東日本大震災の頃に各雑誌へと掲載した文をまとめた一冊
曽野綾子著「揺れる大地に立って」(扶桑社)を、
このところ、身近に置いております。
その本の目次をめくると、そこに
「 初めて日本が崩壊するのを見た70歳以下の人々 」
なんて小見出しがあるので、そのページをひらいてみる。
「 ・・今度初めて70歳以下の人々は、
3月11日以前の日本社会が崩壊したのを見た。
彼らはそのような日本の姿が崩壊する日が
あろうとは思わなかったようだった。・・・ 」(p71)
この本が出版されたのが、2011年9月10日。
ということは、当時70歳の方は、現在はもう
80歳を過ぎていることになるなあ、とそんなことを思うのでした。
この世代については、こうもありました。
「 常にあらゆるものに規則があり、それを守ることが
役所としても学校としても個人としても
最も大切なことだと教えられて育った世代は、
その規則が適応できない事態になると
全くどうしていいかわからない
パニックに陥るか、思考停止になる。・・・
臨機応変という才能は実に大切だ。
なぜなら災害時には、状態が刻一刻と変わる。・・ 」(p191)
はい。以上を前置きとして、
「安房震災誌」にある、後日談のエピソードをひとつ引用してみます。
これが、臨機応変へのレッスンとなるのかどうか?
「 ・・震後或る日の未明であった。
郡長は何時ものやうに、中学校の裏門通りを郡役所に急いだ。
途に一人の老爺が、郡長を見かけて
『 誰れの仕事か知れませんが、毎晩来てうちの芋畑を
すっかり荒して了ひました。どうかなりませんでせうか? 』
すると、郡長は
『 折角の作物を盗まれるのは、洵に気の毒だが、
ぢいさんよく考へてお呉れ。
お前は とられる方で とられる物を持っているのだが、
とらなければ、今日此の頃、生きて行けぬ方の身にもなって
御覧なさい、どんなに苦しいか分からない。
殊にお前は、世間の多数が死んだり負傷したりした
大震災の中に、無事なやうだ。
並み大抵の時とは違ふから、
辛棒して大目に見てやって呉れ! 』
と頼むやうに諭してやったそうである。
郡長の話を傾聴してゐた老爺は、郡長の言下に
『 ああ分りました、分りました。どうも済みませんでした。
よろしうございます 』
と幾たびか低頭して、其處を去った。・・・・・・
人心が動もすれば悪化せんとしてゐる最中である。
・・・・ 」(p315)