役者とは、1つの答えを出す経験

2018-10-08 12:30:00 | 戯曲塾

 Ancient History Encyclopedia(出典)

 劇団で劇作家の勉強をしていた頃、役者コースの一次の面接を担当させていただくことが何度かありました。

 うちの劇団は好きな人は好き、嫌いな人は嫌いというはっきり別れるものだと思います。

 でも東京都北区と協力関係にあるから、1年の月謝が安いのね。

 最初は先生の作品が好きで受ける人が多かったけど、最後の頃は、料金が安いからと受ける人も増えていた。

 でも、〇〇座なんて有名なところで研究生を終えた人が(劇団員になれなかった人)も受けに来る。

 そこで不思議なんだけど、こういう人たちの多くは、ちょっと考え方が違うのね。

 台詞を事前に渡して、それをいうだけなんですが、その際、


 ただ真っすぐに立って台詞を言えと、審査員の要求はそれだけなの。


 けれど必ず、斜に構えたりして、台詞も変な抑揚を入れてやれと言われたことを完全アレンジしてしまう人がいる。

 言われたことをそのままするのは、できない奴のすることと思っているんでしょうか?

 けれど、言われた通りのことをできない人は演出家やプロディーサーにとっては、使えない奴という評価でしかないんだんだよ。

 まずは言われたことをしてから、そのあとで、こうしてはどうでしょうと提案するのが、舞台の出演が決まったとき(もし演出家と役者の意見が合わなかった場合)すべき正しい方法だと思っています。

 なんどもなんども、真っすぐ前を見て、台詞をただ言え、変な抑揚はいらないと何度も審査員がいうんだけど、次々に現れる受験生がまた同じ過ちを繰り返す。

 これは不思議でした。

 役者って、動物的な勘で、今自分が要求されていることを理解して、実行できないとダメなのね。

 そこへ完全自己流を常に入れられると…ちょっと違うんじゃないかと。

 実際、〇〇座の研究生をしていた人から演技指導というのを過去に受けたこともあるんですが、やはり落とすわなと思うところはありました。

 テレビの仕事などをしていた人でしたが、芝居が…売れてるメインの役者さんたちと比べると…というより、比べるまでもなく違うのよ。

 ここまではっきり違うものかと思いました。


 少なからず、変な抑揚を入れて台詞をいう受験生は、うちの舞台は見たこともないんだろうなと思いました。

 見ていたら、ここの劇団の芝居の傾向は判りますから、しなくていいこと、するべきことを理解しているはずです。

 〇〇座に研究生を終え劇団員として残れる人は…最初から違うんでしょうね。

 プロがみれば、一発で判るという奴なんだと思います。



 昨日、珍しく、舞台のテレビ中継を見ていて、そんなことを思いました。

 私も舞台からは、ずい分離れた日々を送っています。






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作家という世にも不幸な存在

2018-06-07 03:00:00 | 戯曲塾


 今風のpcとその間に挟まれた、現代風の羽ペン

 結構シュールな画(え)になりました。

 
 前も少し書いたことがあるんですが、凄く好きな作家というのが数人いるんですね。

 その方々の名前はあまり…好きであればあるほど出すことがありません。

 好きは秘すのです。


 というか、マイナー過ぎてどうせ知ってる人が少ない。

 あまり話が通じないというところはあります。



 それでも、私が愛してきた作家という方々は、かなり特徴的なというか、第一線で活躍されても悲しい経験をなさった方が多いです。


 推理小説というのは、昭和50年代、1970代には日本でほぼ出そろう大型は出そろっているんですね。

 そこから先は細分化がが始まる。

 謎解き第一、推理過程第一、その他諸々、好むところが細分化されたものが出てくることになります。

 すでに行き詰まりと言えば、そうなのです。

 だって、紀元前から読み物、演じられえるものはあり、シェークスピアの時代にほとんどの型が完成されたと言われています。

 とすると、もうあとは時代によるアレンジなど、斬新さが生命ということにもなると思います。


 ある方の小説で、ホモ、レズ、台所を牛耳る妻は、夫の生命も操れると中学生の頃に読みました。

 この方は、推理業界として最高の栄誉の賞を受賞なされた恵まれた方の作家でしたが、その実、あとから盗作疑惑が沸き、不遇にもあいました。

 本当に幸と不幸が相半ばしという表現かと思います。


 だから、昭和50年代に作られたこの方の作品で、その疑惑にさらされたものが10年以上経ってからやっと映画化されたときは怒りを覚えたほどです。

 本来、そこまでの出来であれば、もっと高い評価を受けて然るべきでした。

 映画化されればいいってもんじゃないけど、それだけ、注目を浴びるという意味ですね。
 
 小説は映画などの原作のために存在じゃないですから。

 これが戯曲だとまた意味は違います。舞台化されることが前提で書かれたものだからです。

 一口に書くと言っても、いろいろあるのですよ。



 私も目指したものはありました。

 ありましたが…これも理想と現実の狭間に立つと、なんだかな…。

 年齢も理想と現実というものの狭間で揺れる頃になると、かなり変わります。


 これからも変わり続けるのでしょう。

 生きているというのは、そういうことです。

 新しものを生むというのは、そういうことでなければ、存在理由を失います。






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人が開花する時期、波に乗る時期

2018-06-02 18:00:00 | 戯曲塾



 子役をしてても思ったことだ。



 大人になって、学生が何かしらの機会をつかんでも、学生のうちは学生をして大人になって改めてやればいいという大人の意見を聞いて唖然としたことがあります。

 判ってないのよね。それだけです。

 

 確かに子どもの頃は子どもとして生活していればいい。(家庭の経済的な事情が許さなくて働く場合は別として)今はそう思う部分もあります。

 幼すぎて大人の世界に入るのはとても危険を伴うことです。

 でも、人によって、人生の時期って違うのよね。

 私が子役をしてた頃でもそうだったけど、いい役が付きそうになったときにたまたま

 内容が過激(子どもがかかわるストーリーとしては)

 試験が近い。

 そんな理由で親に反対されたこともありました。

 本人も1度チャンスが来たんだから、また来るだろうくらいに軽く考えました。

 でも、いつチャンスなんて来るか判らないのよ。

 来た時に、その時、どんな条件を抱えていようが、やりたいのなら、つかみたいのなら、躊躇せずに飛び込むこと。

 1度チャンスを失えば、またチャンスは来るとは限らない。

 チャンスの神様は前髪しかないと言いますが、まさにそんな感じで「ここだっ」と思ったら飛び込まなければダメなんです。

 そういう失敗を何度か繰り返したと思います。

 みんなこれはしてること。

 その中でしっかりどうしてもやりたいのなら、自分の意志でやり遂げること。

 成功したいと思ったら、年齢も何も、そのとき抱えている条件も関係ありません、

 つかみにいくだけ。厚かましいほどに。

 「あんたしぶといわね」

 といわれたら笑顔で「ありがとう」といいましょう。←実話

 そんなもんです。
 
 ほしいものを手に入れる。

 そのチャンスをつかむ。

 そこには甘さもちゅうちょもありません。


 あってはいけません。



 でも、本当に自分がそれをしたいのか、よく考えてから決めてください。

 チャンスはつかんだら、そこからは日常生活です。

 チャンスをつかむということは全てが変ってしまうということでもあります。

 今まで以上に辛いことが起きます。


 むしろつかみ損ねた方が楽なんです。

 だって何にも変らないわけだから。



 自分にとってその時が来れば、心の声を聞いていれば、きっと判ると思います。







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ああ、海外ドラマの言葉って、戯曲に近いじゃんと思うこと

2017-07-14 17:00:00 | 戯曲塾



 主に内容を書き記すものが多いのはこの2点と言っていいと思います。

 最近、何故か気づいてしまいました。

 物事とはやはり経験してみないと判らないものです。


 海外ドラマの場合、英語の翻訳ができればいいわけじゃない。

 台詞として言葉のセンスがないと成立しないだろうは前から思っていた。


 のだ、けれど。


 大体字幕として画面に1度に出せるのが、20字というようなことを聞いたことがあったと思うのですが。

 1回に出せる数も少ないですね。恐らく何秒は表示しているべきというスピードもあるんでしょう。


 それで考えていきますと、これは、シナリオを書くときと戯曲(舞台の台本)を書くときに通じるものがあるのではないかと、気づいた次第です。


 そういうことを専門にしたい人以外にはどうでもいい話です。


 シナリオについては私も専門に学んだことがありません。

 戯曲に関してもそういうコースに行っていたことはありますが、実際は書き方を教えてません。

 演出を主に教えたいというのがあったので、書き方は自分で学べということでした。


 でも、これも教えらえる物かというと、実は無理だと思っています。

 それぞれの他者にないセンスがあるかどうか。

 それを看板にして張りきるだけの度量…いけ図々しさでもいいけど…があるかないか。

 だからここでは書くということに関しては色々な実験的なこともしてるわけです。

 ま、しなくてもいいことも含め、とりあえず自分で経験してみたかったことをしている状態です。

 そういう意味では自由スペースとなっています。
 
 あくまで私にとってでですが。



 海外ドラマって翻訳プラス台詞のセンスがいる。

 できる人は限られてくると思います。


 そしてここで不思議なことに絡んでくるのが、やはり戯曲での言葉の使い方、これに似通うものがあるのです。


 字幕を書くときは時数制限もある。

 そして書き言葉である。

 だから漢字を多用する。


 でもこれが一旦吹き替えになると、外国人演者の口の動きに違和感がなければ、かなりの情報を入れられる。すなわち台詞を増やせる。

 そしてこれは話し言葉となります。


 前にもちょっと書いたことがありますが、ブログは「読者」というのか「読んでくださる方」というのか。

 私にとっては認識が後者なのですが、これも要は話し言葉になっているだけということです。


 過去にいた劇団の主催者、ボスが直接言っていた言葉ですが、戯曲で使える言葉は少ないということです。


 凄い簡単な言い方をすれば、読み物は漢字を多用する漢語※1でいいのです。

 でも話し言葉というのは、やまと言葉でないとダメなのです。

 簡単な例を挙げれば

 「禁止」 漢語

 「やめなさい」 やまと言葉


 『それは禁止よ』吹き替えでそういう言葉を使うことはないですね。字幕としては出ると思います。

 吹き替えになるなら『やめなさいっていってるじゃない。ダメなの』こういう感じでしょう。

 吹き替えを聞いていれば判りますが、大概、吹き替えになった時点で漢語からやまと言葉に置き換えられています。

 それが自然ということでしょうね。


 ただ日本のシナリオがこれをしているかというと…ちょっと疑問な所もあり…判断がつかない所ではあります。

 話している限りは話し言葉であるやまと言葉を使っているんでしょうけどね。


 ひと頃、言葉を耳で聞いて覚えていたので、この聞き覚えが多く、自然にやまと言葉を多用するようになったんでしょうね。

 なるべく書き言葉では漢語を入れるようにはしているんですが…。

 一旦習慣となったものはそう簡単には抜けませんね。


 でも海外ドラマにもこれが生きていたというのは、意外で…。

 日本語になるからにはそこは通らなければならない道なんでしょうかと思います。


 なんでも奥って深いのね~。







 ※1 昔、中国から伝来して日本語となった語。更に広く、漢字で組み立てて音(おん)で読む語。

 ネットの辞書より

あなたの声が聞こえないの

2017-07-13 03:00:00 | 戯曲塾
 
 RoadNet Travel(出典)

 身も心も我が子(作品)に貸出中

 いつも思うことだけど、こっちの意見を押し付けると、黙る。

 全身全霊であの子のいうことを聞いてやらないと何も先に進まない。


 大体この辺で1度は誤りを繰り返す。


 暑いからかなんだからか、どうも意識が集中できない。

 私の我も強い。

 とにかく今は耳を澄ませて、全身で話しかけてくる言葉を聞いてやるしかない。



 みんなこういう作品作りをしてるわけではないと思うけどね。

皮肉な巡り合わせ、つかこうへい氏と蜷川幸雄氏

2016-09-11 05:25:45 | 戯曲塾



 CSでたまたま「野生の証明」と「Wの悲劇」を放送していました。

 両方とも古い映画です。


 先に「Wの悲劇」の話をしますが、これは蜷川氏が映画の中の脚本家を務め、劇中劇の演出家をしています。

 「野生の証明」はオーディションで頼子役に薬師丸ひろ子さんが選ばれました。

 元々友達と遊ぼうと神社の境内で待ち合わせをしていたときにスカウトされ、このオーディションに行き会います。その少し前に劇団に入ろうかと話をしていた矢先の出来事だったそうです。


 この映画の総指揮をした角川春樹氏は彼女を初めて見たとき、後光がさして見えたとおっしゃったようです。

 「野生の証明」は親を殺され、殺した男と親子として暮らす少女頼子を薬師丸ひろ子さんが演じました。

 彼女は、記憶を失っているけど、潜在意識の中では自分の親を殺した今は父と呼ぶ人を憎んでいる…そして彼女はそれをきっかけで未来が判るようになってしまう。

 本来は頼子役にはもっと相応しい少女がいたんだけど、角川氏が、その子は、これ1本で終わる。でも薬師丸なら、スターになれるとつかさんのおっしゃたそうです。

 表は投票制で、きっともう1人の子の方へ行ってしまう。けれど、つかさんの1票が薬師丸ひろ子さに入れば、流れが変わる。薬師丸さんが選ばれる。だから、どうしても入れてほしいと頼まれ、彼女に入れたといういきさつがあります。

 確かに今、見ても。普通の子なんだけど、でも何か人を惹くものがあるというか、何かを感じる少女ではあると思います。

 そして角川氏の言った通り、薬師丸ひろ子さんはそれをきっかけのスターへの階段を駆け上ります。

 20歳の時に演じた「Wの悲劇」で蜷川氏と出会います。



 女優・三田佳子、本気で怖っ。どうしてそこまで演じられるんだ?

 それ2本を続けて放送するのも、偶然と言えども皮肉なものだと思います。

 同じスターになる薬師丸ひろ子という女優を巡って2人の演出家が違う時期、違う作品で結ばれる。


 この世界は狭いと言ってしまえばそれまでですが、やはり何か皮肉ですね。

つかこうへい氏の名前を出すと

2016-08-29 17:01:00 | 戯曲塾


 不思議なことに演劇関係の人につかさんの名前を出すと、3人に聞けば1人は必ず関わったことがあると言われます。

 あちこちでワークショップをやっているからそういう反応になるのだと思います。

 劇場ではなく、演出家、劇作家、役者を作るべきだとつかさんが思っていたから、あちこちでワークショップを開いていたんですね。


 でも実際に中にいるのとワークショップを受けるのとはやはり違うと思う。


 「きつさ」って意味でね。

 あくまで演劇に触れて、そういう世界に進みたいと思ってくれる人を育てたくてしていたのがワークショップだから、対し方も違ったと思います。


 私は神経質というのと、入りたく入りたくて、入ったから、劇団からメールが来るだけで、緊張して頭痛が始まるくらいでした。


 幸せだったんでしょうかね~?

 個人の性格かもしれません。

 それくらいの気持ちだったわけですが、あの頃を思い出すと、やはり楽だったかなと思う気持ちもあります。

 まだまだ子ひよこで何者でもない。

 何者にかなりたいとあがいていたいた時期でした。

やはり、北区つかこうへい劇団の頃

2016-08-29 04:22:00 | 戯曲塾

 今はずい分冷静に、考えます。

 客観的に考えるといろいろ今までと違った風景が見えてくる。


 今でも少し、中にいた人とは付き合いがありますが…。

 初期の役者コースはつか芝居が好きで受けに来る人が多かった。


 後期になると、東京都北区がいくらか助成金を出すので、つかこうへいはしらないし、芝居も1度も見たことがないという人が受けに来ることが多くなりました。

 中にははっきり好きな演出家は○○さんですと他の人の人の名前を挙げる人もいましたからね。


 つかさんの作品は古典でもない。

 いつの時代でも通用するものでもない。


 やはり独特ですね。



 凄い、厳しかったと思いますよ。


 あれだけ、考え方や姿勢を考えさせられた所はなかったです。


 正直劇団って組織は苦手なんですが、やはり苦手でした。


 芸能事務所にいる方が向いてるタイプでした。


 それでも、他では絶対に覚えられない、人生と生きていくうえでも大きなことを覚えました。



 って、そこをはっきり書かないんですけどね。

 終わろうが、書いていいことと伏せたままでいることがいいことはやはりあります。


 でも1つだけいうと、

 「日本人はチャンスはいくらでもある」

 と思っています。

 でも、あそこでは

 「チャンスは1回」

 それを逃せば、あとはどうなるか…。


 そういうことだったと思います。


 だから甘く考えるな、常に狙って行け、勉強をしろ、そんなことが今も頭にこびりついています。

 というより、今でこそ改めてこびりついています。

「北区つかこうへい劇団」を振り返って

2016-08-25 00:11:00 | 戯曲塾


 最近やっと客観的に振り返ることができるようになりました。

 でもやっぱりそれまでにない、大きなものを学んだなという気持ちです。


 甘えてられらない。

 
 そういうのを凄く刷り込まれた気がしてます。


 たいてい、他の芸能事務所にいる女優さんが、もうオーディションを7回も落ちてる。10回も落ちてると言われることがあるけど、これも受かることを前提に受けてるわけだから本人にはショックが大きい。

 でもいろいろな事情があって、ダメになる。


 オーディションなんて、10回受けて1回受かれば、それでいいもののような気がした。


 とにかく同じテンションでどんどん前に進む。


 これも縁だから、求めてくれる人は絶対にいる。


 そこへたどり着くまで頑張るしかない。


 そんな風に考えます。


 それにオーディションに受かると、次の日から、ガラッと生活が変わってしまって、違う世界に放り込まれる。

 責任がのしかかる。


 落ちれば本人のショック以外が何も変わらない。


 そうなってくると、受かることがハッピーか落ちることがハッピーか判らなくなる。

 アルバイトもできなくなって、生活費が~という実質的な問題もありますからね。


 最近、いろいろお休みモードで生きてますが、私もそろそろ喝を入れる頃かなと思います。

偲ぶ、蜷川幸雄氏、つかこうへい氏

2016-06-04 20:46:20 | 戯曲塾

 6iee.com(出典)

 
 先日、演出家の蜷川幸雄さん(享年80歳)が旅立たれました。

 不思議なもので彼は川越から田端の開成高に通っていらしたそうです。


 田端といえば、やはり文学の地でそこに縁があったということを考えると、不思議ですね。

 どちらかといえば、職人が多い地から、開成に通うということがコンプレックスだったとか…。


 演者もそうですが、芝居、文学をする者は1つでも多くの傷がある方がいい。


 1度、その世界に入れば、その傷であるものが、何より大きい宝になる。

 傷は多く持てば持つ方がいい。



 ただ、つか氏とは、やはり芝居の作り方もまるで違うようですね。

 なんとなく日本人の考え方だなと思います。

 蜷川さんの演出法を古い昔にテレビで見て、非常に驚いたことがあります。


 『Wの悲劇』という映画ですが、中で劇中劇を行う場面があって、主役の当時トップアイドルの薬師丸ひろ子さんに劇で芝居をつけていくときに「不感症!」と怒鳴っているシーンがありました。

 これは、こういう風に映画を作っていると番組宣伝で流れたものです。

 役者に灰皿を投げるというのは有名な話でしたが、そこまで言うのかと思ったものでした。



 私は偏愛の極致なので、この人が好きと思えば、それ以外の人は受け入れない。

 私にとって、劇作家も演出家もつかこうへいという人しかいません(と言いながら、宮本亜門さんも好きです。デビュー作などつか作品に相通じるものがありますけどね)


 という形で、つかさんの話に移ってまいります。

 蜷川さんは役者さんにも、劇作家にも演出家にもここはこうしろと自分の気持ちを役者に伝えていた方かもしれません。

 つかさんは役者にも芝居を教えるということはなかったのではないかと思います。

 晩年につき合わせていただいたので、お若い頃は違ったのかもしれません。

 少なからず、劇作家・演出家コースに教えるということはありませんでした。

 あくまでご自身の経験を語るのみです。


 ご自身の作品で勝負される方は、教えることはできません。

 だから1流なのです。

 ご自分の仕事を見せるだけです。

 役者にはここは、こうしたいからと相談されることはあったと思います。

 一時、井上ひさしさんもかかわっていらっしゃいましたが、井上さんも教えるというより、話をして相談をする感じでした。

 ただ、井上さんは国語を、言葉の起源から学んでいらしたので、劇作家であれば、ここは守るべきだということを教えてくださいました。


 つかさんはご自身の経験で、教えてくださることはありました。

 けれどつかさんの稽古は初めて、それを見せていただいたときはからとても鮮烈としか言いようがなく、見事につかマジックで、稽古場に入られた時から、ご自身の芝居そのものという感じでした。

 
 普段から、つか芝居をしているのが、つかさんです。


 つかさんは音感が他のどの演出家とも違いました。

 だから「つか以前つか以後」という言葉まで生まれたのです。

 これを突っ込んで覚えてしまうと、こちらの日本語の「てにをは」が狂ってきます。


 
 つかさんが最後の芝居をしているときにご病気であると、公表されました。

 何かで一般の方のご意見で、いちいち、病気だと聞かされて芝居なんて観たくないというようなものがありました。

 そのご意見は甘んじて受け入れたいと思ます。

 けれどあれが、劇団内公演であれば、そういう形には宣伝を打たなかったと思います。

 誰もそれを望んでいません。

 あの時の公演は外部公演で、主催者が別におりました。

 そうであれば、そういう話も絶好の宣伝材料になるのが、この世界です。

 それを右から左に当たり前のように受け流されなければ、この世界ではやってはいけません。



 私が、つかさんのことで泣かなくなったのは、実の父を亡くした後です。

 実の父とも深いんだか浅いんだか因縁があり、今の私を作ったのは間違いなく父でした。


 亡くしたからこそ、半分この世での縁が切れたからこそ、素直になれる関係でした。


 いつか、私も自分で演出をしたいと思っています。

 その時は、日本ではないような気だけが、今はしていますが…。