わだつみの華

あなたの心という大海原を
心地よい風が渡っていきますように

(記事はリンクフリー)

道(6)

2023-05-21 12:20:20 | 癒し
       (前日からの続き)
救われ、救いというものは、神様からみれば、
全く公平に与えられるものですが、その現われ方は
むしろ、人間の考える「救い」とは全く逆の形に
なる─そういう人たちもおります。
こういうことは、生涯がいよいよ終わりという時に
現われてくる時もあれば、一生のいくつかの
時期の中に救いようのない事柄、やり切れない
ものが盛り込まれたりするわけです。

たとえば、生涯の終わりということで言いますと
それは、我々人間の死に方、死に様、ということに
なるわけですが、よく不慮の事故で死ぬとか、
まじめで誠実な人なのにとんでもない災難に
遭って死ぬとかいう死に方があります。
これなどは、神界の悟った高い魂を持った霊たちが
降りてくるということと同時に、何生、何十生
かけて生き徹した本来の命の完成を目ざすことを
目ざして、そういう去り方をする場合が
あるのです。

誠に生きている人間の気持ちからは、特に
残された遺族などはたまりませんけれども、大きな
神様の光の流れ、命の完成からいいますと、
そういうことは、常に行われて新しい命、世界を
作り上げていくわけなのです。
まあこれは生き死にに関したことで、極端に
きこえるかもしれませんが、これ程に神様
というのは人間を何生、何十生にわたって守り、
導き、遂にその命が究極の完成を果たすまで、
愛念という光を送り続けられるものなのです。
           (つづく)