合い、しまいにはバイオリンを取り上げられてしまった。

 バイオリンを返してもらう約束で母親の紹介で22歳で見合いをし、そのまま結婚した。

 そういう理由があったから、娘のことではもう2度と折れることができなかったのだろう。

 20年に渡ってあちらで生活しているが、その間に金城摩承(まこと)さんと再婚する。

 金城氏はエール大でMBPを取得し、ソニーに入社し、セガが作った子会社で副社長を務めている。
 金城氏も6歳からバイオリンを初め、音楽関係の学校に進み、ジュリアードに留学したことから節さんと出会うことになった。

 みどりさんには1988年7月に生まれた五嶋龍さんという弟がいる。


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 彼は金城さんと節さんの間の子どもだ。

 まだ離婚していなかった間にできた子どもと言う話もあるし、まだ活躍し始めたみどりさんの名前を五嶋から変えたくなかった為、五嶋の名前を龍さんにも受け継がせている。

 のちに現在の旦那さんの方が金城から五嶋に名前を変えたという話もあります。

 龍さんは2度目のバイオリン教育だった為、節さんもいろいろ慣れたものだったそうです。
 そして、龍さんの祖父になる木島氏の空手も習わせて、将来どちらの道に進むも本人の希望としたそうです。

 また、フジテレビで幼少時代から密着取材の番組が制作されていますが、これも本人が嫌だと言い出したら止めるという約束で始めたそうです。
 貴重な記録として残っています。


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 子ども時代の龍さん
 

 五嶋みどりさんと言えば「タングルウッドの奇跡」を起こした人として有名です。

 タングルウッド音楽祭の演奏中に1度ならず2度もバイオリンのE線が切れたのに平然と直し、演奏を終えた。

 普通、こんな場所で弦が切れるだけでもパニックを起こしそうなのに、それが2度も、よく平然と直し終えたものだと思います。
 
 まさに長らく母娘で戦ってきたプロ中のプロと言えるでしょう。

 そのみどりさんが出産をしたというニュースはあるが、相手、結婚式の有無についてはプライベートのこととみどりさんサイドの事務所が一切の発表をしていません。

 今は「五嶋みどり」という名前ではなくファーストネームの「MIDOEI」だけで活躍されているそうです。



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