ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

あれから25年も・・・

2020-12-29 06:13:08 | 日記
退職してから、25年以上になります。
12月28日は「御用納め」の日でした。
仕事は半日で切り上げ、各職場毎に集って、短い時間でしたが茶話会(一升瓶なども立てられてはいましたが)をして、今年の仕事納めをしたものです。
退職した頃は仕事の内容もデジタル化して、そうした慣習は無くなってしまいましたが、それ以前の長い期間は、こうした12月28の在り様でした。
懐かしく思い出されます。
退職したての頃は、働いていた職場の前を通るたびに、中を覗きたい気持ちになったものです。
今頃、○○の部所は、猫の手を借りたいほどに忙しい時間帯のはず・・・
   △△係は、電話応答に追われているかも・・・
でも、今はそうした感慨などは全く起こりません。
月日が経つという事はそうしたことなのでしょう。
40年以上務めた場所ですのに。

テレビでは、新型コロナウイルス変異種にかかるニュースが何べん報じられています。
感染力が高いという事ですので不安は覚えますが、今までの予防策を取ることで対処する以外はありません。
明るいニュースとは言えません。

孫の一人が、今日は半日で勤務は終わりだったから、と言って寄ってくれました。
直接的な医療に従事はしていませんが、医療機関に勤務しています。
家の中には入らず、玄関先でマスクをしたままのお喋りを少しして帰って行きました。
「ばあちゃんも、じいちゃんも、外出には気を付けてね」
と、優しい言葉を残して。
ありがたいことです。

穏やかで気温も結構高い日でしたので、「田んぼの在る」散歩道のコースを1時間ほど歩いてきました。
誰とも会いません。
遠くの山を眺めてテクテクと。
雲もゆっくりした佇まいで浮かんでいました。
「退屈ですか?」
言葉を掛けてみました。
いつも歩く農道ではなく、田んぼの畔(くろ)の上を歩きたかったのですが、自分が思っている以上に身体機能のバランス感覚は鈍くなっていました。
ちょっとだけ、歩いてみてすぐ止めました。
枯草で足を滑らし転倒でもしたら、人の通りも無いところで助けを呼ぶことも出来ませんから。
でも、いい散歩でした。

以前アップした様な気もするのですが、勤めていた頃に書いた詩です。

     『仕事納め』
   
    兜町のように
    手拍子は打たない
    作業台の机が
    テーブルクロスの無い宴会場となって
    一升瓶が立てられると
    古参も新参の者も
    茶飲み茶碗のグラスで乾杯となる
    帳尻は
    非常な明晰さで行く年を締めくくっている

    酔いが
    目のふちをひとめぐりし
    おはこの民謡となって飛び出しても
    心の貸借表は
    かたくなに醒めていて
    重たい部分を
    地図のようにおし拡げる
    持ち越しとなる残高を
    ひそかに計算していると
    既決とも未決ともいえないまま
    小さな宴は お開きとなる

    ドアーのそばで
    あの人とすれちがう
    一瞬 ためらって
    相手の視線を探ってはみるが
    「お世話になりました 来年もよろしく」 と
    頭を下げる
    交わしつがれた言葉の
    角の摩滅した解毒作用が
    硬く冷たい残高を ゆっくり溶かしはじめ
    目もとで微かな暖流となる

    夜の師走は
    オリオンのまばたきも気づかぬほど
    興じ過ぎていて
    私の小さな瞬きも
    仕事納めとなる
コメント
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