紛争の蒸し返しへの対抗策

2023-07-27 20:16:44 | 民事手続法

【例題】Xは、「Y1とY2の夫婦から誹謗中傷を受けている」と主張し、Y1に対する損害賠償請求訴訟(第1訴訟)を提起した。

(case1)第1訴訟の係属中に、Xは、Y1とY2に対する損害賠償請求訴訟(第2訴訟)を提起した。

(case2)第1訴訟の請求棄却判決が確定した後に、Xは、Y1とY2に対する損害賠償請求訴訟(第3訴訟)を提起した。

 

[対抗策(その1):重複訴訟の禁止]

・重複訴訟禁止の趣旨は、「審判重複の不経済」「既判力抵触の可能性」「被告の応訴の煩」に求められる(最三判昭和48年4月24日民集27巻3号596頁)。□山本和56

・先行訴訟が係属した時(=訴状が被告に送達された時)に重複訴訟の禁止効が生じる(民訴法142条)。同条がいう「更に訴え(=事件の同一性)」とは、当事者と訴訟物(※)がいずれも同一であることを指す。□コンメ(3)162,164、近藤218-9

※旧訴訟物理論では請求の原因の同一まで要求される。反対に、両訴訟で主張される権利関係が同一であれば足り、請求の趣旨の同一までは不要。□条解822,824

・後続訴訟における訴訟要件の存否はその口頭弁論終結時を基準とする。換言すれば、弁論終結時までに先行訴訟の係属がなくなれば(取下げ、却下)、後続訴訟は重複訴訟とはならない。他方で、両訴訟のうちいずれかの判決が確定すれば、重複訴訟の問題ではなく、既判力の問題へと変わる。□条解826-7、コンメ(3)175

・重複訴訟の禁止は訴訟要件であり(※)、後続訴訟の訴えは却下される。多くの訴訟要件と同様に、「職権調査事項(=当事者の主張を待たなくてよい)」かつ「職権探知主義(=当事者の証拠提出を待たなくてよい)」が採られるので、裁判所は独自に必要な証拠を収集して審理できる(※)。もっとも、通常は、後続訴訟の裁判体は先行訴訟の存在を知らないから、被告から積極的に当該事実の存在を主張立証することになろう。□コンメ(3)173、条解826、瀬木194-7

※「訴えが不適法で補正不可能」の場合は、口頭弁論を経ないで訴え却下判決を言い渡すことができる(民訴法140条)。「請求棄却判決や訴え却下判決が確定しているにもかかわらず、同じ訴えが繰り返されている事案」には民訴法140条が適用できる(現に下級審裁判例がある)、との指摘がある。□笠井243-4、多々良瀧澤411

・私見では、請求棄却見え見えの「重複訴訟」の場合、被告としては訴訟要件を問題視せずに、端的に実体判断を求めれば足りる例もあろう。同様に裁判体も、被告が積極的に争点化しない限りは、重複の判断を避けて実体の判断を望むかもしれない(たぶん)。もっとも、純理論的には、仮に被告が本案判決を求めても、裁判所の心証が「訴訟要件の欠落」であった以上は却下判決をしなければならないか(反対に、本案判決を認めた大審院判例がある)。□多々良瀧澤147

・なお、「被告勝訴時の被告の上訴の利益」の有無については、[1]訴え却下判決に対して請求棄却を求める上訴が肯定され(最二判昭和40年3月19日民集19巻2号484頁)(※)、[2]反対に、請求棄却判決に対しては訴え却下を求める上訴は否定される(異説はある)。□コンメ(6)24、条解827,1530、瀬木678

※訴え却下判決に対して原告のみが控訴した場合:控訴裁判所は、判決理由中で「訴えは適法だが本案請求は理由がない」と判断しても、原判決の取消しや変更には不利益変更禁止の原則(民訴法304条)が働くので、主文は控訴棄却にとどめ原判決の結論を維持する(最三判昭和60年12月17日民集39巻8号1821頁)。□コンメ(6)214

 

[対抗策(その2-1):移送]

・先行訴訟の係属中に、形式的には重複訴訟禁止とは言えない「類似する後続訴訟」が提訴された場合、被告は応訴の負担を軽減するために同一裁判体での審理を求めることが考えられる。

・後続訴訟が別の裁判所に係属したときは、17条移送(民訴法17条)等を申し立てる。「関連訴訟の存在」は17条移送の理由の一つになりうる。□コンメ(1)314-5、山本弘93

 

[対抗策(その2-2):弁論併合]

・後続訴訟が先行訴訟と同一の裁判所(多くは別の裁判体)に係属したときは、弁論の併合を上申する(民訴法152条1項)。特に、原告が関連訴訟を分散している場合には最初に提起された訴訟に弁論を併合すべきだとの指摘や、結局は事件番号の若い方が引き取るルールがあると指摘される(もっとも、私見では、先行訴訟の裁判体が水面下で併合を拒んだと推察される例もある)。□瀬木84,258、岡口中村93、コンメ(3)312-4、山本弘93、近藤219-21

・裁判実務では、併合前に取り調べられた証拠資料を、当事者の援用を待つことなく当然に併合後の訴訟の証拠資料ともしている。□瀬木84,258、コンメ(3)312-4、山本弘93、近藤219-21

 

[対抗策(その3-1):先行資料の再利用]

・先行訴訟において提出済みの主張や書証を、後続訴訟でも流用して提出することが考えられる。特に、同趣旨の尋問が繰り返されることを避けるため、先行訴訟で実施された尋問調書を後続訴訟の書証とすることが考えられる。

・先行訴訟で言い渡された判決が、後続訴訟の書証となって事実認定の参考にされることがある。先行判決が有するこの事実上の影響力(事実的効力)を「証明効」と呼ぶことがある。□瀬木472-4、辞典312-3

 

[対抗策(その3-2):反論のあり方]

・蒸し返しの主張書面は長大になりがちである。「内容が薄いのに分厚い書面はアウト」「酷い主張にも排斥の理由を示してくれると助かる」との裁判実務家の指摘がある。この指摘を意識すれば、防御側としては簡にして要を得た反論が望ましいだろう(たぶん)。□岡口中村29-32,24-5

 

[参考:忌避申立てへの対応]

・訴訟遅延を目的とした忌避が申し立てられることがある。迅速な結論を望む相手方としては、裁判官の手続裁量に基づく簡易却下を求めることになろう。□コンメ(1)365-6

・なお、同一事由による忌避であれば濫用が明白だが、1回目の忌避申立てに対しては「時機の不当(遅さ)」等を指摘して遅延目的であることをアピールすることになろうか(たぶん)。

 

[対抗策(その4-1):既判力に依る後訴請求の遮断]

・先行訴訟で請求が棄却されて確定すれば、「基準時(=先行訴訟の口頭弁論終結時)における当該請求権(訴訟物)の不存在」に既判力が生じる(民訴法114条1項)。後続訴訟においてこれと異なる「基準時以前に存在した事実の主張や証拠方法の提出」がされても、先行判決と抵触する攻撃防御方法は遮断されて請求は棄却される。□瀬木486、コンメ(2)488,490,493-4

・既判力の時的限界により、「基準時より後に発生した事実や証拠方法」を提出することは妨げられない。□瀬木492、コンメ(2)489

 

[対抗策(その4-2):信義則に依る後訴請求の遮断]

・形式的な訴訟物が別であっても、信義則(→権利失効の法理=紛争の蒸し返し禁止)によって後続訴訟の請求が封じられる余地がある(最一判昭和51年9月30日民集30巻8号799頁)。その判断要素(※)は、[1]両訴訟物の実質的な同一性、[2]後続訴訟の主張が先行訴訟で審理対象となっていたか、[3]相手方(被告)において紛争が解決したとの合理的期待があるか、[4]相手方を不当に長く不安定な地位に置くか。□多々良瀧澤429,413、原222-3、栂17、山本和185

※この諸要素はさらにブレイクダウンできる:両訴訟のそれぞれの内容。先行訴訟において当事者が行い得たと認められる訴訟活動。後続訴訟の提起や主張に至った経緯。当事者双方の利害状況や公平。先行確定判決による紛争解決の期待の合理性。裁判所の審理の重複。時間の経過。□多々良瀧澤429

・信義則違反の有無は、訴訟要件一般と同様に職権調査事項と解されるか。現に裁判実務は、紛争の蒸し返し禁止の効果は「訴え却下」と捉えているか(※)。□多々良瀧澤431-3、瀬木536

※私見では、被告は「訴え却下or請求棄却」のいずれを求めるべきか迷うかもしれない。なお、請求(訴訟物)レベルで遮断するのではなく、主張レベルで遮断すれば足りる例もあり、現にそれを肯定する下級審裁判例がある。□原223、栂17

・なお、信義則違反と同様の機能を果たすものとして「訴権濫用」構成がある(※)。訴訟当事者とされた相手方との関係で信義に反する場合は信義則違反になじみやすく、訴訟制度の地位の濫用や訴え提起自体の反規範性が指摘される場合は訴権濫用が選択されると指摘される。□多々良瀧澤424-5、栂17

※後述の不当訴訟要件との重なりが指摘される。□多々良瀧澤430-1

 

[対抗策(その5):訴訟費用の回収]→《民事訴訟費用の確定》

・被告勝訴判決の確定に伴い、訴訟費用額確定処分を申し立てて原告に訴訟費用を請求することが考えられる。

 

[対抗策(その6):不当訴訟に対する損害賠償請求]

・蒸し返しとなる後続訴訟の提訴自体が不法行為を構成する場合がある。なお、弁護士が蒸し返しに関与することは懲戒事由にも該当しよう。

・提訴が違法になるのは「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるとき」であり、その具体例として「当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであること」かつ「提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したこと」が挙げられる(最三判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁)。もっとも、この規範が厳しすぎるとの指摘もある。□瀬木460、多々良瀧澤407

 

(条文解説)

林屋礼二・小野寺規夫編集代表『民事訴訟法辞典』[2000]

秋山幹男・伊藤眞・加藤新太郎・高田裕成・福田剛久・山本和彦『コンメンタール民事訴訟法3』[2008]

松浦馨・新堂幸司・竹下守夫・高橋宏志・加藤新太郎・上原敏夫・高田裕成『条解民事訴訟法〔第2版〕』[2011]

秋山幹男・伊藤眞・加藤新太郎・高田裕成・福田剛久・山本和彦『コンメンタール民事訴訟法6』[2014]

秋山幹男・伊藤眞・垣内秀介・加藤新太郎・高田裕成・福田剛久・山本和彦『コンメンタール民事訴訟法1〔第3版〕』[2021]

(基本書など)

栂善夫「民事訴訟における信義誠実の原則」伊藤眞・山本和彦編『民事訴訟法の争点』[2009]

山本弘「二重訴訟の範囲と効果」伊藤眞・山本和彦編『民事訴訟法の争点』[2009]

原強「判決理由中の判断の拘束力」伊藤眞・山本和彦編『民事訴訟法の争点』[2009]

岡口基一・中村真『裁判官!当職そこが知りたかったのです。』[2017]

瀬木比呂志『民事訴訟法〔第2版〕』[2022]

山本和彦『最新重要判例250民事訴訟法』[2022] 

笠井正俊「第140条」高田裕成・三木浩一・山本克己・山本和彦編『注釈民事訴訟法第3巻』[2022]

多々良周作・瀧澤孝太郎編著『判例法理から読み解く裁判実務 訴訟要件・訴権濫用』[2023]

近藤昌昭『判例からひも解く実務民事訴訟法』[2023]

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