トランプ大統領の米国経済再構築への挑戦―米国経済世界一
米国のトランプ大統領は、1期目の2018年3月、‘中国が米国の知的財産権を侵害している’として、最大で600億ドル(約6.3兆円)規模の中国製品に対し関税を課す大統領覚書に署名した。その後米・中交渉において、中国の国営企業の中央管理や実質的補助金、及び外国企業進出に際する中国企業への技術ライセンス供与などについて中国側が原則の問題として譲らず膠着状態となったことから、米国は協議の進展を促すためとして25%の関税対象をすべての中国製品にすることを表明し、漸次実施された。バイデン政権もこれを引き継いだ形となった。
トランプ大統領は、2024年11月の大統領選挙で既成メデイアの予想に反しカマラ・ハリス民主党候補を破ると共に、上下両院で共和党が過半数を制した。2025年1月20日、47代大統領として2回目の就任をしたトランプ大統領は直ちに多くの大統領令に署名したが、関税引上げは発動せず、外国歳入庁を設立し、2月4日から不法薬物の輸出や2国間の貿易赤字等を理由としてメキシコ、カナダに25%の関税を(実施は1ヶ月延期)、また中国に対し10%の追加関税を課した。また2月12日より、原則全ての国を対象に鉄鋼・アルミ製品に対し25%の関税を掛け(対米赤字の豪州は除外)、米国の製造業の育成を図るとした。
そして同年4月2日、全ての国からの輸入品に一律10%の関税を掛けた上で、米国が大幅な貿易赤字となっている国・地域毎に異なる税率を上乗せする相互関税を掛けるとし、中国はじめ大幅貿易赤字国に対する個別の関税率を記したボードを大統領自らが掲げて発表し、これまでの搾取からの米国の「解放の日」とし表明した。
米国が大幅貿易赤字となっている約60か国・地域に対する個別関税率については、各国別赤字額を国別輸入総額で割ったものと見られており、トランプ政権としては各国の対米関税に加えて各種の非関税障壁を加味したみなし税率と捉えているようであるので、税率等についてはデイールの余地がありそうだ。
関税付与の目的は、米国の製造業の再興・促進と経済安全保障、及び国家収入確保とされる。しかし製造業については、1990年代末頃より中国の改革開放政策に乗って急速に中国に製造拠点を移したのは米国企業自体である。しかも米国企業は、製造の中核機能も中国に移したことにより、多くの場合、米国には資本・投資管理と輸入販売を中心とした部門しか残らなかった。それでも米国経済は潤い、消費者は低廉な製品が購入出来るようになった。しかし中国企業の成長に伴い、技術が中国に移転する一方、米国の製造産業は空洞化し、米国の対中国貿易赤字が急速に拡大した。従って、米国の製造産業の再興・促進は米国の産業界自体の理解と具体的再興努力がなければ実現できない。製造機械、熟練・技術労働者などは短期間では調達できない。トランプ政権とすればその間の限定的な関税と言うのであろうが、業種にもよるがそのためには1年から2年前後掛かる一方、価格上昇に伴う消費者の負担増が勘案されなくてはならない。また米国が全ての製造業を再興する必要もない。
米国は関税政策により対外経済関係を一旦リセットして、経済構造の転換を図ろうとしていると言えよう。
他方、全ての国・地域に一律10%の掛け、或いは60余もの国・地域に20%以上の高関税を掛け、関税の大風呂敷を一気に広げたため国際的懸念と批判を受けており、逆に国際世論において中国を利する結果となっている。例えば、一人当たりの国民所得が2千ドル以下の民主的後発途上国は原則として除外しこれら諸国の経済自立努力を鼓舞するなど、後発途上国への寛容さと適用対象や関税率を下げ国際社会に理解を求めることが強く望まれる。
1、関税政策の狙いの本丸は中国の市場開放
(1)早過ぎた中国の世界貿易機関(WTO)への加盟
2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した。当時、中国からの輸出は外資系企業の製品が中心であったため、WTO加盟への抵抗が少なかったと見られるが、それを契機にグローバル・レベルの自由化、多国間主義が進み、中国が世界の自由市場のメリットを享受し飛躍的な経済成長を遂げ、またその他途上諸国が経済発展を遂げた。その中で米国は世界最大の経済国の地位を維持しているが、現在中国が世界2位の地位を占め、またBRICSやグローバル・サウスと呼ばれる諸国が顕著な発展を遂げた。それ自体は歓迎すべきことであるものの、2000年代初期に比し世界経済構造が変化し、米国の地位が相対的に低下し、加えて米国の製造部門が空洞化し米国内の雇用機会がこれら諸国に奪われていることへの懸念が出始めたとしても不思議ではない。
中国自体については、中国の特色ある‘社会主義市場経済’の下で、国内では国営企業など基幹産業に補助金等を出し、経済活動のみならず人の移動等をも厳しく制限し、国内市場を中央統制する一方、国外に向かっては多国間主義を主張し世界の隅々まで自由市場の恩恵を享受している状態はフェアーでも衡平でもない。2001年の中国のWTO加盟に際し、経済金融及び知的所有権の分野の改革・是正につき10年程度の期限を付すべきであった。国際社会の期待は裏切られた今日、加盟時に求められた是正・改革、諸条件につき、早急に厳密な審査を行うべきであろう。その上で、市場の内外格差が是正されない場合は、速やかな是正を求めると共に、それまでの間限定的に関税を課すことはやむを得ないことであろう。関税は低ければ低いほど望ましく、乱用すべきでないが、各国の発展段階や生産・製品の比較優位が異なるので、自国経済を維持するため必要に応じ、或いは一定期間関税を課すことはやむを得ないことであろう。それが各国に認められている関税の機能である。中国は、米国の関税付与を保護主義と批判しているが、中国が国内市場を中央統制し自由を制限していること自体が保護主義であり、まず中国が市場開放を行うべきであろう。
中国に対する関税付与は差別的な懲罰などでは一切無い。中国は2001年にWTOに加入し、9年後の2010年には日本を抜き世界第2位の経済大国に成長した証しであり、中国市場外の世界の自由市場のメリットのお陰である。今や途上国に援助をする援助大国でもある。他方、中国経済は社会主義市場経済を継続しており、14億人の国内市場は中央統制されWTO諸国が望んでいる市場自由化は進んでいない。関税は、中国国内市場と国外の自由市場をある程度均衡させるためのものであり、それは各国の権限に委ねられている。中国が国内市場の自由化・開放を選び、内外との自由化格差を縮小するか、社会主義市場経済を継続するかは同国が選択すべきことである。
(2)米国は関税政策によって世界一の経済的地位を守り切れるか
2023年の米国の国内総生産(GDP)は27.3兆米ドルで世界1位であるが、中国のGDPはその約70%の17.8兆ドルと迫っている上、3位のドイツ4.4兆ドル、4位の日本4.2兆ドルと中国に大幅に水をあけられており、この流れを放置しておけば、2035年から40年には米国は世界一の座を奪われる一方、インド等の台頭と独、日などの相対的な地位の低下により世界の経済構造は激変し、それに伴い世界経済秩序のみならず、地政学的力関係も不安定化する恐れがある。
世界経済は構造変化を伴った岐路にあり、米国だけの問題ではない。このような世界経済の構造変化に対し主要経済諸国が早急に対応を講じなくてはならない時期にあるのではなかろうか。トランプ大統領はそれを直感的に察知しているのであろう。
2、報復関税の応酬かデイールによる影響の限定か
(1)中国はとことん付き合うのか
中国は米国の相互関税発表に対し、4月10日から報復として米国原産の全輸入品に34%の追加関税を課すと発表すると共に、中国外交部林報道官は、米国が関税を引き上げるなら「中国はとことん付き合う」と表明した。
トランプ大統領は、中国に報復関税の撤回を促していたが撤回しなかったことから、4月9日の貿易赤字諸国・地域別の追加関税発動に際し、中国には発動済みの20%の追加関税に84%を上乗せした104%を適用した。しかしその直後、トランプ米大統領は、国・地域毎に設定した上乗せ部分を90日間停止し、一律10%の関税は維持する旨発表した。その間に日本、韓国など貿易赤字諸国・地域別に交渉するものと見られる。他方中国については、対米報復関税を課すとの対抗的姿勢を崩さず対米関税を84%に引き上げ、米国は更に上乗せし125%に引き上げ即時発効すると発表したが、中国財政部が対米国関税を125%に引き上げると発表した。これに対し米国が対中国の関税を145%に引き上げ緊迫したが、中国側はこれ以上については無視すると表明した。習近平中国主席がこれ以上の報復関税の応酬を抑えたのであろう。
中国国内では、人事、政策面で実権を握る中国共産党中央政治局会議において、2025年3月末の会議後の発表の中で、これまで繰り返し使われていた‘習近平同志を核心とする党中央’との定番の表現が消えるなど、中央権力の変化が進みつつあるのではないかとも見られている。
他方、米国の貿易赤字諸国・地域別の関税については、大統領技術顧問格のイーロン・マスク氏が影響が大き過ぎるとして大統領に直訴したとされている。同氏のテスラ株が1月以降既に50%近く下落しており、EUへの追加関税20%が実施されると欧州等における米車不買運動等が更に広がることが危惧されている。また追加関税発動が報道されると米国の株式市場が大暴落すると共に、米財務省証券市場が暴落し長期金利が高騰するなど米国経済界に衝撃が走った。諸外国の中で中国は日本に次いで第2位の米財務省証券保有国であり、香港ルートなどを含め報復的売却をした可能性もある。1997年6月、橋本首相(当時)がニューヨークに立ち寄りコロンビア大学で講演した際、日本が多量に保有している米国の財務省証券(米国国債)についての聴衆からの質問に対し、「大量の米国債を売却しようとする誘惑にかられたことは幾度かある」と冗談気味に発言したことが米証券取引筋に伝わり、一時米証券が急落したことがある。同発言の英語への翻訳において発言のニュアンスが伝わらなかったのであろうが、米国国債の大量の売りにより米国経済は敏感に反応する。
中国は更なる報復は踏みとどまったが、建設バブルの崩壊からの再建に苦慮している中での米・中関税問題は同国の経済回復に大きな負担となることは明らかであり、今後の対応が注目される。しかし、今回中国の硬直的な対抗意識が鮮明となっており、一帯一路政策に象徴される中国の影響力拡大政策において米国への対抗心の強さを露呈した形となっているので、米・中経済関係は部分的な妥協はあっても、基本的にはこの対抗の構造は継続するものと見られる。トランプ政権はそれを望んではいないが、覚悟の上であろう。中国が国内市場の一層の開放を選び、米国とデイールするか統制を維持し小数国によるグループ化などにより縮小均衡を余儀なくされるかは同国次第であろう。
トランプ大統領がウクライナ紛争の仲介をし、ロシアとの関係修復を模索しているのはこうした中国の姿勢を踏まえてのものである。一方ロシアとしても、隣国中国との友好関係を維持しつつも、中国が世界一の経済大国となり対外的な影響力を拡大して行くことは望まないと予想される。
(2)岐路に立つ世界経済
日本を含む自由市場経済諸国は、米国との報復関税の応酬を回避し、護るものは守り譲るべきは譲り、デイールによる解決を図ることが望ましい。EU諸国も、報復関税で臨めば中国の立場を強くするのみで望ましくない。対米不買運動については消費者の自発的行動であれば仕方ないが、その間隙を中国車などが埋めることになれば中国を利するのみであると共に、中国の市場開放を意図するトランプ政権の努力に水を差すことになり好ましくない。長期を見据えた冷静な対応が望まれる。
トランプ大統領は、ファースト・ビッドでは従来の政治慣行からすると意表を突いた政策を強引に進めようとしているように映るが、大統領顧問や補佐官、閣僚等の意見にも耳を貸し、落とし所を見極めながら調整する意向と見られる。今後、米国の政策上のグランド・デザインや狙いを見極めながら、2国間の限定的・局部的関心分野と関税の動向を注視し、相互主義とフェアネスに基づく多国間主義への転換を図るべく、また貿易収支のみに限定せず、資本収支・貿易外収支を含めた総合収支に基づく経済秩序を模索して行くことになるのではなかろうか。これは同時に地政学的力関係、勢力地図に影響を与えることにもなろう。(M.K.)
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