映画で楽しむ世界史

映画、演劇、オペラを題材に世界史を学ぶ、語ることが楽しくなりました

「日の名残り」の名残り

2010-12-27 16:01:50 | 舞台はイギリス・アイルランド

1、近時イギリス映画の最高作品


この映画の原作「The remains of the Day」は、日本人名のイギリス人作家カズオ・イシグロ(石黒一雄 1954年生まれ 5歳で渡英)が、イギリスの芥川賞ともいうべきブッカー賞を受けた名作。


舞台は1930年代、イギリス貴族の郊外邸宅(いわゆるカントリー・ハウス)。そこでの様々な人の生き様、特にbutlerと呼ばれる執事の公私生活、その信条を完璧なまで描き切る。


要約すれば・・・・・アンソニー・ポプキンス演じる執事の、あくまで主人に仕えるサーヴァント精神と、それを支える職業意識、人間としてのプライド。


そしてエマ・トンプソン演じる副執事(housekeeper と呼ばれる女子召使の取締まり役)とのやり取りの数々、そして決して表わされることのない恋心。


この主人公たちは完璧に執事、その助手を演じることに没入するあまり、自己の意見や感情、そして私生活を押し殺してしまう。しかしそのことに恨みや哀しみはない、むしろ微かな満足感さえただよう。そこがこの映画の見せ場だと思う。


そしてこの辺が何やら日本人に似た面があるような気がして、我々としては何やら安堵感のようなものを覚える・・・私だけであろうか?


 


2、この時期のヒトラーシンパ


 


問題はこの館の主人ダーリントン卿。彼は外交好きでドイツ同情派。この時期、イギリス政府の中に台頭し始めた対ドイツ強硬論(チャーチルなど親米派によるヒトラーは信用できずとの議論)に反発を覚え、館でドイツ軍人を招いたり、何やらの企み・・・・・結局は何にもならないのだが。


ここで突然思い出したのが、司馬遼太郎の「街道を行く」の「愛蘭土アイルランド編」。


この中で司馬は、アメリカではフランクリン・ルーズベルト大統領時代の駐英大使人事(1937-40)を取り上げる。この時期、アメリカがイギリスへおくった大使は「ジョセフ・ケネデイ」・・・あのケデディ大統領の親父さん。


そしてこのケネディ氏、大変な反英派・・・イギリスを弱体化させるために公然とドイツの肩を持つ。彼はアメリカがイギリス・フランスと組んでヒトラーの横暴に歯止めをかけようするのに反対して・・・そのために世界大戦が始まって以降、アメリカの参戦が大幅に遅れた原因になったという。彼はナチスのユダヤ人狩りについても理解を示していたという。


何故。何故ジョセフ・ケネディはイギリスに敵対したのか。


ケネディ家はアイルランドよりの移民。あの1845ー47年のジャガイモ飢饉のとき、彼の一家は多くの人々とともにアメリカに渡る。そしてジョセフの父親はボストンのスラム街で酒屋を始め、成功をおさめ、アイリッシュ・アメリカンの人気を集め政治にも進出する。


さらに次のジョセフは銀行をはじめ各種事業に成功し、1932年の大統領選挙ではルーズベルトを応援し、その見返りとして「駐英大使」を手に入れた。


そこで、概して、アイルランド人はイギリスに対して「恨み骨髄」に徹している。けだしアイルランド問題は700年にもわたる大問題、そしてこの時期、アイルランドの独立問題は双方不満足、大きな禍根を残したまま、一応は、本当に一応は解決したばかり。


    ● 1916年 イースター蜂起、共和国要求、独立戦争本格化、ゲリラ化(マイケル・コリンズ)


    ● 1921年 英蘭条約「アイルランド自由国」、北を巡ってアイルランド内戦、ゲリラ化


    ● 1932年 共和派「エール共和国」 49年「アイルランド共和国」


アイルランド人で愛国心旺盛な人たちは、反英感情を払拭し切れなかった。特に一部の人たちはチャーチルには反感を持っていた・・・・・イースター蜂起の後、イギリス政府はアイルランド独立運動に対して「ブラック・アンド・タンズ」という特殊警察部隊を送り込んで、卑劣極まりない弾圧を繰返したが、これの裏にはチャーチルがいたと言われているからだ。


この一連の話は少し我々をがっかりさせるが、人の政治活動は必ずしも大所高所から行われる訳ではなく、何か大きな復讐心の如きもの、暗い動機を持って行われることも、間々あるということなのだろう。


  


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