ポケットの中で映画を温めて

今までに観た昔の映画を振り返ったり、最近の映画の感想も。欲張って本や音楽、その他も。

成瀬巳喜男・9~『放浪記』

2020年02月25日 | 日本映画
『放浪記』(成瀬巳喜男監督、1962年)を観た。

昭和の初期。
林ふみ子は行商をしながら、母と駄菓子屋の二階で暮らしていた。
彼女が八歳の時から育てられた父は、九州から東京まで金を無心にくるような男だった。

隣室に住む律気な印刷工安岡は不幸なふみ子に同情するが、彼女は彼の好意を斥けた。
自分を捨てた初恋の男香取のことが忘れられないのだ。
母を九州の父のもとへ発たせたふみ子は、カフェ「キリン」の女給になった。

彼女の書いた詩を読んで、詩人兼劇作家の伊達は、同人雑誌の仲間に入るようすすめた。
まもなく、ふみ子は本郷の伊達の下宿に移ったが、彼の収入だけでは生活できず牛めし屋の女中になった。
ところが、客扱いのことからクビになったふみ子は、下宿で日夏京子が伊達にあてた手紙を発見した。
新劇の女優で詩人の京子は、やがて伊達の下宿へ押しかけてきた。

憤然と飛び出したふみ子は、新宿のカフェ「金の星」で働くことにした。
その間にふみ子が新聞に発表した詩を高く評価したのは、「太平洋詩人」の福地、白坂、上野山らである。
彼らは京子をつれてきて、ふみ子に女同士での出版をすすめ、今は伊達と別れた二人の女は、ふしぎなめぐり合わせの中で手を握り合った。
こんなことからふみ子は福地と結婚したものの、貧乏と縁がきれない・・・
(映画.comより)

多くを語る必要はない林芙美子の自伝的小説「放浪記」の映画化。
それも何度か映画化されたうちの一作品ということだが、私にとってこれが初である。

貧乏で、生活の糧のために意に沿わぬ仕事もして、どうにか食べなければならない。
書くことが好きで、内に希望をたぎらせていても、夫となる福地も作家を目指して無収入。
だから、ギリギリのところで他人に金の無心をするしか方法がない。

林ふみ子を演じる、高峰秀子。
眉は下がりめ、近眼の目つき、歩く姿は傾いていて猫背で首が前に出ている。
上目遣いは、どう見てもコンプレックスを漂わせ、着物の着付けまで自堕落ふう。
今まで知っている高峰秀子とは格段と違い、正直言って、不細工。
イメージしている林芙美子とは違うけれど、それでも、そうだろうと納得できてしまう本人像。

物語は、最後に林ふみ子が「放浪記」を出版し、人気作家になったところまで。
流行作家になれば、いろいろな慈善事業からの寄付依頼もくる。
それに対し彼女からすれば、人に甘えていないでギリギリまで努力をしてみなさいよ、というメッセージか。
彼女自身のこれまでの人生がそうだったから。
男に弱くて、尽くして裏切られ、思ってもちっとも自立できない、それでも芯がピシャリと通っている、そんなひとりの女性の姿を垣間見るような優れた作品だった。

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2 コメント

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ツカヤスさまへ (くりまんじゅう)
2020-02-26 01:27:16
成瀬監督の『放浪記』は観てないです。私の場合この時代の
作品を観るとは BSプレミアムで放送しないと観られません。

舞台では森光子さんが長く演じた役で 森さんがずいぶん歳を
取ってからの放浪記をTVで観ましたが もう少し若い頃の舞台を
観たかったとその時思いました。森さんは変わらずの役ですが
お相手の京子役は代々の女優さんが演じていたと思います。

母親役が田中絹代さんですか 田中さんも高峰さんも母の時代の
大スターでしたので その美しさを母がよく語っていました。

高峰秀子さんは若い頃の『二十四の瞳』『名もなく貧しく美しく』
などの印象が強いですが この放浪記では今までの高峰秀子とは
またちがった魅力を 成瀬監督が引き出しているようですね。
『めし』の原節子や今回の高峰の起用といい
さすがの成瀬監督と言うべきでしょうか。

若い頃原作を読みました。芙美子ゆかりの尾道へも行きました。
芙美子が惚れる男は どれもこれも生活能力のないだめ男ばかりで
これがまともな男と一緒になっておれば 名作放浪記は生まれなかった
でしょうから 林芙美子は若く亡くなりましたが
これでよかったとも言えるでしょうか。

この作品が出来て60年近く経ち 配役を見ても現在もお元気は
宝田明 草笛光子さんだけになりましたね。 
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>くりまんじゅうさんへ (ツカヤス)
2020-02-26 02:15:32
「放浪記」の原作は読んでても、森光子さんの舞台や映画は見たことがなく、これが初めてとなります。
この成瀬作品は、原作と菊田一夫の戯曲『放浪記』を基にシナリオ化されているそうです。
それにしても、高峰秀子さんの作品は結構見ているつもりですが、この作品の役にはビックリしました。
何しろ、不細工という言葉がピッタリで、それが性格をよく表わしていて、はまりどころと言う感じです。
そう言えば、尾道は林芙美子と大林宣彦の「尾道三部作」からずっと憧れていて、何年か前にやっと行きました。
志賀直哉のゆかりの地でもあって、とてもいい所でしたね。もう一度、行ってみたくなりました。
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