ととじブログ

書きたい時に書きたい事を書いている、あまり統一感の無いブログです。

細雪 / 谷崎潤一郎

2019-05-12 04:35:37 | 本/文学
「細雪」について、このブログで初めて触れたのが昨年の3月14日。
読もうと思っているのだけれどどの本を買うか迷っていて…結局コレを買った! というくだらない記事をいくつかに分けて書いて、それっきりになっていた。

今まで感想文なり書評なり、何も書かなかったという事は読んでないんだろ? と思われるかも知れないが、読んだ。ちゃんと読んだ。
しかも、ずいぶん前に読み終わっている。
昨年の夏、7月下旬頃読み終わった。

読んだのだけれど、何を書けばいいのかわからないので、放置してきた。
海外にも知られている大作だし、アホな事を書いたらバカにされるしな、という気持ちもあった。
しかし、せっかく読んだのだし、時間が経つにつれて少しずつ忘れていくし、書くならばそろそろ放置も限界だぞ!
ということで、書いてみることにした。

今年の2月23日に「月光」(誉田哲也著)を読んで記事を書いた。
その中で「尋常じゃないクソ野郎が何人か出てくるが、普通の人ばかり出てきて、普通の事しか起きないのでは小説にならない」というような事を書こうと思って、やめた。
その理由はこの「細雪」にある。

一般的に言って、赤の他人や、知っている人でも特に好意を持っていない人の日常生活など興味は持てないし、聞いても面白くない。
子供がどうしたとか旅行でこうしたとかリア充話とかクソくらえ! といったところだ。
いまいち伝わらないかな?
言い方を変えよう。
例えば、会社の上司が撮った子供の運動会だの家族旅行だののビデオなんて観たって全然面白くないでしょ?

「細雪」は普通の人が営む、普通の日常生活が延々と続く小説だ。
もっとも、普通とはいっても、中心となる登場人物達は一般庶民ではなくお金持ちだし、特徴的な人もいるし、それなりに事件も起こる。
しかし、あくまでも日常の延長線上にある人や事件だ。
ヒーローやヒロインはいないし、宇宙人も出てこない。
謎の殺人事件も起こらない。
知らないおばちゃん達の世間話を延々と聞かされているようなものなのだが、なぜか面白いのだ。
不思議でしょうがない。

赤の他人の日常などには興味を持てないが、好きな人の日常となると話は別だ。
好きな人というのを、端的に自分が恋愛感情を持っている人とするならば、説明は簡単だ。
日常の、どんな些細な事でも知りたいと思う。
もし会社の同僚だったとしたら、今日は順調に仕事が進んでるんだろうか? お昼には何を食べたんだろうか? 残業するんだろうか? 誰と帰るんだろうか? 等々、ありとあらゆることに興味がある。

そう考えると「細雪」は人物描写が極めて巧みで、知らず知らずのうちに登場人物に感情移入してしまい、日々何を思い何を感じどんな話をしてどういう行動に出るのか? そういった微細な部分に心を惹かれてしまうから面白いのだろうか?

いや、違うな。
そんなに単純じゃない。
物語の中心にいる四姉妹それぞれ、それほど好きなタイプという訳ではないし、四姉妹を取り巻く多くの人々も特別魅力あふれるという程でもない。
それでも面白い。
不思議だ。

それで、まあ、そういうわけで、何かうまく説明できなくてよくわからないのだけれど面白かったよ、というのが感想だ。
何かちょっと、わざわざここまで読んでくれた人には申し訳ないのだけれど。

そうそう、ひとつだけ有意義な事を書いておきたい。
小説の中に、昭和13年(1938年)7月に起きた神戸地方の大水害の話が出てくるのだが、この部分を昨年2018年の西日本豪雨の直後に読んだので、非常に印象に残った。
描写も詳細で、相当な取材をして書いたのだろうなと感じた。
この部分だけ切り取って読んでも、かなり得る物があると思う。

それから、「細雪」は名作ということもあり、感想や評論が数限りなくある。
それらをパラパラと読んでみると、「何だ? 何言ってんだこいつ?」みたいなものも多々あり、感じ方は色々あるもんだなあと、そういうのもまた面白いと思う。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿