ひとこと・ふたこと・時どき多言(たこと)

〈ゴマメのばーば〉の、日々訪れる想い・あれこれ

パソコンが回復しましたら、また。

2020-10-16 06:29:48 | 日記
検査の為に病院へ行って来ました。
今月は2度目、あと2回行かなければなりません。
MRI、その他の検査で、ほぼ一日かかりました。
戻ってきて、夕飯前にパソコンを開きましたが、こちらが不調。
立ち上がらない・動きが悪い・画面が出ない・別な画面が出てしまう・・・
こちらも工房という名の病院へ罹る必要がありそうです。
本日、ここで打ち止め。
パソコンが回復しましたら、また。
                   〈ゴマメのばーば〉
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『まつすぐな道でさみしい』

2020-10-15 06:37:11 | 日記
気温も上がり、日光もふんだんに注いでくれましたので、気持ちのいい陽気でした。
ニ三日、こうした天候が続いてくれますと、夏物の衣類などを整理し、冬に向かう衣類の準備が整うのですが。
でも、この天気、すぐに崩れて雨模様になり気温も低くなるそうです。

昨晩は、ちょっと気にかかることが生じて夜中の2時頃まで寝付かれませんでした。
いっそのこと起き出して本を読もうかと思いましたが、寝入らなくても、横になっているだけでも明日の健康のためには「良」、と聞いていますので、明かりをもラジオも消し床の中に入っていました。
うつら うつら と。
気が付きましたら、5時近く。
夜明けにはまだ間がありましたが、夜の帳には明るさが混じっていました。

5時40分。
アラームが鳴りだしましたので起き出しました。
着衣を終えて、昨日書いておいたブログの記事をアップし、今日の始りです。
本当は、午前中少し横になって眠りたかったのですが、電話があったり、来客があったせいでそれもなりませんでした。
でも、いつもの自分の体調に落ち着きました。

柿も、かなり色付き始めました。
キウイフルーツ、今年は豊作です。
沢山の実がぶら下がっています。
秋です。
そこにも、ここにも 秋が。
人生の秋・白秋も、私に臨んでいます。
いや、玄冬かも。
《青春・朱夏 白秋 玄冬》
その時代、時代の世相を生きてきました。
過去形で語りはしますが、原初的なものに連なっています。
そんなことを思いながら、少し遅めの時間帯の散歩をしました。
頭を垂れた黄金色の稲穂の広がりを眺めていますと、私の会ったこともない多くの農民の方々の、こうした実りの季を眺めていた喜びが、風に乗って伝わって来ます。
気が付いたら、
 ♪ 夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘が鳴る
と、口ずさんでいました。

    『だまつて今日の草鞋穿く』

    『まつすぐな道でさみしい』

    『何もかも雑炊としてあたたかく』
                     (山頭火)


農道が、真っすぐにのびています。
ずーっと ずーっと。
山頭火さんを、身近に、ふっと覚えました。
                     〈ゴマメのばーば〉
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

もっと ゆっくり、もっと ありのままに。

2020-10-14 06:27:40 | 日記
お日様が顔を出してくれましたので、まずは洗濯をしました。
その後、冷蔵庫の中で早く使い切ってしまった方がいい野菜などを、保存用に手を加えたり、火を通したりしました。
買い物への外出を出来るだけ控えるべく、野菜類等も一度に買い過ぎしがちな昨今です。
本当は、JA直売所へ毎日通ってでも入荷したての新鮮な野菜を少しずつ買いたいのが私の心情。
たくさん買いますと、葉物野菜などは、冷蔵庫の中で元気が無くなって来ますし、使い切れない物も出て来てしまいます。
こうした後始末の様な台所仕事を終え、コーヒーを淹れて頂き、その後散歩へ。

いつもの様に田んぼのあるコース。
歩いて行きますと、なんと小学校で運動会が行われていました。
今は、学校行事も周辺の住宅に住む方々の迷惑にならない様にと、行進曲その他の音声を低く抑えている様です。
以前なら、私の家まで児童たちの歓声や、運動会らしい音楽が風に乗って流れて来たものです。
あらためて淋しさを覚えました。
私にとっては、学校から流れでる音声は耳に心地よいハーモニーですから。
学校から流れてくる音声から想像しますと、どうやらリレー競争らしいのです。
自身が幼かった頃の運動会や、子や孫たちの運動会の様子などを思い起こしながら、ミュージック入りの風を身いっぱいに受けながらゆっくり歩きました。

運動会の日に飛び交うコトバは、
ガンバレ! ガンバレ! もっと早く! もっと高く!
それは楽しい「思い出」ではありますが、でも、齢、83歳を生きていますと、「強く」、というコトバは少々きつく感じられるのです。
もっと ゆっくり、もっと ありのままに。
そう思うことが多いのです。
でも、運動会の子ども達は がんばれ!

    『弱くあること』
      
      もっと強く
      なりなさい
      世間は きっと
      そう言うでしょう

      でも本当に
      学ばなくてはならないのは
      弱くなること
      弱くあることなのです

      世の多くの人たちが
      大きな声で笑うときも
      声を出さずに
      泣いている人もいるのです

      そんな人に
      そっと よりそい
      だまって 横にいられる
      そんな人になってください
                 (『弱さのちから』若松英輔 著から)

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人間て、愛(かな)しいなぁ、と。

2020-10-13 06:02:12 | 日記
11日現在、福島県内でのコロナ感染者は317名となり、5人が亡くなっています。
特に10月に入ってからは、郡山市での感染者数の増加が著しく、「夜の街」関連を含め54人が感染し、その約半数は感染経路が不明です。
単純な人口比だけで考えますと、郡山市(33万人)で一日、10人の発生数を見た場合、東京(8月推計)1400万人に換算すれば、およそ420人となります。
地方都市としては、けして低い発生比率ではありません。
郡山市では、JR駅前周辺の接客を伴う飲食店の従業員へ、PCR検査を無料で行う施策の実施に入りました。
また、感染者が急増している郡山市に対し、
〈保健師や県のコロナ対策班の職員を派遣することや、郡山市の感染者の入院調整を県が行う〉
〈国のクラスター対策班から、2名が郡山保健所に入り、疫学調査その他の指導に当たってくれる〉
と、12日、知事からの発表もありました。
県はマスクの着用や手指の消毒、ソーシャルディスタンスなど、基本的な対策を徹底するよう呼びかけています。
でも、家庭内でソーシャルディスタンス、と言われても、そうした住環境にある世帯はどの程度あるものでしょうか
県の記者会見の様子を見ますと、一層不安が募ります。

コロナに罹った方たちを特定して非難の対象にする気持ちなどは、さらさらありません。
ただ、自らの感染予防のためには、もう少し発生状況の分析を示してほしいところです。
そして、「ウイズコロナ」を是とするのであれば、詳細な分析と予防施策のあり方を丁寧に説明してほしいのです。
県外の友人が、電話で話していました。
「裏磐梯方面へ行きたいんだけど、郡山での下車は止めにした方がいいかしら」と。

  『さりがたき妻(め)、夫(をとこ)持ちたるものは、その思ひまさりて、深きもの、必ず
   先(さき)だちて死ぬ。
   その故は、我が身は次(つぎ)にして、人をいたはしく思ふあひだに、まれまれ得たる食
   (く)い物(もの)をも、かれに譲(ゆず)るによりてなり。』

上記、方丈記の一節は、若松英輔氏の著書『弱さのちから』の中で、氏が引用している箇所です。
愛する家族を持つ者は、天災等の飢餓に遭っても、早く逝ってしまう。
それは、たまたま得ることができた食べ物を、家族に先に食べさせてしまうからだ、という事なのでしょう。

コロナ渦中です。
でも、今日の食べ物に事欠いているわけではありません。
黄金色の田んぼ道を散歩しながら、人間て、愛(かな)しいなぁ、と。
                         〈ゴマメのばーば〉
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

‟やっぱり年だなぁ‟と、呟きました。

2020-10-12 06:16:38 | 日記
出来る、と思ったことが出来ない・・・
加齢と共にそうしたことが増えています。
水溜りを飛び越えられると思って跨いだら、溜まっている泥水に足が浸かってしまう。
棚の上のものに手を伸ばしたら、腕のつけねに痛みが走って取り損ね、モノを落としてしまう・・・。
日常的に数え上げたらきりがありません。
あっ、これが老化、と自身を納得させるものの不都合が増えるばかり。
こうしたことに慣れてはいるものの、時々新たな不都合に気づかされてタメ息が漏れることもしばしばです。

季節のご飯、栗ご飯が食べたくて数日前にJA直売所から栗を買ってきました。
今までしていた様に、一晩水に漬けてから鬼皮に包丁で切れ目を入れ、爪で剥き始めたのですが、これが中々捗りませんでした。
思った以上に、手指の爪が柔らかいというか脆くなっていたのです。
鬼皮を数個向いたら爪が痛くなって来て腫れぼったくなって来ました。
でも、30個ほど剥き終えて、栗ご飯は美味しく炊けたのですが、あれから一週間、指先の痛みがまだ残っていて包丁使いに不便を来たしています。
親指を見つめながら‟やっぱり年だなぁ‟と、呟きました。

日曜日でしたので、先週に倣って一人での家庭礼拝を致しました。
いろいろと不安材料はあっても、やれることだけをして後は神さまにお任せです。
今週も元気にいけそうです。
暫くぶりに、ひ孫のUちゃん、Tちゃん、そして、そのパパとテレビ電話を楽しみました。
本当はじかに会って、その頬っぺたや可愛い手に触れたいのですが、ソーシャルディスタンス、ということで、暫くは我慢です。
連れ合い(ひい爺ちゃん)は、待ってましたとばかりにUちゃんに語りかけます。
返事をしないので、
「耳、無くしたのかな?」
と訊ねましたら、返事はせずに耳を覆っていた髪の毛から耳を出して見せてくれました。
幼稚園へ行き始めてからは行動半径も、人間関係も広くなったせいでしょう、私たちとの係わり方も変わって来た様です。
あぁ、成長して行くのだな、と。
でも、ふっと淋しい気にも襲われました。

曇っていましたが散歩へ。
大地を踏みしめる感覚で、ゆっくりと、一歩、一歩。
稲刈りも大分済んでいました。
猪苗代湖に白鳥がやって来たとニュースで報じていました。
一羽だけ残って、今年の夏を過ごした白鳥は、今年やって来る白鳥たちと仲良くやれるものなのでしょうか。
今日は日曜日ですからUちゃんの通う幼稚園はお休みですのに、足は無意識に幼稚園方向に向いてしまって。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする