原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

遠い日の記憶

2009年12月11日 09時10分14秒 | Weblog
三年ほど前のことになる。北海道に戻って日も浅く、仕事も継続していたので、年に数回は海外に出かけていた。イタリアからの帰りで、たまたま空港での迎えがない日だったのでバスで釧路駅に向かい、久しぶりに鉄道で家に帰った時のことである。高校時代、汽車通学していた馴染みの釧網線に乗った。当時はSLが走っていた。今は気動車という味気ない車両が走っている。席についた時、通路を挟んだ隣に見覚えのある顔を見つけた。

約一カ月に及ぶ仕事で身体はくたくたに疲れ、思考力もかなり落ちていた。ボーとした状態であったが、その顔には見覚えがあった。高校時代の同級生で一緒に汽車通学をしていた「Y」であった。疲れていたせいもあるが、声をかけるのをためらった。理由はいくつかある。当時に比べかなり背が高い。ひょっとすると他人かも。隣には連れの女性がいた。奥さんと思ったが、何か雰囲気が違う。まずいかもしれない。同時に昔の思い出がよみがえった。高校最後の夏、実は彼と些細なことで意見がぶつかり、気まずい関係となっていた。お互いに避けるような感じとなり、あまり話もしないまま冬を迎えた。私は受験のため三学期は東京の予備校に行き、そのまま卒業式も出ていない。以来、四十年以上を経過している。そんな思いが一気に浮かび、声をかけるのをためらってしまった。
当時、二時間ほどかかった汽車通学であったが、いまは一時間。あっという間に私が降りる駅についていた。彼は二つ先まで行く。声をかけることなく荷物を抱えて立ち上がった。もう一度彼を見た。向こうもこちらを見ている。しかし、その目は何の反応も示さない。明らかに気づいていない。こちらの風貌も昔とは相当違う。さもありなんと、無言の下車となった。

(冬の列車の定番、ダルマストーブ。今は観光用のSLで復活している)

家について間もなく、近所の同級生の家に出かけた。帰国の報告もあり、手土産もあった。彼にはどうやら客がいるらしい。遠慮しようかと思ったら、「いいから入れ!」という声。誘われるまま居間に入ると、見知らぬ男性がいた。「分かるか?」という問いにも全く答えられない。「(Y)だよ!」と言われて、仰天した。
ということは、さっきまで隣にいたあの紳士は?まったくの別人。頭の中を整理するのに少し時間がかかった。あの一時間の重苦しい葛藤はなんであったのか。疲労が倍の速度で身体を襲う。

人間の記憶というものがいかにいい加減なものか。かってな思い込みで右往左往する愚かさは歳を経ても変わらないことを、しみじみと感じていた。
ちなみに、高校時代の小さないさかいについて、「Y」は全く記憶していなかった。どこまでも独り相撲のピエロであった。

(茅沼駅を通る観光用のSL。タンチョウも見ることができる。昔はこんな風景はなかった。時代は前に進んでいるのか後ろに向かっているのか、時折、わからなくなる)

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5 コメント

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心に残った広告・・・ (numapy)
2009-12-11 09:30:19
「17歳を記憶するか、記録するか」という広告がありましたね。キャノンの広告でした。
記憶には揺らぎがあるが、記録にはそれがない。
記憶には紡ぎがあるが、記録には事実しかない。
いい広告は、その後のことまで考えさせますね。
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いいコピーですね。 (原野人)
2009-12-11 18:59:51
キャノンの広告は記憶していませんが、いいコピーだと思います。

>記憶には紡ぎがあるが、記録には事実しかない。

いいですね。これはnumapy作かな。メモしときます。
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冬のSL湿原号・・ (numapy)
2009-12-11 21:56:19
それにしても、最低のネーミングをしたものです。
高原列車をもじって、「雪の湿原列車」なんて方がどれだけマシか。
ま、それよりこの湿原号の運転士と知り合いになりました。運転エピソードを聞くと実に面白い!
どこかで場を設けたいと思います。
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ほー、運転士ですか。 (原野人)
2009-12-12 07:42:51
阿寒町に住んでいるのかな。
ぜひ、お会いしたいですね。
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別保在住です。 (numapy)
2009-12-12 10:16:50
少し時間ください。都合、聞いてみます。
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