朝から実施Lの現場。作業の進捗状況を確認してロンドンの先輩にメールで報告。やり直しを未然に防ぐため、作業段階で出てくる細かな確認事項を伝える。以後朝までコンペYの作業。まだ結果はわからないが念のため父と準備を進める。
彼女が大学の研究室の後輩と映画を見に行くというので一緒についていった。六本木で「ジャンパー」を見た。ボーっと見る分にはとても面白かった。東南アジア系のジャンパー(遺伝子異常によって生まれた瞬間移動のできる特殊能力者)がパラディン(中世以来、世界をまたにかけ地球上からジャンパーを抹殺しようとしている人たち)にアマゾンで嬲り殺されている一方で、「遠く離れた日本は安全なのでジャンパーは東京でひとときの安住を得たり作戦会議をしたりするのだ」という説明があったりとか。どれだけ遠くにあるんだよ日本。銀座駅を出たら109があったり。それでも、あ、日本も舞台なんだ~と少し喜んでしまう自分の悲しさ。
朝から実施Lの現場。昼過ぎに出て、クライアント代表の方と待ち合わせて西武秩父へ。エレメントの製作を担当されている木工T社の工場を訪ね、途中経過をチェックする。資源に恵まれた秩父はかつては木材加工の工場が多かったらしいが、現在では技術を継承しているのはこの会社くらいになってしまっているとのこと。ただし現在の主力はやはり合板。合板が出回って数十年がたったので、もはや無垢材を扱える職人は絶えてしまっているらしい。合板の分野では新しい技術は生まれていなくて、オートメーション化が進んでいるだけではないかと現状を分析されていたが、この会社では工業団地の中で隣り合う液晶パネル工場と技術協力などして小規模工場としての生き残りをかけているらしい。交通の便が悪いことによって、かえって秩父は東京との競争に巻き込まれずに独自の地位を保てるのだという。普段は学校や病院に納入するオーソドックスな造作家具を製作しているとのことだが、今回は限られた機材を使って安価に曲面的なエレメントを製作してもらった。エレメント完成までの各工程を実物を交えて見せてもらう。「積層曲げ」のような特殊な技術がなくても、数十年前の古い機械を使い職人の手を駆使して製作してもらった様子が伺えた。安価に樹脂でつくるという選択肢もあったが、「同じ塗装をしても、樹脂と木では肌触りの違いを感じるというか、見えてくる色が違います」と職人は語った。
実施L。先輩が送ってくれた資料を基に、朝からクライアントの方と一緒に家具屋で椅子の選定と購入。昼ごはんを食べながら、彼がイタリアで取材してきたカフェの話を聞く。イタリアで生活の一部となっているカフェの話。会話をしながら入ってきた二人が、ガムをかんだりタバコをすったりするようにエスプレッソを飲んで、また会話をしながら店を出て行く。夕方、東京に戻り現場へ。塗装の職人さんからいくつか細かな質問を受ける。黒板製作の業者と連絡を取ってから、懸案事項をまとめてロンドンの先輩に電話で報告し、明日の職人さんへの指示を整理する。家に帰り、先輩へメールで報告書を書いてから、たまっていた家計簿をつける。
昼過ぎ起床。実施Lの黒板製作業者に連絡して、与条件の確認。夕方ロンドンの先輩に電話して制作方法について最終決断し、夜FAXで業者に送信する。
朝から実施Lの現場。カフェのシンボルであるエレメントの搬入に立ち会う。午後、黒板業者からサンプルが届く。いろいろといじって試した後、昨晩先輩と確認した方針に従って最終的な構法を決定し、業者に連絡する。夜、先輩に報告書。
前日からひきつづきコンペY作業。夜半過ぎに印刷開始。明け方に山形へ発つ。道中、実施Lの刻々と変わる状況が各業者から電話で伝えられ対応に追われる。満タンだった携帯電話の電池が切れて通話不能になる。タクシーで山形県庁へ行って応募書類一式を提出。その後駅前のドコモショップで充電しながら実施Lの情報収集と伝達。夕方、在来線で仙台へ移動。新幹線で東京へ戻る。
明け方、犬とソファを奪い合って仮眠。朝、所員さんの声でうっすら目が覚める。昼からコンペY作業再開。ときたま実施Lの状況が電話で伝えられ対応。夕方模型材料を補充して、夜は模型製作、父はスケッチ。夜半過ぎ、プレゼンの材料がそろう。所員さんからプリンの差し入れをいただく。「また何か企んでるんだって?」
朝から実施Lの業者との打ち合わせ。午後、現場。夕方群馬へ。帰宅後、朝まで父とスタディ。大きなアイデアと小さなアイデアがうまくかみ合わない。乖離したままならどちらかに寄せざるを得ないかもしれない。