TRASHBOX

日々の思い、記憶のゴミ箱に行く前に。

ぼくは日本兵だった/J・B・ハリス

2010年06月09日 | 読書とか
ぼくは日本兵だった
ジェームズ・B・ハリス,J・B・ハリス,James B. Harris
旺文社

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「百万人の英語」で日本の英語教育の先駆けともいえる存在のJ・B・ハリス氏は、先日読んだロバート・ハリス氏の父親でもある。ロバート氏は自ら日本を飛び出してエグザイル(放浪者)となったのに対し、著者は太平洋戦争という超弩級の荒波に巻き込まれて「外国人の顔をした日本兵(イギリス人の父が亡くなったときに国籍を取得)」として戦場に赴く。父は父、息子は息子であるけれど、ついつい対比しながら読んでしまった。

関東大震災で見てしまった、仲良しの女の子の死体。英字新聞社の記者として開戦の記事(WAR IS ON!)を書いた直後にスパイ容疑で収監。日本人であることが確認されると今度は徴兵されてアジアの戦線に。強烈なしごき受けたり、また兵士として敵を殺すことにもなる……内容自体はかなりきついものなのに、語り口の平熱さに惹きつけられた。

育ちの良い青年の日記を読むような印象。しかし文章がうまい!著者は日本語の読み書きは苦手ということなので、執筆にあたっては誰かのサポートを受けたのかもしれないが、すこぶる快適な読み心地……って変な言い方だ。俺のブログよりだんぜんスムーズな日本語であることは間違いない。

示唆に富んだフレーズも多い。ちょっと覚え書きとして書いておくと、


『(豪邸暮らしの上司フライシャーが、実は借金まみれだったことについて)ぼくたち庶民は人から金を借りると、そき返済に窮々となるものだが、彼はいっこうに気にする様子がなかった。借金というのは不思議な者で、たくさん借りれば借りるだけそれなりの信用ができるらしい。そして、お金を返してもらいたいばっかりに、債権者はまたあらたに金を貸すというわけだ。フライシャーの場合もあまりに堂々としているために、金貸しも手を引くことができないということのようだった』


『(意外にすんなりと軍隊仲間にとけこめて)しいたげられっぱなしの下級兵には、“強気をくじく”力や勇気は望めなくても“弱気を助ける”気持ちはけっこうそなえているものなのだ』(この文章流れなら「そなわっている」だと思うけど)


『ぼくと同じように二等兵から始め、途中で幹部試験を受けて少尉に任官した連中や、古兵殿と呼ばれて兵営のヌシみたいなに大きな顔をしている猛者たちは、たしかに戦いの技術には長けていた。彼らがぼくたち初年兵の手を取り足を取って教える様子は、いかにも自信にみち、プロフェッショナルならではの迫力があった。しかしその一方で、彼らはあまりにどっぷりと軍隊の水につかり過ぎていた。おべっか、ねたみ、へつらい、皮肉、うそ、居直り、……一面ではじつに人間的といえるこうした弱さを、長い兵営生活のあいだにからだ全体にこびりつかせ、指導者の立場になってからもそっくりそのまま引きずっているように思えた』


……この柔らかくて鋭い人間観察力、切られても気づかないくらい鋭利なナイフのようだ。残念ながら、現在は絶版。古本屋や図書館で是非。
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