ポケットの中で映画を温めて

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『リアル・フィクション』を観て

2020年01月26日 | 2000年代映画(外国)
『リアル・フィクション』(総監督キム・ギドク、2000年)を観た。

人通りが多い公園で、青年が電話ボックスの会話を盗聴しながら似顔絵を描いている。
描いた絵を下手だと破られたり、ショバ代を要求するチンピラに殴られても、反抗せずに黙々と描く。
その青年を、若い女がデジタル・カメラで撮影する。

撮影するカメラの女が青年を誘う。
行き先は小さな劇場で、そこには“もう1人の私”がいて、その男は青年の心の中に眠っている怒りや憎しみを蘇らせけしかける。
そして、青年に芽生えてきた暴力性をもとに、過去にひどい目にあわせた者たちを復讐するよう拳銃を渡す・・・

青年は、自分に屈辱を与え善良な庶民の生き血を吸う蚊のような奴らを殺害するため、街に出る。

憎悪と怒り。

花屋を営みながらその店の中で浮気をしている現在の恋人。
小さな漫画房を営むかつての恋人の、相手だった中国ヘビを輸入している男。
今は精肉店をしている、下士官訓練でいじめた軍隊の時の男。
冤罪である強姦罪で、毎晩蹴り続け拷問した刑事。
ショバ代を要求するため公園を縄張りとするチンピラの3人。
そして、なぜかカメラで撮影している若い女まで。

それらを次々と、殺しにかかる。

その後、青年はまた公園で絵を描く。
そこでは、ショバ代を要求するチンピラ3人が、それを払えないぬいぐるみ屋を殴り倒し、怒ったぬいぐるみ屋は一人を刺し殺す。
と、いうように映画的な現実とフィクションが交じり合い、その境目がわからなくなる。

この作品は、各々のシークエンスを12人の監督が担当し、それをわずか3時間20分で撮影させたという。
そうなると、内容的に雑でバラバラな作りではないかと観る前に不安が走ったが、脚本をキム・ギドクが担っているためか、違和感のない作品となっている。
そういう点も踏まえ、若干こじんまりとしているとは言え、さすがキム・ギドクだけあるな、と感心した。

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