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みんながhappyでsmilyな世界になりますように。

ラッキーマン

2006-09-04 13:42:56 | BOOKS&MOVIES

マイケル・J・フォックス
代表作は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」

映画好きなら、知ってるよね?
そしてこの人が、若年性パーキンソン病に罹っていることも。

いつか読もう読もうと思いながら、避けていた本が、この人の自伝
「ラッキーマン」

闘病記は気が重くなるし、この「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は3部作とも大好きで何度見たかわからないくらいなので、あのマーティ・マクフライ(役名)が重度の神経障害に苦しんでいるところなんて、あまり詳しく読みたくない、と思ったりした。

でも。

読んでみてください、とにかく。
まず、彼は非常に文才があって、ユーモアにあふれていて、読みやすい。
彼のハリウッドでの成功にいたるまでの話も面白い。
けれど、なんと言っても、
経験者にしかわからない「生々しい」パーキンソン病の描写。

目が覚めるとぼくの左手にメッセージがあった。

朝目が覚めて、自分の左手が無意識に、自分のコントロールがきかないまま、ぶるぶると震えている、この恐怖。

告知を受け、30にして、仕事があと10年もできないだろうと、いう、残酷な現実。

仕事を失わないためにも、必死に隠し続け、人の目を欺き続ける苦しみやストレス。

そして、受容するまでの道のり。

「僕の個人的なつらい道のりが、あったこともないスイス人の女性のながったらしいリストに変えられてしまうのだ」、と彼は書いてあった。

そのリストとは、エリザベス・キューブラー・ロスの言う悲しみの5段階
(否定と孤立、怒り、取引、落ち込み、受容)
のことで、これは私も聞いたことがあった。

ぐさっときた。

患者さんの心理状態、進行の具合、精神的・身体的変化は、本に書いてある。
「本に書いてある」「本に書いてある」
けれど、患者さんの本音はそんなものじゃない。

もちろん、マイケル・J・フォックスも、この過程をたどった、結局は。

でも私もきっとそう思うだろう。
反抗心の強い私は。
「勝手に決めつけるな!」って。
それこそが「否定と孤立」の心理状態なのかもしれないけれど。


ほかにも、この本から学んだこと。
「赤ちゃん効果」
これは、自分がもし赤ちゃんを持つと、今まで街では見ても気にも留めなかった、子連れのお母さんの姿や、赤ちゃんを連れている人に目が行くようになる、って言う現象のこと。

マイケル・J・フォックスも、パーキンソンになってから、動きが緩慢な老人に目が行くようになった、って。

人は傲慢だ。
特に、健康な若者は。
自分が弱者にならないと、弱者のことは目に入らない。
痛切にそう思った。


自分が怪我をしてみて初めて、
自分の知り合いが病気になって初めて、
それを抱えて生きている人に目が行く。
気がつくまでは、気にも留めない。存在にすら気がつかない。

マイケル・J・フォックスは、病気になってよかったと言う。
「ぼくはほんとうにたいせつなものを、病気のおかげで手に入れた。」と。
彼は生まれ変わっても、パーキンソンにならない人生は選ばないだろう。

謙虚さと愛情にあふれた、人生の生き方に本当に感動した。


毎晩眠りに着く前に、彼はこうお祈りするそうだ。
「神様、自分では変えられないことを受け入れる平静さと、
自分に変えられることは変える勇気と、
そしてその違いをわかるだけの知恵をおあたえください。」


パーキンソンと言う、進行性の難病と、何十年もともに生きていかなければならないひとだからこそ、いえる言葉。


私には、変えられないものなど、今、抱えてない。
「変えられないかもしれない」と思っている、弱虫さ、だけ。

自分が変えたいと思うものを変える勇気、
それを忘れずに努力し続ける根気、
そして常に変えられないものを抱えている人への気配りと思いやり、謙虚さを持ち続けているようにすること。

これが足りない。


自分に出来ることは、怠けずにやる。
まずは、ただこれだけ。
リレーフォーライフでもおもったけど、健康に生かされている自分のありがたみと、そのために持っているはずの何らかの使命を、きちんと果たせる人間に、なってゆきたい。


リレーフォーライフ

2006-09-04 13:09:14 | 参加したイベント

ただ歩く。
それだけなのに、どうしてこんなに爽やかな気持ちになれるんだろう。
どうしてこんなに胸が締め付けられる思いになるんだろう。

9月2日、筑波大学の陸上競技場。
何度も走ったことのある、このトラック。
見慣れた周囲の学校の校舎。

でも今までで一番、きれいな夕日が見れた。

癌を撲滅しよう!
癌なんかに、負けない!
生きて、生きて、楽しく生きてやるんだぞ!
そして、癌でなくなった仲間を、私たちは忘れない。

これが、「リレーフォーライフ」
この場にいれて、本当に、よかった。

「癌」
どの科の勉強をしていても、絶対出てくる、この病気。
5年生存率が何%だ、とか、
何ステージたと手術はもう意味がないからQOLを考えて…、とか。
教科書の文面は、なんて たんたんとしていることか。

そう、たんたんとしていて、温度がない。

乳がんサバイバーの方の言葉。
「私たちだってねぇ、温泉に入りたいのよ!気兼ねなく。
おっぱいが二つの人も一つの人も、一緒にせーので、入りたいのよ!」

別のがんサバイバーの方の言葉。
「告知を受けてから、信号は守るようになりました。
なんとしてでも、癌から生き延びてやりたい!
だから何の関係もいわれのない車に轢かれて死んだりしたくない!」


最近福岡であったよね。
21歳の若い男の飲酒運転による事故。
衝突された車が橋の上から転落。
4、2、1歳の子供たちが溺死。


命を軽く考えるな!!!!
激しい怒りの声が、
癌サバイバーの、笑顔の、奥底から、聞こえてきそう。

私だってドライバー。
しかも注意力散漫だから、
自分の命も、ひとの命も、大切にしようとスゲー思った。


話をリレーに戻すと。
トラックを歩く人たちの中には、フラッグを掲げている人たちがいて。
「癌だっていいじゃん!
Cancer? It's OK, no problem!」

あまりの明るさに、フラッグの派手さに、その潔さに、笑いがこみ上げてきた。
癌だって?だからどうした!!!
経験者じゃなきゃ、言えない言葉だろうけれど、
自分もなったら、
(少し、くよくよしたら、)
元気にそう言いたい。
「そうだよ!私は癌だよ!
だからどうした!
ね、おいしいもの食べ行きたい!」

癌が人生を多少(?)変えてしまうかもしれないけれど、
「自分」は変わらない「自分」でいたい。

わからないけれど。

自分はまだまだ苦労をしたことがない、甘ちゃん、にすぎないから、
お叱りをうけるかもしれないけれど。


ルミナリエはきれいだった。
皆さんのメッセージが書かれたキャンドルに灯がともる。

なくなった方への思い。
今、生きている、喜び。
生かされていることの感謝。


そう、私は生かされているのだと。

当たり前のことに、歩いて歩かされて、イベントを作り上げてきた沢山のスタッフの並々ならない熱い思いによって、

あったりまえのことに、少し、「気づかせていただけた」自分。


自分の周りにも、単に、命がいっぱいあふれているわけではなくて。
「生かされている」命がなんだと。
だからやっぱり自分の命もひとの命も、大切にしなきゃ。
その人を取り巻く、家族や友達の命も。
遠い国の、出会うことのない人の命も。
結局誰かの命は、
すべて繋がっていくんだと。

哲学的ですが、そんなことを思いました。

そして、この日に受け継いだ命のバトンを
しっかりと天命を全うし、
次に伝えていくことが、
「生かされている者」の使命なんだろうな、なんて思いました。


とりあえず、9月中に乳がん検診に行ってみることにします。
乳がんは、23人に1人だそうです。
医学の4年生は、女子30人。

自分かもしれません。
さぁ、早期発見!