the other side of SmokyGitanesCafe
それとは無関係に・・・。
 





カフェから数分歩いたところにその店はあった。
倉庫を改造したのか天井がとても高く、だだっ広くて
暗くて雑然としていて、雑然としているのに商品点数
はそれほど多くもなくて、ガラスの陳列ケースが
カウンター代わりに、コの字型に並んでいた。
店中央あたりにラウンドハンガーがあって、種々雑多
な服が吊るされていた。

W氏「あ、これです」
茶色いコーデュロイのジャケット。古着なんだろうか。
お世辞にもそれほどいい生地ではなさそうで、手触り
も固い。でもなぜかいい雰囲気でもある。
私「ちょっと着てみてくださいよ」
W氏がジャケットを羽織る。かなり大きい。完全に肩が
落ちている。それでもトータルではいい雰囲気だ。
そして、この上なくW氏のアラブ風な顔に似合っている。

私「ええやんか。値段も値段だし。」
確か邦貨で3000円台だったか。とんでもなく円高の
時期で、海外での買い物は有利だった。
ユーロではなくて、マルクの時代である。

W氏は結局そのジャケットをとても嬉しそうに買った。
不愛想な店員は、今のスーパーのレジ袋の方が
よっぽど立派だなと思えるようなビニール袋に
ジャケットをくるくると丸めて入れ、不愛想なまま
寄越した。
私はおもちゃのようなチープな金属製のライターを
一つかった。日本に帰ってからオイルを入れて使おう
と思ったが、使った記憶がない。


W氏とはこのように急に接近したのだが、旅程中も
ほとんど会わなかった。基本的には食事もすべて
別々だった。
長距離の移動の際だけ、二人であれこれと話ながら
過ごした。
ニューヨークのホテルのフロントでしばらく働き、
その後帰国して旅行代理店に勤め始めたらしい。
ボクシングに没頭していた時期もあったという、
彫りの深い髭面の、門真のにいちゃんである。
とにかく話が多岐にわたり面白かった。
Stingと椎名誠がお気に入りという。
そしてタランティーノの映画は断然
レザボアドッグスが面白いというところで意見は
一致した。

この視察ツアーには同業の洋服関係者が10人ほど
いて、展示会などは旅程に組み込まれていたし
それが目的なのだから、そこには当然参加したが
どうもこの面子が自分に合わなかった。
だから一緒に行動するのはなるべく避けた。
特にクイーンズ出身で帰国後チーマー、
大手の商社マンK君はなかなか気に障りつつ面白い
野郎だったが、行動を共にするととにかく疲れる。
なるべく近寄らないようにしていた。
元々初対面の人とは親しくならない性格だから
まあ予想通りだった。しかしW氏の静かなバカ話は
面白かった。
その後の旅程中もカフェ2,3軒でいろいろ
話し込んだ記憶がある。


名刺交換をしていたから、帰国後も連絡をとるのは
用意だった。
メールすら皆が皆使っている訳ではない頃だったから
電話または手紙で数回やり取りした。

一度それぞれの中間地点で会って酒でも飲もうか
ということになった。
私もなぜか酒を飲んだ。愉快だった。

手紙や電話、直接会ってのやり取りなどは
どちら側にボールがあるのかはっきりしなくなる。
その点、現在の例えばLINEなんかは、やりとりが
最後どちらの発信で止まっているか一目瞭然に
なってしまう。
手紙や電話では、そのあたりはすぐに記憶があいまいに
なる。
他愛もないやり取りが薄く続いているうち、
さてどちらが今度は発信する番なのか、貰う方なのか
どんどんよくわからなくなっていった。
そしてW氏の消息はもうまったくわからない。

あのとき私が買ったチープなライターも
もうどこかへ行ってしまって、細部の記憶もほぼ
残っていない。
しかし、W氏があの茶色いジャケットを着た姿の
写真は今も手元にある。

彼には大きい、しかし味のあるジャケットである。






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