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交渉事案の思い出 その6・フェラーリ

2021-11-09 | 賠償交渉事例の記録
交渉事案の思い出 その6・フェラーリ
初稿2003年8月4日
 フェラーリ・360モデナの修理費協定に関わる事例として紹介したい。この様な少量生産の高級スポーツカーの事故例としては、多頻度に生ずるものではないだろう。しかし、生じた場合は、通常の常識を遙かに超えるとの思いを持つ高額修理費の主張を受けることもあり、戸惑いも多かろうと思うが参考になれば幸いだ。

 今回の場合も、損傷写真と当初工場見積を見比べてもらえば、「これで200万円か!」と驚かれると思う。今回の入庫工場は、このクルマの日本の正規輸入ディーラーですが、自信を持って「これが私共の料金です」と胸を張る訳だが、一般の工場さんから見たら、ある意味羨望の思いを持つのではないだろうか。

1. 工場見積の提示
 別添の工場見積の提示を受けた。 添付ファイル(1)および(2)
 総額202万円余のものであるが、それぞれの個別項目を見れば、一般的な常識からかけ離れた驚くべき料金計上の数々であった。その詳細は当初工場見積で見てもらうとして、主なものは以下のようなものだろう。
・前後バンパーが脱着で、それぞれ8万円というもの。(グラベルガード2万を含み)
・ヘッドライト脱着が片側で3万円とのもの。
・各パネルの鈑金費用は、Fr フェンダー4万、ドア12万、Rr フェンダー16万というもの。
・塗装費はFr フェンダー、ドア、Rr フェンダー、サイドスポイラーの4パネルであるが、総額80万円余となるもの。



2. 協定までの経緯

①質問文書の提示
 先にも述べた通り、一般的なの常識レベルを遙かに超える見積計上であり、生半可な交渉を行っても十分な成果が得ることは困難と判断した。そこで、当方の感じた疑問点をまとめ、返答を要請する文書として提示した。添付ファイル(3)


※質問項目は部品関係で2項目、工賃関係で15項目であった。仮にこれらを口頭で問い質そうとすれば、その都度反論されたりして、限られた時間の中で行うことは、甚だ困難なこととなろう。しかし、文書で行えば喧嘩にもならず、問い質すことが可能となるのである。
 なお、相手方から質問には答えられない等と拒否を受ける心配はいらない。鈑金修理という商品の購入者と支払者(保険会社)の関係において、その購入者(保険会社)の疑問に答えるのが販売者の説明責任(アカウンタビリティと云う。逆も真なりで、疑問を呈された保険会社も説明責任が生じる)となるはずだからである。

②相手方からの説明聴取
 質問文書を出した当日、早速工場より入電があり説明を行いたいとのこと。そこで、翌日に訪問し、約2時間の打合せの時間を持ったのである。しかし、当方としてはこの日に協定を行うつもりは毛頭なく、この日の主目的は当方の問い合わせに対する相手方の言い分(その根拠、論理)を聴取するのが目的である。

※なお、この聴取の中では、当然相手方のすべての説明について、なる程と聞く訳ではない。その場で明確に反論できることは、当然反論したり牽制したりを行うのである。しかし、ここですべての問題を決着する必要はまったくないのである。ある程度は聞き流し、簡単に相手方の譲歩が得られない問題は、その主張の要点だけをメモして帰れば良いのである。

 それと、相手方の動静として、まったく譲歩するつもりがないのか、ある程度譲歩する様子があるのかを探っておくことも必要なことであろう。今回は、面談の途中から、一定の譲歩はするけど10%までが限度等の発言を受けたのである。これによって、当方の気構えも変わって来るのである。

③当社意見の提示
 相手方の説明聴取を受け、早速それを取り入れて当社意見を表明する文書を作成し提示したのである。なお、本文書の要点は、相手方から口頭で主張を受けた内容について、「御社の意見としては・・・でした。しかし、当社としては…と考えています。従って、妥当となる工数は…と判断します。」というように、口頭で聴取した相手の主張を記載した上で、当方の反論および意見を記載する様に努めた。これには、次のような思いからなのである。

 これは、もし今回の事案が協定不能となり第3者の裁定を仰がざるを得ない次のステージを想定するのである。その様な書式となっていれば、もし相手の主張に欠点があるのであれば、そのことを明確に示すことが出来ると考えるのである。また、そのことを相手方にも感じ取ってもらうことで、抑止力として働かせることが出来るのである。

 そして、文書の最終行には「御社と当社意見の差額合計は725,000円となりました。」と記載し、文書化した当社意見としてFax送付したのである。 添付ファイル(4)および(5)



④協定前交渉
 当方意見のFax提示後、数時間して工場担当者から入電したのである。開口一番、「意見は判るけど75万円の減額なんて不可能です!」、「保険外の自費修理だとしてもこんな金額ではとてもやったことはありません!」なんて言葉を含め(なんだい保険じゃないと安くなるのか?)防戦の言葉の数々を聞くのである。そして、中間値(75万の半分)でどうかとの打診を受けたのである。

 当方としては、相手の出方によっては中間値を取ることも最悪止むなしと思っていたのである。しかし、今回の工場担当者の出方に弱さを感じつつ、今回の一番の問題項目となる塗装費を題目にして強く主張しつつ、それはとても不可能なことであり最低でも50万円は下げてもらいたいと申し入れたのである。

※当方の主張(文章や言葉)について、特に結論となるべき事項の主張は当方個人としてではなく会社の意見としての主張であるとして行う様に留意している。これは、個人の意見より会社という組織の意見とした方が数段強力となることを意識してのものである。なお、あまりにも独断専行した個人意見を会社意見として行うことは注意を要するのは当然のこととなる。従って自信のない問題は、十分に周辺と協議しつつ結論を出して望む必用がある。

⑤最終交渉(協定)
 それから更に数時間して、総額154万円の修正見積がFax送付された。しかし、当方としては、150万円以下にしたいと欲が出てくる。そこで、今度は当方から電話を入れ、塗装費のことを中心に再度攻撃しつつ再交渉を行ったのである。その後、最終見積の提示(150万円弱)を受け、協定に至ったのである。 添付ファイル(6)


4. 雑感
 輸入車ディーラー、しかも少量生産の高級外車とくれば、指標となる資料も限られたものとなり、例え不尽とも感じられる提示額であっても諦めざるを得ないのかと考える方もいると想像する。しかし、本件経緯も示す様に、いかなディーラーであってもそれ程大した根拠もなく、その店(会社)のブランドだけを盾として高額料金の請求を行っている場合が往々にしてあると思う。従って、交渉の基本として大切なことは、情緒的な話に流されず論理を持って突き詰めて行くことなのだと信じるのである。

余話
 フェラーリ等の少量生産車というのは非常に高価だが、その理由は高級で高価な部品が使用されていることもあろうけど、その組立に現代の量販車と比べ桁違いの時間を要していることがあるのだろうと思える。

 国産量販車であれば、大規模な機械化がなされた故でのことだが、20時間位で1台のクルマの組立が行われているが、これが少量生産車になる程、大規模な機械化がなされることはなく、ほとんどが人間の手作業で進行され、過去事例では例えば1千時間とか要していたんだろうと想像する。

 しかし、時代は進み、幾らフェラーリだからと云って延べ組立時間に1千時間も要していたんではこの360モデナを2千万弱で売っても赤字になるだろう。そんな訳で、フェラーリも生産効率を上げ、組立時間を圧縮することにより、企業収益を確保していることが種々の組立構造を見れば読み取れる。

 これは、当ブログで以前に記したことだが、昔のフェラーリのことで板金塗装工場さんで、ドアを交換しようとして新しいドアを入手して組み付けようとすると、ドアの前後寸法が全然違うんだそうだ。よって、そんな場合はドアの前後を削って詰めたり、ハンダを盛って伸ばしたりと云う加工時間を要する訳なのだ。

 これは、バンパーの様なFRP製部品でも同様で、絶対すんなりと位置決めできることはなく、削ったり穴を広げたりという加工(フィッティングと呼ぶ)が行われてきたという現実がある訳だ。

 この様に個別部品の寸法公差が大きくても、それを当然として、イタリアのカロツェリアの職人達は現物合わせでクルマを作って来たのだろう。だから、先にも述べた様に、膨大な組立時間を要して来たとも云える。

 そんなフェラーリも、新世代では個別部品の寸法公差も量産車に極近いレベルとなって来ている様だ。例としてバンパーやサイドシルカバー等の大型FRP製部品ですが、以前はハンドレイアップと呼ばれる工法で凹型にFRP繊維を積層して作られていましたが、現在はSMCという金型(凹凸)でFRP繊維を挟み込んで、高精度な寸法で成型されています。また、FRP自体を使わず、部位によるが他の樹脂に置き換えているので、バンパー交換の場合のフィッティング加工も極少ないもので済むとのことだ。

 なお、新旧世代の別れ目としては、モデナの前の車種であるF355以降が、新世代フェラーリとなるのだろうと想像している。



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