私の思いと技術的覚え書き

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書評紹介 クルマよ何処へ行き給ふや 中村良夫著

2019-01-05 | 車と乗り物、販売・整備・板金・保険
 年末から年始に掛けて読んだ本の一つに表題があります。この中村良夫氏ですが廃刊になって久しいモーターファン(三栄書房)で「クルマよこんにちわ」で親しんだ、クルマの開発設計者ですが、私のクルマを眺めるセンスを高めてくれた一人だと感じています。既に故人となられ久しい訳ですが、ホンダが二輪車からいよいよ4輪車に乗り出すという黎明期を活写した内容として興味深く読んだのです。

 この中村良夫氏は当時の我が国大航空機メーカーである中島飛行機の技術者であり、戦時中の開発話や、日本来襲中に墜落したB29の調査に赴むき、恐るべき進んだ米国エンジニアリングの進歩などを垣間見た所見(銀ベアリングなど)は感心を持つところです。そんな筆者は、戦後中島飛行機が解体されると共にくろがね(日本内燃機)を経てホンダに入社します。齡40才のことだった様です。

 ホンダが初の4輪車の開発のターゲットとしたのは、軽乗用車S360(型式AS)と軽トラック(型式AK)であったそうです。何れも、自転車屋から発展した自社系列の販売店で、軽なら導入がし易かろうという思考であったとのことです。その後、当時通産省が近く導入せざるを得なくなる貿易自由化を見据え、特定産業振興法の立案を進める動き(城山三郎著の官僚達の夏に詳しい)の中、速やかに既成事実化を図るべく機運から、ASについてはS500の登録車として販売を開始、さらなる高性能化を目指してS600、S800とバーションアップした経緯が記されています。なお、S800の初期型まで使用されていた、後輪サスペンションの駆動チェーン内蔵ケースによるトレーリングサスペンションですが、筆者の思いとすれば、その信頼性に懐疑的でありコンベンショナルなリジットアクスルを進言するも、宗一郎氏の独断により聞き入れられなかったと記しています。なお、将来的にきっとコンベンショナルサスペンションに移行せざるだろうという著者の信念もあり、その設計的配慮を行っておいたという下りも面白いところです。なお、軽トラのAKは、当初は専用エンジンを搭載したセミキャブオーバーを考えていた様ですが、開発の期限も予算も限られており、AS用エンジンをトルク重視のカムプロフィールとして、ほぼそのまま搭載して発売したのであって、回転限界としては9千rpmまでぶん回せる軽トラとなったそうです。

 この本全般を眺め、筆者は本田宗一郎という人物像をその包容力とか人間的な魅力を持つ方と尊敬しつつも、設計者の先達たる力量としては甚だ劣る人物だったと見ていたことが至るとこところに書き表されています。それは、空冷に拘る宗一郎に対し、VWもポルシェも近い将来、空冷は限界を迎えるはずという信念に基づいていたことにも現れています。そして、ホンダ1300の空冷エンジン採用も、当初は水冷エンジンで行うことを開発人としては考えていたのですが、宗一郎氏の鶴の一声で空冷となり、オーバーヒートの繰り返しで、アルミダイキャストで二重に覆う(DDAC)という、水冷エンジンを越える重量となってしまったが、こんなのは所詮熱容量を上げることによって温度変化の時間を稼いだけの形だけのものだったと切って捨てています。そして、この頃から、筆者と宗一郎氏は決定的に衝突し、筆者はホンダを去る決心を固めたと記しています。齡51才だったと記されています。

 その後、次期社長になる川島喜好氏に諭され、とりあえず欧州の本田技術研究所の出先機関としての活動などに英国を拠点として従事することになるのでした。具体的には、欧州車でこれはというクルマが発表されると、速やかに入手し、自からが試乗検分し、これは参考に値するというクルマは、本社へ送り込むとう内容だった様です。時あたかも初代シビックが登場の頃、フィアット128の横置きエンジン(ジアコーサドライブ)不等長ドライブシャフトでどうなのかというのを、以外にイケルと速やかに本社に送り込んだとあります。

 その後の氏は、宗一郎氏や藤沢武雄氏も去った本田技研に戻り常務取締役として定年を迎え去りますが、その後はF1総監督時代などを通じ政界的な業界通でもあることから請われ、自動車技術会で活動され会長職までを歴任されたということです。

 最後に表題のクルマを何処へ行き給うやという表題ですが、正に今でも世界のクルマ業界の命題だろうと思います。そして、中でも個人的にはホンダこそ、この命題にふさわしい会社はないだろうと思っています。今やホンダのクルマは、右往左往するばかりで、まるで心のない企業になりにけりと感じ続けている今日この頃は、誠に残念なことだと思います。



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