さて、世の中にNPO法人なるものがある。
胸張れる成功例って少ないように思う。
非営利の活動としてボランティア活動というのもよく聞く。
世間全般では関心はあっても活動しない人が多いらしい。
また、役所では、内部で活性化のためや、惰性的な活動におかしいと声を上げる人が少ないという。
これらのことを考えるときに
金融商品などの流動性リスクとか、信用リスクとか、金利・価格変動リスクやリスクプレミアムとかポートフォリオの理論とか、よく似たことだと思える。
たとえば、資産の流動性って、どこでも使える現金が高くて、スーパーで物を変えない土地は低かったりする。
それをやって誰もが認めてくれるか、それが誰もに魅力的な活動だったり、それをやってる人々が魅力的見えるか、誰にでも通用することが流動性に近いと思う。
お金持ちのセレブといわれる人の生活は、多くの人に魅力的だったりする。
人は、より流動性の高い結果を求めて行動するだろう。
他人のためにいいことをしようなんて、実を結ぶのに時間がかかる。
満期まで何十年かかるかわからんことやりたいですか?
逆に、不良少年の更生なんかに関わって、トラブル起こして怪我でもさせられたら、即大きな被害。
マイナスの結果だけど、満期はやい。
何でもそうだけど、マイナスの結果はプラスに比べて満期がはやい。
安定してるからと、人生の大選択として役所に入った人がいたら、その人は、役所で安定して生きる以上のことを求めないでしょう。
もし、義憤にかられて、もめたりしたら、その人の人生の最大の投資ともいえる活動と根本から矛盾します。
満期を前に解約したら、元本の半分しか戻ってこない期間の長い金融商品と同じです。
で、役所の人は、そこに就職した時点で、価格変動や金利のリスクの少ないゆうちょに大金を預けたようなものです。
だから、実力主義とか成果主義で給与が変わるんなら、平均給与が大幅に上がらないと、割りに合わないわけです。
標準偏差が大きい投資ほど格付けは低く利回りが高い。リスクプレミアムがついて当たり前なんですから。
ゆうちょだと思って投資したのに、行革だといって、気がついたら、株式投資になってたら困惑する人の気持ちもわからんでもない。
自治会や、NPO、ボランティア、役所などから、期待した報酬(充足感や楽しい仲間のような金銭的でないものも含めて)、また、反対に調整や雑務を押し付けられて、嫌なことにならないかなども、物事によって、金利や価格変動や信用のリスクに近いかもしれません。
世の中の人が行動するには、何か魅力やリスクを感じて判断してやってるわけですから、それを最も高度に理論化した金融商品の理屈ってのは、何かにつけ、通底するものがあると思う。
こういう原則から出発しないと何であれ、笛吹けど踊らずに、なる危険があると思う。
胸張れる成功例って少ないように思う。
非営利の活動としてボランティア活動というのもよく聞く。
世間全般では関心はあっても活動しない人が多いらしい。
また、役所では、内部で活性化のためや、惰性的な活動におかしいと声を上げる人が少ないという。
これらのことを考えるときに
金融商品などの流動性リスクとか、信用リスクとか、金利・価格変動リスクやリスクプレミアムとかポートフォリオの理論とか、よく似たことだと思える。
たとえば、資産の流動性って、どこでも使える現金が高くて、スーパーで物を変えない土地は低かったりする。
それをやって誰もが認めてくれるか、それが誰もに魅力的な活動だったり、それをやってる人々が魅力的見えるか、誰にでも通用することが流動性に近いと思う。
お金持ちのセレブといわれる人の生活は、多くの人に魅力的だったりする。
人は、より流動性の高い結果を求めて行動するだろう。
他人のためにいいことをしようなんて、実を結ぶのに時間がかかる。
満期まで何十年かかるかわからんことやりたいですか?
逆に、不良少年の更生なんかに関わって、トラブル起こして怪我でもさせられたら、即大きな被害。
マイナスの結果だけど、満期はやい。
何でもそうだけど、マイナスの結果はプラスに比べて満期がはやい。
安定してるからと、人生の大選択として役所に入った人がいたら、その人は、役所で安定して生きる以上のことを求めないでしょう。
もし、義憤にかられて、もめたりしたら、その人の人生の最大の投資ともいえる活動と根本から矛盾します。
満期を前に解約したら、元本の半分しか戻ってこない期間の長い金融商品と同じです。
で、役所の人は、そこに就職した時点で、価格変動や金利のリスクの少ないゆうちょに大金を預けたようなものです。
だから、実力主義とか成果主義で給与が変わるんなら、平均給与が大幅に上がらないと、割りに合わないわけです。
標準偏差が大きい投資ほど格付けは低く利回りが高い。リスクプレミアムがついて当たり前なんですから。
ゆうちょだと思って投資したのに、行革だといって、気がついたら、株式投資になってたら困惑する人の気持ちもわからんでもない。
自治会や、NPO、ボランティア、役所などから、期待した報酬(充足感や楽しい仲間のような金銭的でないものも含めて)、また、反対に調整や雑務を押し付けられて、嫌なことにならないかなども、物事によって、金利や価格変動や信用のリスクに近いかもしれません。
世の中の人が行動するには、何か魅力やリスクを感じて判断してやってるわけですから、それを最も高度に理論化した金融商品の理屈ってのは、何かにつけ、通底するものがあると思う。
こういう原則から出発しないと何であれ、笛吹けど踊らずに、なる危険があると思う。