私の思いと技術的覚え書き

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冤罪問題のこと

2021-05-26 | コラム
 最近冤罪問題を述べた書籍を読みかけた。読みかけたと記したのは、書籍名も著者も覚えていないが、作者は日弁連所属の弁護士だったと思うが、冤罪の原因となるのは、警察、検察、そして判事にあると気してあることを読んだところで、このアホ弁護士は自らも含め、多数の弁護士の能力もしくは正義感というものが欠落した弁護士がいることが判っていて当然なのだが、そのことを頭から除外している記述を読んだところで、この本は読むに当たらないと放り投げた。

 たしかしに冤罪事件の多くは、警察の見込み捜査だとか、送致を受けたら何が何でも起訴するという病理が内在していることは確かだろう。だいたいい、何年か前にFD(フロッピーディスクの)日付などのプロパティを書き換えて、解雇になった当事者検事と、上司検事2名の3名が懲戒解雇になったという前代未聞の事件があったが、こんな前代未聞の検察に対する国民を信頼を著しく毀損した検事が、最近は評論家とか弁護士登録したとの様子を知り、恥を知らぬ元不良検事がいるものだと呆れ返っているところだ。

 そして、判事の品質というかただただ検察の追認するだけの者が多すぎることは確かだろう。それでなければ、起訴された有罪率が99.9%有罪ということはあり得ないだろうし、これでは実質として、検察が判決までを行っているに等しいことになり、判事は不要とも考えるしかないだろう。これについて、検察は100%有罪になると確信するものしか起訴しないとうそぶいていると云うが、これも問題で主に社会的地位が高い被疑者(俗に上級国民と云われる階層が多い)などは、起訴猶予にされてしまい、納得できる説明もなされない。最近は検察審査会の制度ができて、検察が起訴しない案件を、強制起訴として裁く制度があるが、これも警察も協力しないし、判事もなれ合いだから必ずしも実行を上げている様子は少ない。

 最後に冤罪に弁護士も関与していると断定するのは、警察、検察、判事よりは少ないのかもしれないが、正直云って弁護士の能力はその品質や正義感と云ったものをランク付けするとしたら、最高を10とすれば最低は1しかない程度の格差があるのだろうと考えている。つまり、流してやる気のない、まるで智力や正義感のない弁護士が付いた被告は可哀想なものだ。検察に追求に対し、何ら効果的な反論もできないし、判事に対する影響力も何ら行使できない。こんな弁護士が実際存在するのが世の現実なのだ。
 

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