上野毛0527→大井町0600→品川0608(急行)→羽田空港0715(ANA811便)→米子空港到着時刻が、0835の予定が0840着に。乗客は50人もいなかったのではないか。かなりガラガラ。米子空港が自衛隊と共用であることを知る。
小雨の降る中、徒歩で空港の敷地外へ出る。県道との交差点までは立派な道であったが、そこを超えると、いちおう舗装された農道。その中を突き進んでしばらくすると、JR境線の単線とぶつかるので左折、しばらく行くと、中浜という無人駅にたどり着く。
境線の各駅には、妖怪の名前を冠した「別名」がついているのだが、この中浜駅は「牛鬼駅」だそうだ。列車が来るまで周囲を観察していると、ホームひとつ分ほど境港駅寄りに、新たなホームを造っていた。米子空港の滑走路を2500mに延長することに付随する工事らしい。どうせなら、線路を空港ターミナルまで延ばして、米子や境港への快速列車とか走らせればいいのに、と思うのだが。
駅にいた数人の学生は、中浜0901発の米子行き2両編成「目玉親父列車」に吸い込まれ、0909発の境港行き1両編成「鬼太郎列車」に乗り込んだのは、わたくし一人。でも車内はそこそこ乗客は乗っていた。わたくしと入れ替わりに数人の学生が下車したのは、なんだったのだろうか?
0921境港駅、いや「鬼太郎駅」着。こぢんまりとした駅舎の屋根には灯台を模したランドマークがあったが、その隣には、観光会館らしき巨大な建造物があった。駅前広場には、原稿を書いている水木しげると、それを眺めている鬼太郎やねずみ男の像が。同じ列車に乗っていた中学生くらいの女の子4人組が、ジャンケンで順番に水木しげる像の隣に座って写真撮影をしていた。写真の目的は、わたくしと同じと思われる。
駅前から市の中心部へ向かう一本道には妖怪のブロンズ像が並んでいて、「水木しげるロード」と呼ばせているそうである。ブロンズ像以外に何もないゴーストタウンをしばらく歩いていると、大正川という川があり、そこの橋の欄干に、寝そべった「ねずみ男」発見。最初の写真撮影会。
川を渡った先はアーケードの商店街なのであるが、土曜日の朝だからなのか、ものすごく静かで、大半の店はシャッターを下ろしていた。しばらく進むと、今回本命視していた、等身大の「ねずみ男」発見。写真撮影を行ったのであるが、アーケードの真下で、ねずみ男の背後には車道があって明るいため、どうしても逆光になり、撮影は難航した。それでも何とか撮影を終了し、帰り支度を始めていたら、「あ、ここだここだ」と言いながら若いおねーちゃん2人組がやってきて、写真撮影開始。やはり目的は、わたくしと同じだったようだ。
とにかくこの境港というところは妖怪に洗脳されていて、いたるところに鬼太郎プリクラとか鬼太郎飴とか鬼太郎酒とか、鬼太郎や妖怪のグッズを売る店があった。その開店準備をしている人たちが、観光客に向かって「おはようございま~す」とハイテンションで挨拶する姿に、鬼気迫るものがあった。呪われた街である。
そんな妖怪からの呪縛からなんとか逃れて境港駅に戻り、駅前交番も「鬼太郎交番」と名乗っているのを確認し、先ほど女子中学生に占領されていた水木しげる像でも一応写真撮影し、1009米子行き列車の到着を待った。
するとそこに入線してきたのは、なんと「ねずみ男列車」では、あ~りませんか! ここで会ったが百年目、列車に乗り込む人たちの目線を気にしつつ、撮影開始。
車内にも、天井なんかにねずみ男の絵が描いてあったりするので、当然撮影をしつつ、1059米子着。ちなみに米子駅は「ねずみ男駅」なので、ここでも、乗客がいなくなってから写真撮影。
駅構内で立ち食いそばを食べ、これからの長旅に備えて週刊誌など買って、移動開始。米子1132岡山経由播州赤穂行きに乗車。米子→(山陰本線)→伯耆大山→(伯備線)→倉敷→(山陽本線)→岡山→東岡山→(赤穂線)→播州赤穂、まで、乗り換えなしで直通。播州赤穂着1608なので、約4時間半座りっぱなし!
1時間もすると、尻が痛くなり始め、雑誌もざっと最後まで見終わってしまう。1318新見着。ここから、姫新線という姫路へ向かうローカル線が出ていて、しかも1331発だから乗ってみたいところではあるが、なんと、この路線、毎月第四土曜日は運休、なのである。そう、12月22日は第四土曜日、乗り換えできませんでした。
1407備中高梁。ここではじめて、わたくしの座ってるボックスの、斜め前に乗客が座る。車内徐々に乗客が増え、1458岡山でかなりの乗客が降りたが、その倍以上の乗客が乗ってきて満員に。赤穂線内で少しずつ減っていったが、そのうち睡魔に襲われて記憶寸断。気が付いた時には、米子乗車時と同じくらいにまで減っていた。しかも、米子でわたくしと反対側のボックスに座っていたおねーちゃんが、何故かわたくしの斜め前に座って、ベビースターラーメンをボリボリ食べていた。最初は新聞を読んでいたから地元のOLさんかな? と思っていたのであるが、どうやら「鉄子」だったらしい。
播州赤穂には、どうやら定時より2分くらい遅れたらしい。すぐに、向かい側に停まっていた1609新快速草津行きに乗車、すぐに発車した。赤穂見物も考えていたが、雨だったので断念。新快速も最初ガラガラだったが、相生で8~9割の座席が埋まり、神戸からはラッシュ並の混雑。1743大阪でほとんどの乗客とともに下車。環状線で京橋へ。「その筋」っぽいおっちゃんがいっぱいいて写真撮影が困難なアーケードを通り、グランシャトー近くの餃子の王将で夕食。京阪の1840各停出町柳行きで門真市へ向かった、というわけである。
小雨の降る中、徒歩で空港の敷地外へ出る。県道との交差点までは立派な道であったが、そこを超えると、いちおう舗装された農道。その中を突き進んでしばらくすると、JR境線の単線とぶつかるので左折、しばらく行くと、中浜という無人駅にたどり着く。
境線の各駅には、妖怪の名前を冠した「別名」がついているのだが、この中浜駅は「牛鬼駅」だそうだ。列車が来るまで周囲を観察していると、ホームひとつ分ほど境港駅寄りに、新たなホームを造っていた。米子空港の滑走路を2500mに延長することに付随する工事らしい。どうせなら、線路を空港ターミナルまで延ばして、米子や境港への快速列車とか走らせればいいのに、と思うのだが。
駅にいた数人の学生は、中浜0901発の米子行き2両編成「目玉親父列車」に吸い込まれ、0909発の境港行き1両編成「鬼太郎列車」に乗り込んだのは、わたくし一人。でも車内はそこそこ乗客は乗っていた。わたくしと入れ替わりに数人の学生が下車したのは、なんだったのだろうか?
0921境港駅、いや「鬼太郎駅」着。こぢんまりとした駅舎の屋根には灯台を模したランドマークがあったが、その隣には、観光会館らしき巨大な建造物があった。駅前広場には、原稿を書いている水木しげると、それを眺めている鬼太郎やねずみ男の像が。同じ列車に乗っていた中学生くらいの女の子4人組が、ジャンケンで順番に水木しげる像の隣に座って写真撮影をしていた。写真の目的は、わたくしと同じと思われる。
駅前から市の中心部へ向かう一本道には妖怪のブロンズ像が並んでいて、「水木しげるロード」と呼ばせているそうである。ブロンズ像以外に何もないゴーストタウンをしばらく歩いていると、大正川という川があり、そこの橋の欄干に、寝そべった「ねずみ男」発見。最初の写真撮影会。
川を渡った先はアーケードの商店街なのであるが、土曜日の朝だからなのか、ものすごく静かで、大半の店はシャッターを下ろしていた。しばらく進むと、今回本命視していた、等身大の「ねずみ男」発見。写真撮影を行ったのであるが、アーケードの真下で、ねずみ男の背後には車道があって明るいため、どうしても逆光になり、撮影は難航した。それでも何とか撮影を終了し、帰り支度を始めていたら、「あ、ここだここだ」と言いながら若いおねーちゃん2人組がやってきて、写真撮影開始。やはり目的は、わたくしと同じだったようだ。
とにかくこの境港というところは妖怪に洗脳されていて、いたるところに鬼太郎プリクラとか鬼太郎飴とか鬼太郎酒とか、鬼太郎や妖怪のグッズを売る店があった。その開店準備をしている人たちが、観光客に向かって「おはようございま~す」とハイテンションで挨拶する姿に、鬼気迫るものがあった。呪われた街である。
そんな妖怪からの呪縛からなんとか逃れて境港駅に戻り、駅前交番も「鬼太郎交番」と名乗っているのを確認し、先ほど女子中学生に占領されていた水木しげる像でも一応写真撮影し、1009米子行き列車の到着を待った。
するとそこに入線してきたのは、なんと「ねずみ男列車」では、あ~りませんか! ここで会ったが百年目、列車に乗り込む人たちの目線を気にしつつ、撮影開始。
車内にも、天井なんかにねずみ男の絵が描いてあったりするので、当然撮影をしつつ、1059米子着。ちなみに米子駅は「ねずみ男駅」なので、ここでも、乗客がいなくなってから写真撮影。
駅構内で立ち食いそばを食べ、これからの長旅に備えて週刊誌など買って、移動開始。米子1132岡山経由播州赤穂行きに乗車。米子→(山陰本線)→伯耆大山→(伯備線)→倉敷→(山陽本線)→岡山→東岡山→(赤穂線)→播州赤穂、まで、乗り換えなしで直通。播州赤穂着1608なので、約4時間半座りっぱなし!
1時間もすると、尻が痛くなり始め、雑誌もざっと最後まで見終わってしまう。1318新見着。ここから、姫新線という姫路へ向かうローカル線が出ていて、しかも1331発だから乗ってみたいところではあるが、なんと、この路線、毎月第四土曜日は運休、なのである。そう、12月22日は第四土曜日、乗り換えできませんでした。
1407備中高梁。ここではじめて、わたくしの座ってるボックスの、斜め前に乗客が座る。車内徐々に乗客が増え、1458岡山でかなりの乗客が降りたが、その倍以上の乗客が乗ってきて満員に。赤穂線内で少しずつ減っていったが、そのうち睡魔に襲われて記憶寸断。気が付いた時には、米子乗車時と同じくらいにまで減っていた。しかも、米子でわたくしと反対側のボックスに座っていたおねーちゃんが、何故かわたくしの斜め前に座って、ベビースターラーメンをボリボリ食べていた。最初は新聞を読んでいたから地元のOLさんかな? と思っていたのであるが、どうやら「鉄子」だったらしい。
播州赤穂には、どうやら定時より2分くらい遅れたらしい。すぐに、向かい側に停まっていた1609新快速草津行きに乗車、すぐに発車した。赤穂見物も考えていたが、雨だったので断念。新快速も最初ガラガラだったが、相生で8~9割の座席が埋まり、神戸からはラッシュ並の混雑。1743大阪でほとんどの乗客とともに下車。環状線で京橋へ。「その筋」っぽいおっちゃんがいっぱいいて写真撮影が困難なアーケードを通り、グランシャトー近くの餃子の王将で夕食。京阪の1840各停出町柳行きで門真市へ向かった、というわけである。
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