GITANESは甘く苦い。
それとは無関係に・・・。
休暇。
大した用事はほぼなく、午前中は陽だまりの坪庭で
靴磨き。
つま先、かかとを重点的にやるが、なかなか鏡面仕上げという訳にはいかない。
難しいものだ。
午後から某店へボーダーのロンTを買いに出かけようと思った。
ボーダーロンT欲しい欲しい病だ。発作的な。
そうとしか言い様がない。
渋滞しそうな時間帯だし、渋滞しそうなロケーションでもあるので
ミニバイクで行こう。
いや、その前に兄の見舞いだ。
最近ご無沙汰だ、病院へ寄らねば。
橋出血。
橋とは、脳幹部にあり延髄の上に乗っかっていて
その上には中脳が乗っかる。
延髄と脳の橋渡しの部分である。
ここから出血があった場合、すぐにこん睡状態や呼吸障害が生じ、やがて、死ぬ。
外科手術が及ばない場所であるからだ。
年末に発症した兄は、年内もたないだろうと宣告された。
患部が患部だけに、そして検査の結果の状態を見ても
一両日がヤマだろうと言われた。
しかし、持ちこたえた。新しい年を迎えることができた。
管だらけで意識もないにしても、持ちこたえた。
意識がなくなった兄は、病院のベッドに横たわったままになった。
何度会いに行っても、当然その状態のままである。
家の者が風邪をひいたり、それが長引いたりして
つい見舞いに行けなくなっていた。何かの菌でも持ち込んでしまっては
文字通り死活問題になるからだ。
ミニバイクで病院へ。
管に繋がれた兄が寝ていた。
折りたたみ椅子に座り、腕を軽くさすってみた。
眼が開く。
?
唇が動く。舌も動く。
完全に認識している。ゆっくりゆっくり、何かを言っている。
マダマダ、マダマダ・・・
まだまだ退院できないなあ とでも言いたいのだろうか?
「あれ、起きてる?」
何か返事する。
「おお、そうか。」
何か言う。
「わかる?」
何か唇が言っている。目線も合っている。
しばらく会っていないうちに、兄は意識を取り戻したようだ。
転院する前の大きい病院で医師に
「橋出血です。発症からの時間を考えると、もう危ないです」と言われてから
数か月で、何が起こっているのかわからないが、
「じゃあ、また来るよ。」と言ったとき、確かに顔の左半分で笑った。
病院を出て、ミニバイクにまたがる。
どうしようかと考えたが、予定通りボーダーロンTを買いに行くことにした。
「そうか、重篤ではあるが、危篤ではないんだなあ・・・。」
そればかり考えながらバイクで走る。
変な店員さんを捕まえて「ボーダーのロンTはありますか」?」と尋ねたが
「ごめんなさい。もうすべて半袖に入れ替わっちゃってます」と言われる。
あれほど欲しかったのに、
もうボーダーロンTなど、どうでもよくなっていた。
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