西郷菊次郎と聞いて、すぐその名を思い出す日本人はわずかしかいないだろう。西郷隆盛の長男で、第二代目の京都市長に(1904年、明治37年)当選した人物である。菊次郎はその前の1897年から5年間、台湾の宣蘭支庁長として赴任していた。この時に完成した堤防が百年を過ぎたいまもそのまま残っている。宣蘭市の繁栄のために大工事を完成した菊次郎のことを、台湾の市民はいまだに尊敬し、その名を刻んだ石碑を堤防に飾っている。
昨年秋、防衛省空幕僚長、田母神俊雄がある論文をだし話題を集めた。いわゆる田母神論文なるものである。空幕僚長の任は解かれ、国会の証人喚問まで行われた。論文の是非、立場としての是非、いろいろ話題を呼んだ。その主たる主張は、侵略戦争は日本が仕掛けたものではなく、仕向けられたものであった、という論調であった。内容の真偽についてはいろいろな見方があることは確かである。
侵略性を持たない戦争など存在するわけもなく、事実、中国東北地方(旧満州)や朝鮮半島における植民地政策は、当時としていろいろ問題があったことも確かである。しかしながらアジア全体に進行していった日本の侵略が、中国大陸や半島とすべて同じであったかどうかは、少し疑問がある。当時の状況では、中国は英国をはじめ欧州の列強により、食い物状態になっていた。朝鮮半島はロシアが触手を伸ばしていた。さらに視野を広げれば、フィリピンは米国、インドネシアはオランダ、マレー半島はイギリス、ヴェトナム・カンボジアなどのインドシナはフランス、ビルマ・インドはイギリスの領土であった。日本軍の侵攻は植民地の解放として当初に限るが、現地では大歓迎を受けていた。アジアへの侵略は欧米との正面衝突が真実であった。アジア諸国との戦いではなかった。
(西郷堤の上に歩道ができていた。川を眺めながら散策できる)
台湾はさらに事情が違っていた。1895年の日清戦争以降、日本の領土となっている。この時の清国は、毛外の地だから自由にどうぞと、差し出したのである。以後、1945年の第二次世界大戦の終了までの50年間が日本の領土であった。この時、日本は台湾に軍隊を派遣して戦ってはいるが、ほとんどが抵抗する先住民との戦いであった。入植していた漢民族等との戦いはほとんどない。国と国との戦争ではなかった。日本は台湾のインフラ整備に膨大な投資をしている。もっとも有名なのは八田與一が造り上げたダム「烏山頭水庫」。李登輝が台湾に最も貢献した日本人として八田の名前を挙げるほど貢献していた。
50年という時の中で、台湾はかなり日本化したとも言える。1949年となって、毛沢東に追われた蒋介石が台湾に新しい政府を造った時、彼らが驚いたのは中国本土以上に整備されたインフラであった。同時に知識人たちがみな日本語を話すことを異常に警戒したという。そのために日本語を話す台湾人を決定的に弾圧した。こうした弾圧政策は、日本時代の方が良かったという風潮を台湾に生んだことも事実である。
(公園のように整備された堤防周辺。これで街中なのである)
宣蘭市に残る西郷堤もその日本を象徴するものであった。宣蘭河の氾濫を防いだこの堤防が蘭陽平野の発展に大きく寄与したことは言うまでもない。市民は西郷菊次郎の名を刻んだ石碑「徳政碑」を建てるのである。だが、この石碑は蒋介石が進出してきた時から行方不明となる。蒋介石軍の兵隊たちがバラックの家を建てはじめ、建材として使用されたか、あるいは市民の手で隠されてしまったかのどちらかであった。蒋介石は当時日本的なものを徹底的に破壊したからである。
石碑は1990年代になってから発見された。それは李登輝大統領の登場で台湾にようやく民主化の幕が開けてからのことである。石碑は現在の位置に再び市民の手で建てなおされたのである。宣蘭の市民にとっていまだに西郷菊次郎は恩人なのである。また菊次郎の菊を名前につける人も実は結構いる。2006年に高雄市長となった陳菊女史は宣蘭省の農家の出身。彼女の名の「菊」こそ、西郷菊次郎にちなんでつけられたものである。
蒋介石が逝去した後、台湾は大きく変貌してきた。外省人(蒋介石とともに後から台湾に来た人)中心の政治から、李登輝のような本省人による政治となり、民主化が進行した。同時に日本時代のものも復活。それに対する外省人の反発があるのも事実である。
台湾が世界中で一番日本に近い感性をもった国であることは、訪れるとよく分かる。それは50年間の日本時代があったからであることは言うまでもない。中国大陸や朝鮮半島と同じように、台湾を語ることはできない。
(徳政碑と名づけられた石碑には西郷菊次郎の名前が刻まれている。2007年撮影)
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日本の近代史は、波乱に満ちているのに、学校ではあまり教えない。
歴史ボケになってますね、現代人は。
そういえば、標茶町内でも熊が出没しているらしい。暖冬はいろいろな異変を生んでいるみたいです。