40になっても今未だ女っ気なしの男やもめ『紀男』
今日はよっちゃんが休みなので朝早起きをして自分の分も含め、4人分の弁当を持って出社
「社長、おはようございます、昨日は色々とありがとうございました」
「いやいや大した事はしとらんよ、でもうまく行ったらいいのにな〜」
「はい」
すると郁夫が出社してきた
「社長、おはようございます」
「今日は何かと世話をかけるけどよろしく頼むな」
「任せといてください」
「ほら郁夫、弁当、今日は張り込んでるからな、頼むな」
「上手いこといったら、1ヶ月分の弁当代タダやな」
「え〜よ、それぐらい」
「あははははは・・」
会社が始まって1時間ぐらい経った頃、前島電機の車がやってきた
「社長、前島電機の社長がお越しです」と事務の女性が知らせに来た
「社長が、こんな時間に何の用やろ」と早速出迎えに行った
「社長、今日は何かお約束してましたか」
「いやいや、表敬訪問っちゅうやつですわ、じっと会社にいてても退屈でね、それとこの前の話の事もあるしね」
「あ〜、はいはい、ま〜どうぞお入り下さい」と社長はちょっと困ったな〜と思いながら、どう今日のところを収めようかと考えた
「最近だいぶ涼しくなって来ましたね」
「そうですね、朝日さんとこは火を扱った仕事場なので夏場は大変だったでしょ」
「もう従業員達も汗だくになって働いてくれてますわ、しかも今は光熱費や材料費の高騰で会社そのものもまさに火の車です」
「お互い大変ですね、それはそうと誠司さん、この前の件どうなりましかな」
やっぱりその件の方が主だったんやな、と思った
しかしこの際や、もう紀男がダメなら郁夫で行くかと、ダメもとで進めてみようと考えた
どうせ見合いなんや、我々じゃなく本人同士の問題やからと、人ごとのように考えを改めることにした
「その件でしたら、本人も是非と申しております、は〜」
「そうですか、よかった、じゃ〜いつ頃がよろしいでしょうかね」
「は〜、今ですね会社の方もちょっと立て込んだ仕事が入っておりますのでもう暫くお待ちいただけませんか、片付き次第すぐにこちらから連絡させてもらいますんで」
「そうですか、わかりました、では無理をいいますが早目の返事お待ち致しております」
「わざわざすいませんね」
あ〜あ、適当な事言ってしまったと思いながらも気持ち的には楽になった、紀男がダメなら郁夫、郁夫がダメなら信雄でと
終業のサイレンが鳴った
早速郁夫は公衆電話で美嘉の勤めている会社に電話を入れてみた
暫く待つと美嘉が電話口に出た
「もしもし、どうしたん、会社へ電話なんて珍しいわね」
「いや、他でもないねんけどな」
「な〜に」
「もしよかたらこの間の四人でもう一度飲まないかな〜って」
「いつ」
「いつでもえ〜ねんけど、できれば早目の方が」
「何それ」
「美嘉、実をいうとな、俺の友達の紀がさ」
「あ〜この間一緒に来てた人ね」
「そう、その紀がな、お前の友達の桐島さんに一目惚れしちゃったんよ」
「えっ、早苗に」
「そう、ところがあいつ、人見知りで口下手やから自分からキッカケを作るのが下手なんで、俺に頼んできたって訳、その代わり今度は自分の口でちゃんと話すからと言うもんやからな」
「そういう事」
「確かあの時、桐島さんは独身と言ってたよな」
「そう、独身よ、今はね」
「えっ、今はねって、と言うことはバツイチって事」
「別れといっても亡くなられたのよ」
「へ〜、それは気の毒に」
「だから今は子供さんと自分のお母さんとの三人暮らし、子供はまだ小学生だったかな」
「へ〜、そうなんや、そりゃ大変やな」
「どうする、誘うの」
「いや〜、ちょっと待って、これは一度持ち帰って相談してみるわ、すまんな」と電話を切った
え〜、まさかこんな展開になるとは想像もしてなかったな〜
こんな話、紀が聞いたらめっちゃショック受けるやろな〜
まずこの話は先に社長にする方がえ〜な
そして会社に戻った郁夫は事務所に行った
「社長、いてはりますか」
まだ残っていた事務の女性が
「社長やったらさっきまでいてたんやけど、組合の人と数人で確かよっちゃんへ行くとか言ってたわ」
「よっちゃん」
「そう」
「えっ、よっちゃん確か今日休みのはずやけどな〜」
「今日は開いているらしいわよ」
「そうですか、わかりました、お疲れさんです」
郁夫はこのままよっちゃんへ行くべきか、明日にするか迷ったが、いずれにしても銭湯は行かないといけないし、晩ご飯も食べないといけないので結局銭湯の後で覗くことにした
よっちゃん(臨時営業)
「こんばんは」
「あら郁夫ちゃん、いらっしゃい、信雄君らもう来てほらあそこで飲んでるわよ」
「善子さん、今日は休み違うの」
「そうなんやけどね、今月ちょっと用事があって休まなあかんので開けたんよ」
「そうなんですか」
「お〜郁夫、遅かったな」
「お前ら今日開いてるの知ってたんか」
「この前来た時善子さん言うてたやんか」
「そうやったかな〜」と自答
そして郁夫は狭いながらのよっちゃんの店内を見渡すと社長も来ていた
やっぱり今日はやめとこと、せっかくいい気分で飲んではるのに水を刺すようなことになったらお酒も美味しくないやろと、やや身を隠しながら信雄らと飲んだ
「何してたん、遅かったな、残業か」
「いや、ちょっと用事があったんや」
「用事って、もしかして女でもできたとか」
郁夫は一瞬ドキっとした
「違うよ、今やっている仕事の事や」
「ま〜え〜、それより今日も一日ご苦労さんでした」と乾杯をした
「そうや、今日、前島社長が来てたやろ、また追加の注文でも持って来てくれたんかな、うちは前島電機で持っているようなもんやからな」
「確かに、そういえば前島さんとこにお嬢さんがいてはったな」
「俺は一回しか見てないねんけどめっちゃ綺麗な人やったな」と信雄が言った
「独身なんかな、もしそうやったら俺の嫁さんにしたいな〜」
「何言うてるんや、お前なんか分不相応や、釣り合いが取れんわ」
「それもそうやな、高嶺の花や」
「それより郁夫、お前美嘉ちゃんとはどうなってるんや」
「美嘉はもう親が決めた人がおるんや、大学でのボンボンで、徳芝工業の息子や」
「やっぱり美人は得やな〜、俺も女に生まれてたらよかったわ」
「お前が女に、あははははは〜、想像しただけでも気持ち悪いは」
「何言うてんねん、あははははは」
店も時間と共に客が少なくなりかけた時、信雄の大きな馬鹿笑いが聞こえたのか、社長が寄って来て
「何や君らも来てたんか、よかったらワシらも仲間に入れてくれるか」と言った
「何や偉い盛り上がってたけど、何かあったんか」と社長がみんなに聞いた
郁夫はさっきと打って変わり急におとなしくなり
「大した話じゃないんです」と誤魔化すかのように
「信雄がね、今度生まれ変われるんだったら女になりたいと言うから、想像するだけでも気色が悪いと、みんなで笑ってたんです」
「信雄が女に」
「意外に個性的な女性になるかも知れへんな」
「社長、その個性ってどういう意味ですか」
「味のあるというか、人には無い特徴、魅力、珍しい、マ〜そんな感じかな」
「よ〜わかりませんわ」
すると郁夫がすかさず言った「お前が女に生まれ変わってもブスという事や」
「何やて、ひどいな、寄ってたかって俺の事を不細工やなんて」
「信雄、誰も君が面倒いとか言ってない、君には愛嬌という人を和ます顔をしてると言うてるんや、これは福顔といってなかなか誰もが持てるもんと違うんやで、だからもっと自信を持たんと、な」
「何や、わかったような、わからんような、マ〜社長がそう言うてくれはるんやから、そうしとこ」
「ほんじゃもう一度みんなで乾杯しよか、今日はワシの奢りやからどんどん飲んで、また明日頑張ってもらわんとな」
「は〜い」
そして店を出て会社へ到着するやいなや郁夫が
「社長、ちょっとお話しいいですか」と言った
「どうかしたんか、ま〜事務所で聞こか」
「あの〜この前の件ですけどね」
「あ〜紀男君の事か」
「はい」
「どうやった」
「今日同級生の美嘉に電話したんです」
「うん」
「そしたらその桐島って子、バツイチでしかも子供がいるんですよ」
「えっ、バツイチ」
「バツイチといっても旦那さん事故で亡くなったそうなんですよ」
「へ〜、それは気の毒な事やな」
「今、彼女は自分の母親と三人で暮らしているそうで・・・だから紀にどう話ししたらえ〜もんかと」
「・・・・・・・・よっしゃ、ワシに任せとき、こんな話はやっぱり本人に正直話たる方がいい、変に遠回しに言ってもし本人がそれに気付いたら余計苦しむやろ」
「そうですね」
「ワシに任せとき、そうや、郁夫、こんな時に言うのも何やけどな、お前、見合いしてみいひんか」
「えっ、藪から棒に、僕がですか」
「そうや、申し分ないえ〜子がおるんや」
「そんなん急にいわれても」
「今すぐにとは言わん、ちょっと待ってや」と社長は預かっていたアルバムを郁夫に見せた
「どうや、綺麗な人やろ」
「わ〜ホンマに綺麗な方ですね」
「この子な、うちの取引先の娘さんなんや、気立もいいし、嫁さんにするならもってこいの人やで」
「そやかて社長、僕みたいな一工場の人間とは釣り合いが取れませんし、ろくにちゃんとした行儀もできませんからね俺は」
「それはそれ、もし見合いして付き合い出すようになってから話たらいいことや、お互い他人同士が一緒に暮らすとなったらあり得る、な、とりあえず考えてみてくれるか」
「社長も大変ですね、紀男の事や俺の事まで」
「そりゃ社長として大事な君らを親から預かってるんやからワシの息子も同然やからな、また嫁さん貰ったら仕事にも一段と身が入るっちゅうもんや」
「わかりました、そしたらちょっと考えさせてもらいます」
「頼むで」
つづく