室蘭市の崎守埠頭に留め置かれている鉄道車両があります。
JR北海道で以前は寝台特急を牽引していたDD51ディーゼル機関車。
海外に輸出される予定の為にこちらに移動されてきました。
DD51とホキ800(ホッパ車・バラスト輸送用)が繋がれています
埠頭には 台車がばらされた状態で5両のDD51が
そして、特急列車で使われていたキハ183系気動車も
タイやミャンマーで第二の人生を送る予定だそうです。
海外でも多くの人々の夢や希望を乗せて、活躍してくれることを願っています。
現在の状況ですと、電車でマスクはエチケットとして常識になっていますが
まさかの電車の車両がマスクをしてしまいました。
今月の3日から約1か月の間、札幌市電の2両の車両がマスクをして運行するそうです。
マスクの大きさは縦45センチ・横65センチで廃棄予定だったテーブルクロスと水道ホースで
作られたそうです。
マナー啓発には抜群ですね。
JR北海道の札沼線(さっしょうせん)の未電化区間(北海道医療大学~新十津川)の最終運行が今日行われました。
当初は、5月6日が最終運行日だったのですが、昨今の新型コロナウイルスの感染状況を鑑み、4月27日前倒しすると言う事でしたが
昨日、緊急事態宣言が北海道を含む全国に広がったのを受け、今日17日に更に前倒しされました。
CD-Rの中から札沼線の今回廃止される区間の思い出の写真を発掘しました。
2008年1月の写真です。
札幌駅を発ち、石狩当別駅から新十津川駅行きの列車に乗りに行きました。
札幌駅から石狩当別駅まで行き (2008年当時は札沼線は電化されていなかったんですね)
1両編成のディーゼル車に乗り換えて新十津川駅へ出発。
冬期間、深い雪の中を進むので、450馬力に強化されたエンジンを搭載し、2軸駆動に改造した専用車両が運行されていました。
線路わきに雪をかき分けエンジンがうなりを上げながら進んでいく姿がカッコいいんですよね。
石狩当別駅にて 運転席の窓に着いた雪を払う運転士さん
ドアの部分も緑に塗装されているのが、キハ40 400番台(当区間専用車両の証です)
当然ながら、ワンマン列車です。
豊ヶ岡駅
下徳富駅(しもとっぷえき)
最後まで乗っていたのはわずか3人
石狩当別から約1時間半 終着駅の新十津川駅に 到着
2008年当時は新十津川までの列車は3往復ありましたが
2020.3.14のダイヤ改正では一往復、新十津川駅発10:00が最終列車でした。
葬式鉄に行こうと思い、急な廃止前倒しで再度の乗車はかないませんでした。
雪の中にポツンと建つこじんまりとした駅舎でした。
昭和10年10月3日に桑園~石狩沼田駅間が全線開通したものの、戦時中は不要不急線に指定され運休。
戦後に運行を再開するも、昭和47年6月19日に石狩沼田~新十津川間が廃止され、モータリゼーションと
共に利用客が激減し、最後に未知のウイルスの影響で一部区間の廃止が早まりました。
温かく、沿線の町民の皆様に見送られて85年の歴史を静かに幕を下ろしました。
尚、札幌駅~北海道医療大学駅間の札沼線は今後も運行が続けられます。
(写真撮影日・2008.1.13)
その姿をカメラに収めた事は今までなく、いつか撮ってやると思い数年。
今年に入って、何回か雪が降った日に沿線に通ったのですが、空振り。
しかし、昨日遂に撮影することが出来ました。
ササラ電車 です。

「ササラ」とは竹製のブラシで、ブラシを回転させて軌道上に積もった雪を掃き飛ばすように走ります。


こちらの車両は 雪1形 雪1号 で、昭和24(1949)年製の車両です。
70年もの間、札幌の冬の街を走っています。
札幌 ササラ電車 雪1号 除雪中
↑ 動いている姿はこちらをどうぞ。
バリバリッ~と竹のブラシで路面を掃きながら雪を掃き飛ばす様子が動画だと判ると思います。
いつ来るか判らない電車を外で待ち続け、ジャンパーがビシャビシャにして家に帰ったら、妻に呆れられました…。
先月の話なんですけど
9月7日(土)にJR北海道の苗穂工場・一般公開があり行ってきました。
レンガ造りの工場とハイブリッドディーゼル機関車
整備中のディーゼル機関車
車輪や台車がひたすらと並ぶ光景は、ここでなければ見れないですね。
車両の吊り上げのデモンストレーションも行われていました。
苗穂工場の守り神 C62-3号機 健在でした。
苗穂工場生まれのD51-239号機とミニSL
キハ40 山明(さんめい)号
観光列車やイベント列車としても活用できるようにリフレッシュされた車両です。
内装も木目を生かしたデザインに変更されています。
去年は地震の影響で中止されましたが、今年は多くの鉄道ファンが楽しみを共有できた一日でした。