原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

モンタルチーノ!

2014年08月08日 10時00分00秒 | 海外

 

この名を聞いて舌なめずりする人はワイン通。目を細める人はイタリアの歴史通。一度知るとなかなか忘れ難くなる味と町である。イタリアのDOCGとして世界的にられるワインであるが、キャンティなどに比べるとその歴史は意外に新しい。1800年代となって科学者でもあったクレメンテ・サンティがイタリア特産のブドウ、サンジョヴェーゼの品種を改良、新種のサンジョヴェーゼ・グロッソ(ブルネッロ)をつくりだしたところからワイン維新が起きる。クレメンテの孫にあたるビオンデ・サンテがワインを完成するのが1888年。今ではモンタルチーノの周辺に200を超えるブルネッロのワイン醸造所がある。もちろんビオンデ・サンティの醸造所(6代目)も健在である。

 

ブルネッロ・ディ・モンタルチーノというのが正式の呼称となっている。サンジョベーゼで醸造されるイタリアワインの中でも特別に重厚な味わいがある。新種のブルネッロの特徴がそうさせるからだ。濃厚な味は一度知ると忘れられなくなる。もちろん人により好き好きがあるから、すべての人に合うというわけではない。トスカーナ料理には最適だと思う。濃い味が料理に見事にマッチする。もともとサンジョベーゼというブドウは濃い味が特徴であり、ブルネッロはそれを一段と膨らませている。イタリアワインの濃さに合うように、パンなどもあっさりしたものになっているのがトスカーナの特徴である。料理もどちらかと言うと淡白な味わいが多い。そんなところから日本料理にも合うのではないと思い、一度寿司に合わせてみたことがあるが、これは見事に失敗した。全くマッチしなかった。だが、刺身はともかく他の日本料理には合うのではと今でも思っている。

今から15年ほど前だが、一度だけ5代目のビオンデ・サンテにあったことがある。もちろん仕事である。5代目と約2時間ほど話しながらワインを飲んだ。この時、百年ワインの話となった。実はビオンデ・サンテのワインは100年後でも飲める、それほど強いワインであるという話になった。まだ若かった私は、まさか、と疑ったことは言うまでもない。そんなこちらの気持ちを察したのだろう、古い新聞の切り抜きを見せてくれた。日付を見ると1988年であった。イタリア語は分からないが新聞にカラー写真がついていて、そこにはまだ若い5代目がいた。手にワインをもち、城壁の上にいた。説明を聞いて分かった。この時、ビオンデ・サンテのワインができて百年目。初代の作ったワインがまだ飲めることを証明するためにやったパフォーマンスであった。そこには「やはり百年ワインは本物」という記事で綴られていたのである。

当然、飲ませてほしいという心がわく。たぶん、その心が顔に出たのであろう。5代目が言った「飲みたいだろうが、やめとけ」「確かに飲めるが味わえるのは50年が限界なんだ」「百年後は飲ませたくない」。なんとも正直な人だった。反面それだけ現在の味にこだわっているからとも言えるだろう。話が弾み、次の取材の時間に大きく遅れてしまった記憶がよみがえる。

ずっと後で分かったことだが、この百年目のパフォーマンスには別の理由があった。5代目がシエナ州の知事選に立候補するためのパフォーマンスであったらしい。残念ながら選挙では敗れた。パフォーマンスは実らなかった。ひょっとすると私があった時はまだその傷が癒えていなかったのかもしれない(10年ちかくは経過していたと思うが)。

 

モンタルチーノのワインは「反抗のワイン」という別名がある。これはこの町の歴史と深く関わっている。シエナの町から6キロほど南にある人口2000人ほどの小さな町であるが、シエナ州の人にとっては歴史的にも象徴的な町なのである。話は1200年代にさかのぼる。当時のイタリアは都市国家の集合体であった。有名なのはベネチュア、フィレンツェ、ミラノなどがそうである。シエナも一つの国家であった。このシエナがフィレンツェと国境をめぐって300年に及ぶ長い戦いが続いていた。この戦いを終わらせたのがフィレンツェのメディヂ家のコジモ一世。シエナを征服したのだ。1559年のことである。この時、シエナの最後の砦としてわずか600名ほどが城に立て籠もり、数年間も戦い続けたのがモンタルチーノだった。今も砦の壁にはその戦いの痕跡が残り、城壁にはメディヂ家の紋章が付けられているが、町の人は今でもそれを屈辱に思っている。砦の壁にはメディヂ家の悪口やコジモに対する恨みが落書きされている。モンタルチーノはシエナの人の精神的バックボーンでもあった。毎年夏になると、シエナのカンポ広場(世界遺産)ではパリオ祭が開催される。17地区のコントラーダによる馬のレースが開かれる。世界的に有名な祭だ。この時、各コントラーダが旗とともに紹介されるのだが、モンタルチーノだけは別格に扱われている(常に最初に紹介)。それほどシエナの人にとっては大切な町なのである。

もう一つ抵抗の歴史がある。イタリアが現在のイタリア王国となったのは1861年。この時シエナはトスカーナを征服したフィレンツェの傘下にありトスカーナ大公国の一つに含まれていた。イタリア王国に抵抗して再び内乱が起きた。この抵抗軍に参加していたのが、ビオンデ・サンテの祖父にあたるクレメンテ・サンティ。たしか20歳頃のこと。戦いに敗れて故郷モンタルチーノに戻ったサンティがわずか5年後にサンジョヴェーゼの新種を発見し、それがモンタルチーノのワインへとつながる。反抗のワインというのは、そうした町の歴史から生まれた呼び名であった。

 

縁あって久しぶりにモンタルチーノを味合うことができた。ビオンデ・サンテのモンタルチーノではなかったが、懐かしい濃い味は変わらず、口に含むたびに5代目の顔とあの砦の町の風景が浮かんでは消えていた。料理は、日本食ではなく、焼肉とチーズの盛り合わせ。トスカーナ料理とはいかなかったのが、ちょっぴり残念。

故郷という原点を常に意識して生きる人々がいる地球に乾杯!


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2 コメント

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ポートワイン! (numapy)
2014-08-09 09:57:40
おはようございます。
ワイン・・・・・・・残念ながら殆ど味がわかりません。
もっとも殆ど飲んだことがないから当たり前か。
実は小学4年の時に引っ越しました。
その時母親が床下から引っ張り出したのがワイン瓶。
埃だらけでしたが、船員だった父親がフランスかどこかから
買ってきたものだと…。30年モノとか言ってました。
チョッとだけ舐めたら酸っぱかった。酢みたいでした。
ワインは不肖ワタクシにおいては、猫に小判ならぬ
ヌマにモンタレチーノです。
いやぁ、もっとちゃんと飲んでおけばよかった!

ワインダメでしたか (genyajin)
2014-08-09 11:34:46
ワインも飲む口だと思ってました。そうでしたか。
27日にワインでも持っていこうかと思っていましたが、やめときます。
フランスワインはいいですよ。私はイタリアワインから入ったので、トスカーナものが好きですが、正直な気持ちはフランスワインの方がおいしい。多少高いのが残念に思います。30年物ならさぞかし、よかったと思いますよ。

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