tokyo_mirage

東京在住・在勤、40代、男。
孤独に慣れ、馴れ、熟れながらも、まあまあ人生を楽しむの記。

駅前ガストのシュールな光景

2012-06-14 23:00:00 | 今日の出来事
先ほどからピンポンピンポンと押しているが、「ただいまおうかがいしまーす」の声がするものの店員は来ない。フロア担当の係員は1人しかいないようで、それなのに会計の客がレジに列をなしているものだから、僕のところに注文を聞きに来る余裕はないらしい。厨房から妙にロートルなコックが皿を持って現れたので、「すみません」と直接呼びかけてみるが、彼は「え?俺?」とでも言いたげな怪訝そうな表情を浮かべたまま厨房に引き返してしまう。ただ、声をあげたのはさすがにフロア担当にも切迫感が伝わったのだろう。間もなく携帯の端末をピッピッと押しながらやって来た。注文したかったのはただ一つ、「和風ハンバーグセット」だけなのだが。やれやれ。
セルフサービスの水とおしぼりを取ってきて座ると、自分の前方の禁煙席に一組、ガラスのパーテーションを隔てた喫煙席に一組、いかにも「夜の仕事の面接」といった風情の男女がいる。禁煙の方の面接官の男はデブで長髪、喫煙の方の面接官の男は坊主にメガネ、2人とも広告代理店風な雰囲気を漂わせている。ただ、どことなく爛れた感じはあるが。男はどちらもこちら向きに座り、その前に座る女は背中しか見えない。服装や髪型から察するにかなり若そうだ。僕の位置からは禁煙の方の面接がよく見える。テーブルには履歴書のような用紙。男の喋るのが断片的に聞こえてくる。
「こういう、名刺みたいなカードを作ってもらう」
「初めはキス、次は…」
「…が20分、…が20分というのがうちの店の流れ」
「パーテーションで仕切られていて、これくらいのソファーみたいなのが置いてあって…」
「ボーイさんには見られちゃうかも知れないけど」
「確かに特殊な世界だけど…まあそんなに特殊じゃないんだけど」
「女の子を守るのが僕たちの仕事だから」
「在籍は65名。多いでしょ?」
これはもしかしたら風俗店の面接なのかも知れない。なかなか聞けない会話だ。僕は本を読むふりをしながらそちらに耳を傾ける。だが、禁煙の面接と喫煙の面接のちょうど間の席に父・母・子の3人連れが案内され、2歳くらいの子がメニューを眺めながら「チーズがあるー」などと絶叫し始め、面接の盗み聞きは困難になる。それにしても、風俗店の面接に挟まれながら家族の食事とは…。なんともシュールな光景だ。禁煙組の男は、口に出しづらいことでもあるのか、ボールペンで紙に図のようなものを書いて説明している。何の絵なんだ…?気になる。一方、喫煙組の男は声が低いようで、まったく会話が聞き取れない。
「いつからできる?」と禁煙組の男が聞く。女はわりとしっかりした声で、別のバイトと掛け持ちしている旨を説明する。スケジュールを確認するのか、バッグからiPhoneを取り出す。金に困っているわけじゃないんだな…いや、iPhoneがどれほど高価なのか、それともさほど高価じゃないのか、僕は知らないが。本名なのか、それとも、もうついた源氏名なのか、男は女を「ゆずちゃん」だか「みずちゃん」と呼ぶ。間違っても、相手の苗字の「さん」付けなどでは呼ばないのだろう。
そうこうして、禁煙組だけ面接が終わる。上着を手に取った男の後をついて女がこちらにやって来る。顔を見る。…ああ、なんとなくわかる。「すれてしまっている」わけではないが、「流されてしまっている」、そんな感じが。可愛いか可愛くないかと訊かれれば、どちらでもない。少なくとも、「金を出せばこの子とヤレるのか…」と妄想がたくましくなる感じでもなければ、「この子は勘弁して欲しいな」と拒みたくなる感じでもない。だが、そういった魅力の有無以前に感じるのは、彼女の顔に、「記憶に留まるような特徴を見つけられない」こと。「すぐに忘れそう」な顔なのだ。それもまた、風俗店らしさなのかも知れない。
彼らが去った後のテーブルを見ると、女の子の席のオレンジジュースは、ストローこそ刺さっているものの、全く手がつけられていなかった。解け出した氷で上澄みが透き通っていた。