ポケットの中で映画を温めて

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成瀬巳喜男・4~『女の中にいる他人』

2020年02月14日 | 日本映画
『女の中にいる他人』(成瀬巳喜男監督、1966年)を観た。

田代勲は、妻雅子と幼い兄妹、それに母親の5人で鎌倉に住んでいて、東京の出版社に勤めている。
ある夕方、田代が一人、赤坂の店でビールを飲んでいると、隣家の杉本隆吉が偶然通りがかり、彼も一緒に飲む。
建築技師の杉本はこの日、仕事の関係で東京に出て来、化粧品会社勤めしている妻さゆりと一緒に帰ろうとしたが、電話が通じなかった。

二人は地元鎌倉へ帰り、さらに馴染みの店で飲んでいると、杉本に電話が掛かり、さゆりに事故が起きたと言う。
杉本は再び東京に行き、田代は家へ帰って妻と母にそのことを口にした・・・

その杉本の妻が、友人のアパートで情事の末、首を絞められて死んでいた。
それも、杉本と田代が飲んでいた赤坂のすぐ近く。

犯人は最初からほぼわかっている。
田代は何かを思い詰めたように陰気臭く、杉本と会っても口数が少ないし、家に帰っても家族の言うことに上の空である。
それを小林桂樹が演じる。

葬式後の席で、さゆりの友人加藤弓子が田代をじっと見つめる。
田代は弓子を知らないが、彼女の方は以前に、貸しているアパートからさゆりと田代らしき男の後ろ姿を見ている。
弓子は田代を疑いそのことを杉本に耳打ちするが、杉本は他人のそら似だろうと、取り合わない。
なにしろ、田代と杉本は、隣同士で20年来の親友という間柄である。

田代は、良心の呵責に苛まれる。
もう黙っていられない。
このことを喋って、罪の意識から開放されたい。
とうとう妻の雅子に告白する。
雅子は動転する。
幸せな家庭を築いてきたのに、夫が浮気をしていたことのショックを隠せない。
その雅子を演じる新珠三千代の表情が真に迫って凄い。

話はまだまだである。
実は田代は雅子に、さゆりを殺したことまでしゃべっていない。
だから、田代の心持ちは屈折し、罪悪感は深みにはまっていく。

ギリギリの所まできた田代は雅子に、本当のこと、殺人を犯したことを言う。
だがこの殺人は、情事の最中で首を絞めて欲しいという、さゆりの性的嗜好の末であった。
だから、その実情を知った雅子は、子供の将来のこと、家族の崩壊のことを考え、
二人だけの秘密だけにして、すべてを忘れてしまおうと必死になって田代を説得する。
この辺りになると、もともと柔和だった雰囲気の新珠三千代の気迫に圧倒されっぱなしで、一時も目が離せられない。

とうとう、田代は杉本にまで告白する。
杉本としては、男友達の多い妻のさゆりとは冷めた夫婦関係だったので、忘れようとしていた事件を蒸し返されて、困惑するばかりだった。
そして、田代が事件を悪夢として忘れてくれれば万事世の中うまくいくのに、田代の方は自首して罪を償いすべてに対して開放されたがっている。

そこで、家族の安泰を願い雅子が取った手段は、というのがクライマックスである。

成瀬巳喜男としては異色なサスペンス物と言われている。
もっともサスペンスと言っても、主人公の心理描写が重点になっている。
それを表すかのように、この作品は常に近い形で雨が降っている。
そのような状況の中で、雅子の心理描写が被さってくる。

小林桂樹と新珠三千代、それに杉本の三橋達也が絡んだ演技を、飽くことなく一気に最後まで観させてくれた優れた作品だった。

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2 コメント

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>くりまんじゅうさんへ (ツカヤス)
2020-02-15 10:57:27
コメントありがとうございます。
以前書きましたように、成瀬作品にはなぜか縁遠くて、今までに数本しか観ていませんでした。
勿論、ずっと気になる監督でしたので調べてみたところ、宅配レンタル、動画配信等で約35本ほど観ることができるとわかりました。
ですので今後コツコツと観ていきたいと思っています。
おっしゃるように印象深かった「浮雲」も再度観てみたいと思っています。
また、最近の新作も観たいし、そうなると時間も足らないしと贅沢な悩みをしています。
映画好きなくりまんじゅうさんの記事、とてもマネができない機知に富んだ文章を毎回楽しみにしています。
今後ともよろしくお願いします。
返信する
ツカヤスさまへ (くりまんじゅう)
2020-02-14 22:33:04
成瀬巳喜男監督の作品は「浮雲」だけ以前BSプレミアムで観た
と自分では思っていましたが 今日ツカヤスさまがあげておられる「女の中にいる他人」
高峰秀子氏と若き日の仲代達矢氏の「女が階段を上る時」
原節子氏と上原謙氏の「めし」もBSプレミアムで以前観たことを思い出しました。
どの作品も印象深く記憶に残っておりますが 成瀬監督の作品
との意識がはっきりしていませんでした。

「女の中に・・」は今まで おっとりした奥様役が多かった
新珠三千代氏が最後に 思い切った決断をしましたね。
その決断する過程の彼女の顔が どんどん変わっていくさまは
美人であるだけに リアルで怖かったです。

「浮雲」は優柔不断な男を追った切ない女心が最後の雨の情景に悲しく
「女が階段を‥」は結婚できない男を想い続ける女心がこれも悲しく
「女の中に・・」は守るものがある女の強さを思い知らされ
というどれも 女心をみごとに表現した成瀬監督の力量と思えます。

今日の作品には出てなかったと思いますが 他の成瀬作品には
主役ではないですが 中北千枝子さんが出ており
そう あのニッセイのおばちゃんです。
彼女のにっこりした顔 さばさばした物言いなど好きな女優です。
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