和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

そりゃそうよ。

2024-01-07 | 短文紹介
本を読もうとしても、本は読めないなあ、と思っていたら、
思い浮かんだ対談がありました。

金美齢・長谷川三千子「この世の欺瞞」(PHP・2014年)。
この箇所が浮かびました。

長谷川】 私もよ~く覚えてる。
     2歳の子供を連れて歩くのは、
     8階まで階段を上るより、はるかに疲れるのよね。

金】  そりゃそうよ。

長谷川】 子供の脚に合わせて歩くのって、本当に重労働。
     おまけに、やたらに立ち止まって『あ!』とか言って、
     何かを拾うわけよね(笑)。

     『 それは≪ばっちい≫から、やめようね 』

     と注意して、何とかあきらめさせる。それで、
     大人の脚だったら10分に行けるところが、30分はかかってしまう。

金】   その通りよ。

長谷川】 要するに、子供を育てるということは、
     そういう非能率の24時間を過ごすってこと。

金】   忍耐。忍耐。

長谷川】 私の乏しい忍耐力が、子育てで、
     かなり鍛えられました(笑)。         (p136)



はい。ここに登場している『2歳の子供』というのが、
今の、私の読書じゃないかとハタと膝を打つのでした。
私は、本を読みはじめても、まともにゴールできない。
とりあえず脱線していって、もう元の本にもどれない。
こんな読書じゃ『2歳の子供』より悪いのじゃないか。
まあいいや。こうして、馬齢を重ねてしまった以上は、
このままの自分を受け入れ本とつきあってゆくことに。

『日本の古本屋』で検索すると、
『大菩薩峠』は論創社で全9巻がありました。
そのいちばん安いのを注文。

この論創社の『大菩薩峠』は、伊東祐吏の解題に、こうあります。

「本シリーズは、大正時代に都(みやこ)新聞≪現在の東京新聞≫紙上に
 掲載された中里介山『大菩薩峠』を新字、新仮名、総ルビ、挿絵つきで
 復刊するものである。・・・」

「都新聞に連載された『大菩薩峠』は、単行本化されるにあたって、
 全体の約30%が削除されている。・・・・・」


はい。この論創社のページは、見開きの右と左で
新聞連載の1回分。そこに挿絵・井川洗厓もある。
うん。これなら万事横着な私にもひろげられそう。

さて、それとは別に、扇谷正造氏の文中に桑原武夫氏の
文が紹介されていたのを思い出します。 ありました。

桑原武夫に『大菩薩峠』(1957年5月)という4ページの文。
そのはじまりは

「昨年(1956)、私は横光利一の『旅愁』について放送させられたことがある。
 日本近代文学の諸名作についての連続講義の一つを割当てられたのだ。

 ・・・悪口めくから嫌だといっても、それもまた一興、
 というので、仕方なしにやった。

 開口一番、この小説の再読は、私にとって全く苦痛だった。
 その間、途中まで読みさしの『大菩薩峠』に一そう心ひかれて困った。
 私は横光利一より中里介山の方が芸術家として上だと信じている、
 というところから始めた。・・・・・

 私はハッタリをいったつもりはない。すべて努力は幸福をもたらす、
 というのは倫理的に立派な考え方だが、そして努力なくしてよき成果
 のないことは大よそ確かだが、努力してつまらぬ結果しか出ない場合
 も多いのである。芸術においては特にその感がふかい。・・・ 」

はい。こうしてはじまっており、ここにはその文の最後を引用して
おわることに。

「『大菩薩峠』では机竜之介はもちろんのこと、
 主要登場人物がすべてアウト・ロウ(out-law)だ、
 ということは従来あまり指摘した人を聞かぬが、
 そしてこの着眼は生島遼一君と私との雑談ではっきり
 したことだが、将来大きな手がかりとなるべき点にちがいない。

 ・・・・このあいだ・・一ぱい飲んださい、
 この小説の面白さをしゃべり立て、若干の仮説をのべ、
 大いに扇動しておいたところ、もう半分以上もよみ上げたというのが、
 数人あらわれた。

 私は昭和のはじめに全巻を読破したが、
 再読は半ばまで来て意識的に停滞させてある。

 そのうち日本文化史や国史、文学、心理学などの
 若手の学者諸君と共同研究でもやれたなら、

 ――これが今年の正月からいだいている私の夢である。 」

  ( p16~19 「桑原武夫集 5」岩波書店 )



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2 コメント

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小説 (きさら)
2024-01-08 10:22:14
和田浦海岸さんは
活字は大好きだけれど
小説は読まない 読めない~というのは
たぶん 作り物の世界がお嫌いなのではないかな~
などと勝手に推測しています。

夫は 字が素早く読めないタチのようで
小説だけでなく 読み物全般が苦手です。

母は 私同様 活字好きで
かなり頭がぼわ~んとしてきた現在でも
雑誌の記事などは ちゃんと読んでいます。
(それが頭に入るかどうかは 別問題・笑)
姉は 全く本を読みません。

夫の方は両親共 読書好きではなかったようで
彼らの遺物には 本が見当たりません。
でも 義姉は文学部出身だし~

いや~
なんていうか
これは 遺伝性なのか そうでないのか??
とても面白い研究材料になりそうですが。。。

私は 映画は見ますが
舞台のお芝居は苦手なのです。
作り物さが 前面に押し出されているようで。
歌舞伎もミュージカルも苦手。。。

なんだか 長文になってしまって
スミマセンでした。。。(#^^#)
返信する
父のこと。 (和田浦海岸)
2024-01-08 14:45:00
こんにちは。きさらさん。
コメントありがとうございます。

若い頃、体育系だった父は、
鈍感な私をみていて、これは
運動には向かないタイプだと判断したのか。
いつも、漫画ばかりひろげていたわたしに、
本を読みなさい、と言ったことがあります。
自分が若い頃は、運動に励んでいたせいで
読書に縁遠い環境にあったせいもあるかも
しれないのですが、普段あまり指示しない
父親だったせいか、その『本を読みなさい』
という言葉が印象に残ってしまっています。
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