七月に入って蝦夷梅雨が続き、いささか気が滅入っている。太陽の日が続かない。投壊の巨人は連敗中。参議院選で民主党が大敗したのは吉であったが、そのあとの内部抗争は見苦しい。本当の責任者は一目瞭然、O沢だ。そんなことを隠して敗戦の責任追及なんかやめてほしい。奈落の底にいる日本にそんな暇などない。うち続く憂鬱な日々。その最中に、とんでもない事(私にとってではあるが)が起きた。憂鬱がついに騰点に達した。 . . . 本文を読む
北海道では記録的な夏日となった6月26日。部分月食が日本各地で見ることができた。とはいっても本州以南は梅雨の真最中。月食を観察できるのは、晴れの予想の北海道と沖縄だけになるらしい。そんなニュースを聞いては黙ってはいられない。夕方からじっと月の出を待ちうけた。月食が始まるのは7時16分。だが道東の空は明るく月もまだ上らない。7時30分を過ぎてようやく顔を出した。すでに月は半月となっていた。 . . . 本文を読む
今週、二つの出来事が日本に大きなインパクトを与えた。「サムライブルー」と「はやぶさ」である。政治不信、長引くデフレ、国技の汚染などなど、暗く沈むニュースばかりの中で、まるで闇の中の光明に感じるほど、爽やかにそれを聞くことができた。日本人の心に沸き立つような何かを与えてくれた。しかしながら、日本のマスコミの報道ぶりには、妙な違和感を覚えた。これは私だけだったのだろうか。 . . . 本文を読む
道東の遅すぎる春もようやく本番。日増しに強くなる陽光の中で野山は緑色を増していた。光合成で生まれた新鮮な酸素が次々に放たれ、独特の空気感に覆われている。緑の中に咲く白、黄、赤の花々が彩りを添えていた。道東でも一番いい季節である。木々の間では春を待ちかね、愛を語り合う鳥たちの声が飛び交う。内地では梅雨入りを目前に控え、うっとうしい季節の直前。だが、我々にはここからが至福の季節となるはずなのだ。 . . . 本文を読む
南北に細長く伸びるヴェトナム社会主義共和国。その国土のほぼ真ん中、南シナ海に面してホイアンがある。古い港町で海のシルクロードの拠点として栄えた。ホイアンの古い町並みは情緒があり、世界遺産にも登録されている(1999年)。人気が高いこの一角に「日本橋」と呼ばれる橋が残されている。日本人とゆかりの深い場所にあり、ヴェトナムと日本を結ぶ架け橋の一つとなっている。しかも、ここには沖縄にも結びつく歴史も含んでいた。 . . . 本文を読む
ダテカンバの樹は強風や雪の影響で、方向を見失ったかのように枝を四方に複雑に伸ばし続ける。その姿はまるで政策が定まらずに迷走する鳩山総理の姿に見える。普天間基地問題では想像通り迷走し、結論として沖縄県民の心を踏みにじる決定にたどりついた。県民の気持ちより米国の意思を尊重した裁定であった。実現できない理想論をぶち上げて、儚い希望を生み出した揚句の結果であった。この罪は重く深い。 . . . 本文を読む
5月11日付の北海道新聞夕刊に興味深い記事があった。「北大構内 スズメ激減」「06年大量死前の4分の1に」。道内で二年前に発生したスズメの大量死以後、その数は復活せず、減少傾向にあるというもの。大量死の原因はサルモネラ菌の感染が有力視されているが、数が増えない理由は定かではない。環境変化の要因などいくつか考えられている。地球規模で何かが起こり、スズメに大きな影響を与えていることは確かだ。 . . . 本文を読む
北の国と言っても富良野のことではない。朝鮮半島の北の国のことだ。4月4日に元朝鮮労働党書記のファン・ジャンイプ氏が来日(米国からの帰り道)。8日に亡命先の韓国へ帰国(?)した。その間、中井拉致問題担当相や拉致被害家族と面談をしている。ファン氏は被害家族との面談も渋々、拉致問題に触れたくない様子であった。それはアメリカでの発言に表われていた。彼のメンタリティーに大いなる疑問を感じてならない。 . . . 本文を読む
バンクーバーオリンピックはますます盛り上がっているが、この大会は競技以外の話題が多い。日本のマスコミをにぎわせたのが例の服装と言動問題。公人と私人のけじめがつかないバカボン大学生の問題ではあるが、マスコミの異常な過熱ぶりが目に付く。あげくに、友人を登場させてフォローしたつもりが「北海道の田舎モンですよ!」の発言があった。友達も友達だが、それを垂れ流すテレビ局の見識にただあきれるばかりである。 . . . 本文を読む
ある機会に北海道新聞から書籍広告の出稿を拒否された本があることを知った。経済不況が蔓延し、広告の出稿量が激減している現在、その広告を拒否するなんてなかなか勇気がある、と思った。と同時に、いまどきどんな本が拒否されるのだろうか、という興味がわいた。早速、取り寄せて読んだのがこの本、{「アイヌ先住民族」その真実}。著作者は的場光昭、出版社は展転社。 . . . 本文を読む
暖冬とか、温暖化という話はどこに行ったのだろうか。2月4日の立春を迎えた昨日、北海道は強烈な寒気に襲われた。わが町の早朝の温度計はマイナス29℃を軽くクリア。十勝の占冠村ではマイナス34.4℃を記録している。今から百年前に石川啄木が釧路に着いた日がこのくらいの寒さであった。懐かしい寒さにも感じる。子供のころを思い出し、滑る雪の中を歩きたくなった。 . . . 本文を読む
今年もSLの季節がやってきた。冬の湿原号として初めて釧路湿原をSLが走ったのが2000年の1月。それから早くも十周年を経過した。白一色の雪原を、黒煙を噴き上げ、懸命に走る巨大な黒い機関車。それは昭和という時代を力の限り生き抜いてきたお父さんたちの姿をそのまま映して見える。この必死に走る姿を見ると、忘れかけてしまった「熱」とか「思い」が蘇ってくる。今も多くの人を引き付ける理由がこれなのかも。 . . . 本文を読む
この冬の道東は異常に雪が多い。12月から1月にかけて、連日の雪。釧路測候所の記録では十年ぶりの豪雪ということだ。昨秋の長期予想では暖冬の予報であった。それが一変しての寒波襲来である。やはり、世界的な天候不順の影響なのか。そんな時、新聞紙上などに登場したのが、「北極振動」なるもの。これが原因で寒波の襲来がきたという。いったいこれは、どんな振動なのだろうか。 . . . 本文を読む
写真は霧多布湿原の風景である。霧の多いこのエリアらしく、海側は霧で霞んでいた。悠久不変の大地に見える。しかし、実際は大きく変化していた。湿原のエリアが年々減少している。これは釧路湿原も同様である。今年は特に顕著な現象を見せた。それはこの湿原の名物であるエゾカンゾウに現れた。湿原に群生するこの花が、今年の春、60%しか開花しなかった。湿原の自然が大きく変動している証であった。 . . . 本文を読む