わだつみの華

あなたの心という大海原を
心地よい風が渡っていきますように

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自在ないのちであることを しるための祈り(1)

2022-03-28 10:44:33 | 癒し
神を信ずる
ということは
神にすなおになる
ということであります

すべてを
神に任せ切り
ゆだね切って
何のとらわれも
不安もなく
世界平和の祈りのもとに
人類のいのちが
ひとつとなり
愛の光が
この祈りを柱として
世界を駆けめぐってゆく
それらは
肉体人間のわざではなく
光のいのちである
神と
この神のわかれの
いのちである
本来の人の
霊なるいのちが
結ばれたときに
なされてゆくのであります

すべてを
消えてゆく姿として
ながめ
すべてを
変化(へんげ)するものとして
祈りのなかに投げ込みますと
最後にのこるものは
神の愛であり光であります

そして
この神の愛と光とが
私ども一人ひとり
個々の天命のなかに
分けられていることを
おもいますと
実に私どもは
ほろびざるいのち
滅することなき
いのちを
このからだに
戴いていることに
気付かされるのであります

もとより
肉体は
この地上を生きるために
まとったものであり
それを
大事にしてゆかなければならないことは
無論のことでありますが
私どもは
神の愛という
無限のいのち
おわることのない愛と
尽きることのない
光に
支えられた
存在であることをしることが
何よりも
自分自身を
解き放ち
真実に
自己を自由に
してゆくことになるのであります

自在ないのちで
あることをしるために
祈りがあるのでありますが
なかんずく
世界平和の祈りは
この身のまま
こころのままに
本心(神、真実の自分自身)
へとおり立ち
至らしめられる光の祈りでありまして
人類は
すべて
この祈りのもとに
結集してゆくことに
なっているのであります

なぜなら
人間の本体は
絶えざる
神の愛から
わかれてきた
いのちであり霊でありますが
一つの利益も求めず
ただ
この宇宙にみちている
神の愛と調和と
平和の気を
満たしむる
神の心が
この祈りのうちにあふれている
からであります
そして
肉体身を
まとった
私どもも
その神からの
分生命(わけいのち)
分霊(わけみたま)
でありますから
そこには
本来の
自分自身のすがたが
かがやいている
ということになるのであります

すなわち
祈りのうちに
自分をたずねる
ということは
神の愛をたずねる
ということであり
神の愛が
私どものいのちのなかに
分けられ
私ども一人一人が
光のいのちとして
世界平和の祈りのなかに
働かせていただく
器として
そなえられているということを
おもいますときに
この極みのない
神の計画が
あらわれてくることを
たたえずにはいられないのであります


私どもの天命
それは
その人々が
その持ち場
持ち場に
おいて
神が愛であることを
この身と心とに
刻んで参ることであります
人は
そのために
この世に生をうけるのであります

光と光とが
愛と愛とが
智恵と智恵とが
神によって
祝され
完全平和にむけて
人は
その
世界平和の使徒として
祈りのうちに
本心をかがやかせて
ゆくので
あります
    (つづく)