ホームページの掲示板に耕運機という言葉が寄せられた。で、耕運機を詠んだ句を探した。
見えざるも耕運機行き返す音 右城暮石(うしろぼせき)
春になると、冬の間は眠っていた田や畑を耕し始める。田植えや畑作の準備である。季語で言えば、耕し、田打ち、畑打ち、など。
動くとも見えで畑打つ男かな 去来
の昔から、
田打女の鍬揃ふとき蝶流れ 素十
という句が作られた頃は、耕しは人力によるか、牛か馬の力によった。
ところが、いつの頃からか農作業が機械化して、様子がすっかり変わってしまった。牛や馬は田畑から姿を消してしまい、田打ちも畑打ちも、田植えまでが機械化した。昔の早乙女の姿などを見掛けることもなくなった。活躍するのは耕運機などの機械。
カタカタという発動機の音が田に畑に響く。一日のうちに、冬田が鋤き返された代田に変わる。
田を耕運機が行ったり来たりして耕している。この句の作者は家の中で耕運機の音を聞いている。耕運機の通った幅だけ深く耕されている。そういう景色を頭の中で想像しながら、耕運機の音を聞いている。家の外は春の陽光が満ちている。作者は外へ出て、耕運機の作業を見てみようかと思ったことだろう。
東日本大震災で津波の被害に遭った田畑は塩害をこうむった。耕すことが出来るのだろうか。耕運機の出番はあるのだろうか。はたまた放射能汚染にも巻き込まれた。農家の人々の気持ちが思いやられる。
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