私の思いと技術的覚え書き

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EVや自動運転は製造業をどう変えるか?

2021-02-15 | コラム
 クルマという二次元地上移動機械を50年見続けて来た訳だが、決してマスプロダクションの専門家ではない。そんな私が、今後のEVとか自動運転の方向にクルマが向かうとして、その製造業にどのような変化を生み出すだろうかと云うことを私見として記してみたい。

 まず、EV(もしくはFCVも含む)だが、モーターが動力源でバッテリーがエネルギーのタンクとなる。ここで云えるのは、モーターも高効率で高性能なものを作るにはノウハウは必用だが、やはり内燃機関たるガソリンやディーゼルに比べると圧倒的に構造がシンプルで、製造コストも小さい。よって、この面での生産ポテンシャル要求は低まる方向に行くだろう。

 バッテリーについては、何処まで改善が進むのか疑問な点が多いが、何れにせよエネルギー密度を革新的に高めたものは出来そうもないと思える。なお、ここでの工業力としては、科学というより、化学の分野が求められるだろう。それと、そもそも、本来は超大規模な電池(日本の1日分を電力を保存出来るほど)が出来たとすれば、発電、送電のロスも少なく高効率なものとなる訳だが、現状は揚水発電みたいな、極めて低効率なネネルギー変換システムたる疑似電池装置しかない。

 クルマのボデーを作る生産能力は、今後のEVとか自動運転の普及度合いに応じて、クルマの共有化が進むだろうから、現状我が国の車両保有台数8千万台は半減する方向に行くだろう。しかも、運転しなくていいとなれば、操縦性がとかいう官能分野での要求は少なくなるから、より簡素な共有プラットフォームでクルマを作る時代になるかもしれない。

 以上、クルマの動力、エネルギー、ボデーを製造することごとを記したが、これらを統括して制御する分野に対する要求は益々高まるだろう。云うなれば半導体であり、MPUとかメモリー素子、画像認識、その他センサー技術、大電力をスイッチングするパワーモジュールなどは、確実にもっとが要求されてくるだろう。ただし、これも車両保有台数という母集団の低下により、個別車種毎のカスタムと云うより、互換性のある共有化が進むことだろう。

 こんな未来を考えたとき、リニア新幹線に政府は4兆の融資を行ったりしているのだが、正しい方向なのかと疑問を呈したい。輸送も長距離を中心に鉄道とか船舶などへの回帰が求められるはずであって、新しい道を作ることしか頭にない旧道路公団の疑似民営化組織体など、相当に手を入れてトップの考え方を変えていかなければならないだろう。

 また、台湾、韓国にお株を取られてしまった感のある半導体製造について、国内製造を回帰すべき政策に成功するかどうかが日本の終生を制する様に思えてならない。

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