実定法学者への注文

2023-07-29 22:10:02 | 法曹実務

学生の時は「法曹実務では理論は二の次だろう」と(勝手に)思っていた。ところが、現実の実務家は理論を欲している(正確にいうと「実務で使える理論」が欲しい)。実定法学者の地道な仕事の上に実務は立っており、研究者への経緯は年々深まるばかりだ。その点を強調した上で、研究者に望みたいこともある。

 

(1)本格的な体系書

・法科大学院の発足以降、司法試験の対象科目(憲法、行政法、民法、刑法、商法、民訴法、刑訴法、倒産法、労働法、知財法、国際私法など)の学習者向け教科書は、質量ともに飛躍的に充実した。

・他方で、本格的な体系書はあまり増えていない気がする(たぶん)。2023年に樹海シリーズから吉田物権法が三分冊で出版されたが、中堅以上の研究者の手による令和の体系書がどんどん出てほしい。たしかに、ベーシックな知識の確認にはわかりやすい教科書を読み返せば足りるが、そこから外れる現象が生じるのが実務の常であり、その解決のヒントをくれる詳細かつ最新の書籍がほしい。

 

(2)「試験範囲外」の実務に対応した分野

・試験は基本法の範囲から典型論点を踏まえて出題されるが、実務は非典型論点のオンパレードだ。もっぱら実務家が論じている分野を、研究者の視点から検討してほしい。

 

(3)判例に現れていない類型

・判例に現れた事案を研究者や実務家がこぞって取り上げるのは当然だが、実務家が知りたいのは「その判例の射程」「判例とは異なる事案の処理」である。「関連判例や制度趣旨からは●●と考えるべきだ」と勇気をもって論じてほしい。その意味で我妻民法はいつまで経っても偉大だ。

・誰もが書くような判例評釈ではなく、まだ論じられていない事項に切り込んでほしい。

 

(4)隣接分野への目配り

・実務では、一つの現象を、実体上の権利義務、業法のレギュレーション、手続の問題、刑罰関係等と横断的に検討する。民法学者に刑法の検討をさせるのは求めすぎだが、関連する分野で問題となりうる点への最低限の示唆があると、実務的検討にあたって大いに助けとなる。

・実体法学者には、最低限の手続法の知識を持ってほしい。「請求棄却と訴え却下の区別がついていない実体法学者の論文」を読んだことがある。

・佐伯道垣内対話、対話で学ぶ行政法のような好企画を続けてほしい。

 

(5)生理の検討

・研究の対象とされがちな事例は特殊な「病理」であることが多いが、ルーチンである「生理」の検討はそれ以上に重要である。かつての手形法学はこの悪い例だと思う(例外が関金融手形法)。

・法文の任意規定を論じる場合には、実際にそれが使われているのか、それとも約定で排除されているのかも一言触れてほしい(とはいえ、実務では明確な特約を持たない合意が現れて任意規定を持ち出す例も多い…)。

 

(6)機能的な検討

・一つの法体系を構築することは非常に重要であるし、学問的には機能的考察を前面に出すことは邪道かもしれない。とはいえ、目の前の紛争の解決を目的とする実務家にとって「法=道具」である。研究者には、機能分野をまたぐ「複数の道具」がどのように関連するか、ある事実に対して「複数の道具」をどのように用いるべきか、という機能的観点も一言触れてほしい。

 

(7)若干の具体例

・ファイナンスリース:契約法(商取引法)の基本書に一節を設けてほしい。まともに記載しているのは、倒産法の本を別にすれば江頭商取引法くらいか。

・車両保険:「盗難事案」の分析は既に決着がついているので、その余の事案の請求原因事実を論じてほしい。

・特別法犯:刑法各論の教科書はもっぱら刑法典各則の犯罪(刑法犯)のみを扱っており、「研究者が執筆した入手しやすい特別法犯の基本書」は皆無に等しい。刑法犯の中でも重要度の低い犯罪の記載はカットして、重要な特別法犯(常習特殊窃盗・常習累犯窃盗、覚醒剤取締法違反、入管法違反、銃刀法違反、児ポ法違反など)についても記載し、かつ、刑法犯と特別法犯の関係も論じてほしい。さらに、西原春夫の名著のように、体系を解体して生活領域毎の犯罪にまとめる一冊があってもよい。

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