ことばにならない風の声

今日もどこからか風はやってきてやがてまたどこかへいくだろう。
何に向かっているのか己でさえもわからずに、、。

音楽。

2019-01-31 14:43:28 | 音楽


最近よくよく音楽を聴くことがなかなかないのであった。

となりの人はもっぱらジャズばかしで、あたいもいつしかジャズは聴きやすいなぁと思ってたりして。

とはいえ、気分が乗ってないときにがしゃがしゃされると生音じゃない限り、うるさく感じるのもジャズなわけだが。



昨日の夜、久しぶりにYouTubeを開いて、ホイットニーヒューストンのライブのやつを見ていたら、あーかっこいいなぁと思って、他にもなんか出てきたビヨンセやら、マライアキャリーやら、セリーヌディオンやらも聞いていたが、あたしゃホイットニーヒューストンがすきだなぁと改めて感想を抱いたのだった。


とにかく、声が美しくしかも顔も好みみたいだ。

それでいてさっぱりしている声質を感じるんだな。


ホイットニーヒューストン




ビヨンセ


これまたかっこいい。

なんか、アメリカっぽいって言いたくなる。

とは言っても途中から知らない男の人がギター弾いたり歌ったりしてくると飽きてきて最後まで見れなかったりするんだけどね。


けど、これだけだと、なんだか申し訳ないので、こちらも貼っておこう。


ビヨンセ listen

映画のもので、生でもこんな歌えるんやなぁと驚き。




マライアキャリー


こんなライブCDでよく聞いてたものの動画があったとは!

これはこれは、ほんと、歌姫って感じやね〜。





そいで、この流れでこれかよって感じのこれで、締めてもらおう!

これもまたかっこいい。


T字路s


この声。

このゆっくりしてくれる感じ。

かっこいいのだった。





妄想と現実。

2019-01-21 21:51:25 | 日記



私は自分のことをつよい言葉で表すならば自律神経失調症気味やと思っている。

のは、最近のこと。


まぁなんというか、自分が自分で手に負えないというか、自滅してしまう感じを感じるからだ。

そこまで言葉ではっきり思う必要もないとは思うけど、情緒不安定やわ〜みたいなことをよく感じる。


んーとは言え、自覚もないところがまた手に負えないのですが。

私の場合、寒いとか熱いとか、眠いとか、疲れてる、てのと、気持ちの加減がとっても密接な気がする。

イライラしたあと、気づいたら、あ、さぶい、、みたいな、そういうつながりはひしひしと感じてもいる。


機嫌が悪くなるとぶーすか度合いが半端じゃないことを知っている。

みんなある程度そういうもんとしてあるとしても、自分がかわいいし可哀想なんやろね、自分をとことん慰めたいというのかな、結局自分が何もしなくていい方法をとっているらしい、楽したいらしい、隣の人に言わせるとこうなる。


にしても、すごいことだ。

自分で自分はコントロールできないが、妄想と現実の境がわからなくなってたりする。


それくらい、この頭ってのは厄介だ。

妄想が実に巧妙というのか、事実っぽい。

それにまたどっぷりはまってたりもする。

その妄想は自分にとってそんないい感じなものじゃなくてもそれになんでどっぷりはまれるんだろうって思ったりもする。


嫌ならやめればいいのにね、それができないのは、なんでだか。

妄想することで恐怖?不安?を軽減しようとする働きなのか、たとえば妄想が現実になったときのために、そのときの自分を少しでも和らげようとしての作業を、言えば、仮の想像上の未来の自分のためにしていることなのかー?

いや、そこまですることないってのにと思うけど、妄想までして余計に今苦しい気がするのに、変だよなぁと思うけど、最中ってのは、なかなか気づきもしない。



すごいもんだぜ、と思う。

けど、その妄想して苦しむという私というのも否応なく間違いなく現実なわけだし、困ったぽんきちなのら。

いやー、心はこわい。

何をどうしたいのか自分でもさっぱりわからん。

いや、わかりたくないのかもしれん。



最近隣の人がしきりに運動に誘ってくるもんで、庭で縄跳びしたり、キャッチボールを下の運動場でしたりする。

今日なんかは、キャッチボールしたあと、かけっこもしたし、あと帰りの上りの階段もかけたもんだから、すでに太ももが筋肉痛。


息があがって、日々ぐーたらしてるだけに勝手なもんやなぁと思った。

勝手に走ってみて息切らしたり、勝手にごろごろ寝転んでぐーたらしてみたりしても、体が何を求めてるかわからないまま、こっちの勝手で動かして楽しませてもらってる、と思ったさ。

体はいつでも息上がることもできてすごいなぁ。

実際にとんと走ってなくても走れるのだから。

走ってみようとやってみたら走れるもんだ。


今日は運動場2周の中距離レースもしたし、久しぶりに走ったーて感じなんだ。



あとは、隣の人がしきりに朝日を浴びようってのがすごくてそれに誘われる。

なんか知らんが突如朝日に目覚めだした夫。

朝日はすごい!朝日は気持ちいいぞ〜って言って、ふたりして休みの日の晴れた午前中は日光浴だ。


やっぱりお日様の力は偉大であんな寒がってた体がうれし〜って伸び出すかんね、やっぱよくできとる、そうやってるとつながってるんだなあ、太陽とも、と思う。


そんなこんなで、はや1月も終わりに近づきつつある。

こちら九州は、まるで春な毎日でなんだかおかしいね。




髪の話。

2019-01-18 11:50:55 | 日記



なんやいうてこの自分のこの髪にはとんと悩まされておる。

自分で髪を切ることになってどれだけ経つやろか、その間二、三度は人やらにしてもらってもだいたい3年ほどか。


今は気になりだすと気になるから、というかすぐにもっさりしてきちゃうから、月に二度近くは切ってるかもしれん。
自分でね。

自分では頭の後ろが見えんでしょう。

けど、自分で切りたいんだよなぁ。

けど、思うように切れないんだよなぁ。



昔から美容院というものに苦手意識が強い。

なんかオシャレそう、だとか、なんかまな板の上のじゃないけど、そんなやんけ、それにほとほと困っている自分に出くわすのが面倒くさいのだ。


行きつけのとやらになる前から諦めている。

そんなんで、前は髪が長かったからよかったのだ。

そんなしょっちゅう切らんでいいし、見た目もどうでもなる感じあったし。


そやけど、これ、短くなってからというもののよ、休みの日なんか朝起きてから髪爆破したまんま夜を迎えてたりする。

私はまだいいよ、私の頭やし視界に入らんし、ただもさもさしてるなぁってのがあるだけやし。

けんど、隣で私の顔やら頭やらしょっちゅう見ないけん人は嫌かろうなぁなんて思って。

目の前で朝から晩までモンチッチみたいなきのこみたいな頭を揺らされてるんだもんねぇ。



私の髪質ってのは、非常に厄介で、なんせ髪が太い、そして、ごわい、まっすぐで、そして、髪の量が多い。

どこの美容院行っても必ず髪多いですね〜ってニコニコしててもちょっと手が面倒くさくなってきてるというか、疲れてきてる感ありながら言うてくるものね、ま、それもそのはずの量なんです。

美容院みたいに丁寧に切ろうと思えば切っても切ってもですわ。




そんなこんなでなかなか納得いくってのは難しいし、髪はまたすぐ伸びるし、まだまだ続くのであったー、やね!






この人はいいよなぁ格好良くて。



新年明けましておめでとうございます。

2019-01-02 22:22:58 | 日記


いやー、初々しい風のように感じます。

が、いつもそのはずなのですがね。

なぜか、31日などひとりで車で毎日通う仕事場まで45分あたりかけて走っていると、清々しさを感じたりして、年の瀬だ〜と深妙な気持ちが致しました。


年末の数日はバタバタとしました。

したいこともできないままのことも多くありました、が、大晦日に本堂で法衣を着てお経を読み、除夜の鐘をつきました。

人が数名来られまして、おぜんざいをみなさんでひとくちずつほどいただきながら、おしゃべりしたがです。

ドイツ人の彼も来てて、ドイツでは、大晦日はみんなロケット花火に興じるがそうです。

実際その時期しか販売もされないそうで、未成年はまた買えないのがですって。



日本の年越しは静か〜と言ってました。

これもすきとも。



ほんに、年越してから、ふたりでいると静かなもんで、いつもならもっと大勢の方々と会っておせちを食べてるところ、実家でしたらば、毎年の年越しとお正月の三が日の恒例の順序があってそれが目に浮かび、、

なんだかさびしいものだと感じたのでした。


夫は変わりなく、いつものドラムの練習もしますし、私は借りてきた映画を観たりして過ごしておりました。

が、今晩は、久々トランプをしたもんだらば、ふたりでもセブンブリッジはやはしたのしいもので、お正月した〜てな気分になりました。



ほいで、やはり、お正月の御節なんていうものは、いいだすね。




元旦

思いがけず、年越しましたそばになりもしたばい。









1日の夜

里芋をつぶしたのに、小エビのあらく刻んだものと人参ごぼうのみじん切りと、冷凍していた枝豆を入れて団子にして、フライパンで裏をしっかり焼いて、表はきれいにするため焼かない、ほいで、かるめのあんかけにした。

かぶもあったから。

これがなっかなかに美味しくてビバルディでやんした。

小エビが小エビも小エビでいつぞやか冷凍していた量もないんやけど、背ワタはらわたの処理をまめにしたのがよかったのやもしれん。






2日の朝。



見た目わるいね。

これ、夫のお母さんと手作りしたがんもどきをあんかけに。

あんは、大根おろしと長芋のかけらが残ってたから、四角に切ってそれも入れた。

これ美味しかったなぁ。

がんもどきがまた具沢山やったのら。




これまた見た目わるいけど、うまい。

昔からお正月の母上の筑前煮がすきやったのだ。

これもおいしかったが、やはり母上のにはかなわない、何がなんだろか。




お雑煮がまたビバルディに美味しい!

やはり、お正月はお雑煮だべな!







そんなこんなで、

年の暮れ、年の瀬、年末、師走、大晦日、

年始、元旦、元日、新年、御節、お雑煮、

またこういう言葉たちが響きをもってそのときそのときを知らしめてくれています。

なんだか、妙にうれしいがです。


そんなこんなで、2日は書き初めの日ですよね。

昔は宿題があったからこの日にやりもした。

やらずじまいでやんした。


さて、こんなブログを読んだりしてくれたりして、ありがとうございます。

読む人がいるだろうと勝手な妄想あって初めてものを書けているのだと思います。

そんなこんなで、どうぞ、また今年もよろしくお願い致します。