法律用語としての「釈明」「求釈明」の混乱

2023-06-26 19:52:00 | 民事手続法

【例題】XがYに対して損害賠償請求訴訟を提訴した。Xには代理人が就いておらず、訴状の記載を見ても訴訟物が判然としない。

 

[裁判所が行使する釈明権]

・裁判所は、期日内外において、当事者の一方に対して「訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関して問いを発すことor立証を促すこと」ができる(民訴法149条1項)。この裁判所が有する権能を「釈明権」と呼称する(民訴法149条の見出し)。□コンメ264-5

・期日外における釈明権の行使は、裁判所書記官にさせることもできる(民訴規則63条1項)。

 

[当事者が行使する求問権(求釈明権)]

・当事者は、期日内外において、裁判長に対して「裁判所が相手方へ必要な発問をするよう求めること」ができる(民訴法149条3項)。この当事者の権利を「求問権(=裁判所による発問を求める権利)」と呼称する。これを「求釈明権(=裁判所による釈明を求める権利)」とも言い換える論者(新堂、瀬木)もいる。□コンメ289-90、新堂498、瀬木298、田中39,180

・実際の期日では、一方当事者の求問権の行使に対し、(裁判所の釈明権行使を待たずして)相手方が発言することがある。これは、裁判長が相手方の発言を黙示的に許しているものと説明できる(民訴法148条2項)。□コンメ289-90

 

[「日常用語派」対「ジャーゴン派」]

・普通の日本語にしたがえば、「裁判所が'求釈明'を行い、それに応じて当事者が'釈明'する」と言いたくなる。素朴にこの使用方法が正しいという論者として、一審解説、藤田広美、梅本吉彦。瀬木も「釈明権」という訳語がおかしいとする。なお、一問一答は「・・・裁判所も・・・必要な釈明を求めることが望ましいと考えられます。」というので、この用法か。現に、民訴法157条2項も「・・・当事者が必要な釈明をせず・・・」と規定する。□一審解説38、藤田162-3、一問一答149、瀬木298、和田264-5、梅本506

・他方で、「釈明権」という民訴法の見出しにしたがえば、日常用語とは意味内容が逆転し、「裁判所が行うのが'釈明'、当事者が行うのが'求釈明'」となる。この言い方こそ正しいというのが田中豊。稲葉一人も当然にこの意味で使う(伊藤眞も同様か)。瀬木も(訳語のおかしさを認めつつ)同旨。一審解説や藤田も、「実務では田中豊的な使用がされている」実情を認める。□田中180、瀬木298、稲葉169-75、伊藤眞326-7、一審解説38、藤田162-3

・結論として、民訴法は「釈明=説明する」「釈明=説明させる」のいずれの意味も採用しており、民事裁判実務も同様である(新堂も、両者の意味で融通無碍に用いているか)。少なくとも、田中豊のような断定は言い過ぎだろう。□和田264-5、新堂498,499

 

法務省民事局参事官室編『一問一答新民事訴訟法』[1996]

稲葉一人『訴訟代理人のための実践民事訴訟法』[2003]

藤田広美『講義民事訴訟』[2007]

秋山幹男・伊藤眞・加藤新太郎・高田裕成・福田剛久・山本和彦『コンメンタール民事訴訟法3』[2008]

梅本吉彦『民事訴訟法〔第4版補正第2刷〕』[2010]

田中豊『法律文書作成の基本』[2011]

新堂幸司『新民事訴訟法〔第6版〕』[2019]

司法研修所編『第4版民事訴訟第一審手続の解説ー事件記録に基づいてー』[2020]

伊藤眞『民事訴訟法〔第7版〕』[2020]

瀬木比呂志『民事訴訟法〔第2版〕』[2022]

和田吉弘『基礎からわかる民事訴訟法〔第2版〕』[2022]

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