ことばにならない風の声

今日もどこからか風はやってきてやがてまたどこかへいくだろう。
何に向かっているのか己でさえもわからずに、、。

由布岳登ってきた。

2018-10-06 21:48:25 | 旅行


由布岳二度目〜。



頂上は雲で覆われていましたよ〜。


高さ1583メートルですって。


大分の知り合いの方々結構登山する人が多い。

多分、山が周りに多いのだよ、多分。

でこぼこしてるもんね、見渡す限り山。



山登り、最初歩き始めの15、20分ほどは、なーんかしんどくて、うわーこんなしんどいっけ?っていうくらいしんどい。

こんなんじゃ頂上まで行ける気しないよってくらい。

そいで、もー頂上までいかなくていいんじゃない?とか、頭の中では楽しようと楽になりたいとそんな気持ちがむくむくと、、。

だけど、段々と登ってきて、やっと半分超えたぐらいから、きついんだけど、やる気が出てくるっていうか、不思議だ。

けど、頂上を感じられると余計に気持ちもついていく。


そして、上らへんはよい風が吹いていた。

気持ちいいくらいの冷たい風だ。

けど、台風直前で日照りが暑くもあった。


また、最後のラストスパートは、崖責めで、ほんと岩を抱え込むような感じで、足はつま先しか岩に乗ってないの!

結構怖くて怖くてびっくらこいた。

落ちたらアウチでしょ。

こんなんみんな平気に登るんかと、びびったよ。



けど、頂上でのお弁当がまた美味しく、満腹に食べてもた。

他のおじさんおばさん方がみーんな見る限り、コンビニおにぎりにサンドイッチ、もしくは、インスタントラーメンなことに驚いた。


え、登山は、手作り弁当がいいんでしょ!

この年代でコンビニかよって心の中で突っ込んでたけど、案外ああいう年代の方がそういうこと気にしなくなるってパターンも多いのかも、と推察して、納得していた。



、、にしても、カップラーメンは、頂上の寒いところでは、うらやましかった。

すんごい美味しそうに食べてるのだ。

ありだなって、二人で言い合った。


そんで、下りは、なーんか知らんけど、わたしめっちゃ得意なの!!

笑えるくらいに。。。

なんか、もう最早先祖岩場をかける鹿なのでは?ってくらいに、ピョンピョン降りれる。

いろいろ石とかいっぱいあるわけで、ふつうに頭で考えて降りようとしたら、大変な道なはずなのに、もうなんか見た瞬間に判断しながら、乗る岩に目つけてすごい速さで降りれるの!

なんか最早走ってるレベルで!

すごい不思議だけど、能力?こんなとこにあったの?ってくらい。

下りながら、昔、小さい頃から隣の家がちょっと山の上にあって、だから、その家のこと、お山(おやま)ってみんな呼んでたんだけど、お山から下りるときもそんな道だったもんで、そこを駆け下りるのと同じ感覚っていうか。

その道がずっとただ続いてるだけっていうか、そんな感覚で下りれるんだよね。

結構お山から下りるとき、私最速に早く下りたりとかしてたから、実は。

いやーこんな能力が潜んでいたとはって感じ。



そんでひとり先をサッサと行くもんだから、連れ合い、足痛くしてしまって、ついてくるけど、遅くて、私が逐一待つ感じで。

けど、彼の登山靴、古いもんだから、靴底剥がれたわ、ありり。





そんなこんなで、由布岳登るのの、いいとこは、また下山後です。

湯布院の温泉に入るのがまたええんですわ。

これあっての登山やるようなもん。


湯布院の温泉は、すんごいのだ。

私は今まで、温泉嫌いっていうか、興味なしだった私が、人生の中でこんなに温泉に入ることになるとはってくらい、温泉に入るようになったんだけど、その中でも湯布院の湯はいい。

なんだよこれってくらいに、とろりとしてて、皮膚にとぅるんって、ほんとなんなのこれ?って感じ。

そいでいて、温度も高くて、冷えた身体にピリピリきて、入って、出て涼んで(露天風呂)、を繰り返して入るんだけど、温泉から上がったあとも、何時間でも身体があったまったまんま、これがすごい。

とにかく極楽極楽〜て言いたくなるのもわかる、こういうこってすかぁって感じ。



そんなこんなで、登山っていいんだね、ほんと。

今度は九重連山の紅葉の見頃時期がいいね。










大分・宮崎・熊本、旅行!

2012-10-07 23:49:26 | 旅行




そうなのだー!行って来たのだー!
九州へ来たものの、この福岡県から出ることってそうなくて、九州もっと色んなとこ行きたいなぁと思いつつ、な感じでしたが、
この前初大分、宮崎、熊本でした。


車をレンタルして、私含め6人で行きましたのよさ。
いつものじんかんの6人なんだけど、その人らの実家へいこう!ツアーという感じですね。
6人のうち2人が大分で1人が宮崎の島浦という、島生まれの子がいて、その3人の実家へ伺いました。


まず朝早くに北九州を出て、車で大分までドライブ~、何時間だろ、3時間?もかからないで大分に到着。
そこでふたりの実家に行く予定もなかったようなあったようなで、事前に連絡もせずで、大分に着いてから二人が実家に連絡。
来ていいよ、とのことで行きました。
1人はかわいいそらくんという犬が迎えてくれて、コスモスがきれいなお庭のおうちでした。
お父さんだけいらっしゃって、みんなの写真を撮ってもらいました。
とてもやさしそうな顔したお父さんだった。


もう1人は、お母さんがわざわざ私たちのために近くのおいしいシュークリームを買ってきてくれてて、
コーヒーとシュークリームを図らずも3時のおやつの時間にナイスタイミングで頂きました。
それぞれの家、30分もいたかどうか、という感じやったけど、ご両親あたたかく迎えてくれてありがたや。
うれし申し訳なし、緊張しました。けど、なんか妙に嬉しかった。




そんで、大分ではこれを食べなくてはーということで、、


どーんんん!!!!



大分名物、日向丼、です。大分の名物かはわからないけど。
まぐろを味噌とかごまとかであえてあるもので、うん、何口か食べさせてもらったけどおいしかった。


それで私はといえば、人生初の海鮮丼と呼ばれるものをいただきましたー!
どーんんんん!!!!!





お魚が新鮮やった。けど高いねぇ、うーむむ。



そんなこんなで大分をあとにし、その日はやっとこさ、宮崎へ。
宮崎の延岡市島浦出身の友達の実家にお泊まりさせてもらいました。








豪華な夕食。
んもう、みーなさんであったかく歓迎してくれて、これはこれは、本当に驚いたし嬉しかったし、申し訳なかったし、たのしかった。
おじいさんおばあさんから、お父さんお母さんみんな、あったかい。



島浦はね、人口も少なく、みんなが家族みたいな雰囲気で、その島浦出身の子がなんでこんな子なのかわかる気がしたね。
というか、島の人がみんなその子そっくりというか、なんていったらいいのか、その子の持つあの人なつっこいあっけらかんとした明るさは
こっからくるんだわ、と見て感じれた気がしたね。
もっと島を探検したかったけど、時間もなく、次の日、すぐまた移動したのだった。




次は、一応メインイベントでもある、高千穂峡へ、いざ参らん!

だだーん!










いんやーすんげかった。
なんかこんな景色が日本の中にあるのか!と。うん。
帰りね、こっからまた福岡へ帰るときに熊本を通っての道だったんだけど、
熊本の阿蘇山付近まで登ってて、すんごく空が近く感じたし、てんきがよかった、
なんかね、景色がとーっても雄大なんだ、こんな景色見るのはじめてだった。
大分に入ったところから、見渡すとこ遠くが全部でこぼこの山があって、こんなでこぼこの風景って地元じゃ見ないな、と感動してて、




一応写真撮ったけど、これ見ても、、という感じね、これは大分。


熊本は、ちょうどその車で走った道がということもあるんやろうけど、もう山脈がありありとわかるし、
時には、ある山脈の頂上を見下ろしていたりして、なんかね。とにかくでっかい景色だった。








けんど、しかし、どこもゆったりした田舎という感じで、懐かしい気持ちになったね。
やっぱり田舎はいいなぁと思いましたわさ。




それに、みんなの家族に会うってずっと前からみんなの夢だったけど、それが着々と実現していることがうれしいたのしい。
ここでこの子は育ったんか、過ごしてきたんか、ってね。
すんごい不思議な気分やった。
そして、みんなの両親には大変お世話になりました。
至れり尽くせり、とはこのことやった。
とにかく、たのしい旅行でしたの~。





京都3泊4日の旅。

2012-09-09 23:40:13 | 旅行



これも長い。読んでられませんね。うーん、けど書きたいことがたくさんあったんだ。





9月7日
兄は仕事でいないので、ひとりで京都散策。
ひとりで知らない街を散策するのは、そんなに、ていうか、ほぼない、初めて?だったりする。
とにかく、下町というのか、なんだか今日の都っぽいとこに行きたかったけど、
そんなのより街中がどうも気になった。
でかい街な気がした。








八坂神社
これは何の像なんだ。











ほっそい路地裏

これ奥まで続いているんだよ、ずっと奥まで、なんとまぁ。
こんなの初めて観たし、こんなのがいっぱいあって驚いた。



夕方になり家に帰りたくてバスに乗りたかったのだけど、どこで降りたらいいかもわからず、
乗りたいバスのバス停が見つからず、どんどん辺りは暗くなっていき、心細く、
iPhoneを駆使してどうにかしようにもできず、、困り、日本内でもこんなに困るときがあるんだと思った。
そいで、あるおばさんに声をかけると、その人とってもいい人で、ほっこり。ラッキーだった。


そんなんで歩き疲れて帰宅してから、大阪にいる青ちゃんと焼き肉食べに出かけた。
青ちゃんもわざわざ出てきてくれたのだ、うれしいかぎり。
ふたりで焼き肉食べて、変な感じ、だけどたらふく食べて、なんかしゃべってたのしい。
青ちゃんという奴も不思議な人で、こんなことを言う人なの。
「いや、言いたいことはなんとなくわかるけど、もっとちゃんと言って、言葉で言って、説明して」
とか言うのだよ。

なっかなかこんなふうにどーんと入ってくる人っていないよね、面白いよね、しかもおしゃべりだから私としては嬉しい限り。
いい幼なじみだなぁって、しみじみ。



けどね、兄が帰ってきてからは、二人対私みたいな感じで、ふたりのその近い感じにくっそうとなった。
私が過ごすこっちの中での、普通な感覚、それがふたりには通用しない、ふたりにとっての普通な感覚。
そりゃみんな違って当然だけど、それでいいんだけど、それがいいんだろうけど、私まだまだガキですから、ふふん。
けんど、そういうのもたのしい、いまとなっちゃ、いいなぁ、すきだなぁと。





9月8日
お昼、兄と担々麺を食べに。のあと、兄は仕事へ。
私はひとり、映画「おおかみこどもの雨と雪」を観て来た。アニメだね。
私は、サマーウォーズや、時をかける少女より面白いと思っちゃったよ。
なんかね、普通の感じが、普通の暮らし、というのか、自分たちにとっても近い感じがね、ほっこりしたし、
なにしろこどもたちがかわいかった。

そいでね、なんか知らないけど京都着いてから、経本が唐突に欲しくなっていて、しかも売っているお店見つけちゃったので買っちゃったのだ。
それから覚えるように毎日読んでいるの。



9月9日
兄は仕事お休みの日。
兄がうまいと言う有名なうどん屋さんに入った。1時間ほど並んで待ってた甲斐があった。
味はもちろんおいしくて、こりゃまた行きたいなぁと思ったほどだったけど。
とにかく、お店の雰囲気がとってもよかった。店長さんが多分いいんだろうな、働いている人みんないい笑顔なのさ。
兄も言ってたけど、ずっと行列できて忙しくて忙しくてって感じじゃないやろ?と。
ほんとに、みんなそりゃ仕事的にはてきぱきと動いているんだけど、なんかなぁ、あれ?っていうくらい、雰囲気がいい感じなのだ。
なっかなかないべぇ、ああやって働くことができるのはいいなぁって思った。
まず、店長さんのあの、ぺっかかーんん!!とした顔、そして、でかい挨拶。
すてきだなぁってなったな。


ほいでから、宇治へ向かったべさ。




京都は大きな川が多いよね、いいなぁ。
宇治はね、静かでいいとこだった。






暑くてねぇ、まだまだ夏って感じだった。







10円玉の平等院観てきた。
これもおもしろかったなぁ。
なんかさ、これ、いま見ている分にはとっても古めかしい建物で情緒あふれるって感じだけども、
実際はというか、当時は、もっともっとごてごてした中国風な色彩にあふれたそんなとこだったのさ。
そこ付属の美術館?みたいなのがあって入ったんだけど、復元した色が塗られた像とかがあってね、
こりゃすごいこちゃ、ごてごてで、これが日本だ!と言われても素直に頷けないものがあるね。
けど、昔の日本ってのはもっと想像よりもごてごてした中国っぽいアジアっぽい感じだったのかしら。
それもこういうものだけなのかもしれないけども。人々の暮らしは全然そんなことはないのかもしれないが。
わからないけど、おもしろかったばい。



そんなんで兄と見て回って、兄にとにかく感謝だ。
たまの休みを妹なんぞに割いてもらってね。
なんつーか、ほんと、兄弟は変だな、なんかなぁ、おもしろいなぁ、皆違うし。



京都からの帰り道、席の隣のおじさんが話しかけてきた。私くらいの娘がいるそうな。
とにかくほとんど話を聞くだけだったけど、改札まで一緒に歩いて、なんかね、それもまたよきかな、やったんだ。



そんな京都の旅でした。





この京都東京と、色んな人に出会えて、わざわざ私に会いに来てくれたりして、顔見てお話して、同じ空間を一緒に過ごして、
これは、なんつーか、これはすんごいことだ、と思った。
こんなことができる私という奴もなんて幸運、なんていうラッキーなやつで、ハッピーなやつなんやと自分で思った。
だって、それほど会う人皆さんが温かくて面白くて刺激的で、うれしいかった。たのしいかったです。
ありがとう、ですな。これはこれは。





あとね、旅の途中ね、ひとり、いっや~な人に1人だけ会ったのですわ。
ほんとそこまで言わんでもいいでしょ、と最近滅多に腹立てることがなくなった私が兄に愚痴ってしまうくらいの。
その時は腹立つと言うよりもちょっとこわかったんだけど、びくびくしていたんだけども。
自分がやけに穏便に済まそうと、極力元気な感じで明るい感じで済まそうとする感じが自分でもようできるな、って思った。
なんでそんな対応ができるのか、んまそれ以上怒らせたくなかったんだな、こういうことをここに書くということでまた
こんなにも印象に残っていたのか、と自分で再確認しちゃうな。


いやな思いをするのはなんでそんなにも嫌なんだろう。
好かれていいことばかり、たのしいことばかりでないのというのが、本当に人生だなと、別に達観しているわけでもないけど、
なーんかあのいやなおじさんにも会うべくして会ったんだな。と、今なら思うけど、あのときはなんでこんな人に出くわした!?と思った。
いい思いばっかじゃないぞ、と。こういうのも味わって当然で、自分の思いが全く通じない人というのもいるんだなって改めて思わされる。



色んなこと学べたかしら。
あ、学べたこと、これってのあった。
しっかりと毎日自分のために自分でごはんを食べようとすること。
何を食べたいか、決めて作ってでも何でも食べようとすること。
これは基本だなって思ったから、それがいつまで経ってもできていなかったな、と恥じたので、
最近ごはんまともに作って食べています。
自分で自分がそうやることが嬉しいです。

多分これ、ごはんだけに言えたことじゃなくて、ひとつひとつのこと、きちんとできたらということだ。
私、それがどうしてもできていないから。ずるずる人間だからさ。
変われるぞって気になってきた。むふふ。うん、これからだな。






東京4泊5日の旅。

2012-09-06 23:14:26 | 旅行





日記調で、長いです、面倒ですが、こんな感じでしか書けないのだ。
簡潔に書いてもいいけど、それはなんだかなぁ、もっと書きたいことが出てきちゃうからできないんだ。





9月2日
9月1日、2日と東京にて父の法話会があった。
それに参加できたらと、2日に東京に向かって聞いてきたのだ。
一番上の兄が東京に住んでいて、彼は2日とも参加しにきていたこともあって、兄にも会えたし、
その法話会でまた色んな久しぶりの人に会ってきた。

ミラーさんとも何年ぶりだったことか、雅哉さんも何年ぶりだろう、あと加藤さんや柳井さん。
皆さん私に直接向き合って話してくれる感じがとても嬉しくてたのしかったな。


その会があった場所が押上駅で、ちょうどね、スカイツリー前駅でもあったのだ。





図らずも観れましたよ。中には入っていないけど。
お昼はなんともだけど、夜はまるでイカのようで、ぴかっぴかっと光ってた。不思議だのう。



父のお話は、そうだな、うーん、こっちはとてもにまにましながら聞いてしまったなぁ。
ちょっと後悔、もっとうーん、こう真剣に聞ければよかったのに。
別に真剣じゃなかったわけでもないんだけど、またもや、わかるぞう、ふむふむなんて思ってしまったんだな、どうも。
そんな自分がちょっと残念だなぁと反省でござる。
けど、そのライブはやっぱり面白かったな、聞く人によって入り方は全く様々で、なんかね、当たり前かもしれないけど、違う人なのね、みんなと思ったよ。



その日はミラーさんちに父と一緒に泊まらせていただいた。
夜、父が先に寝てからもミラーとふたりでミラーさんちのスカイツリーが見える屋上でお酒を呑みながらおしゃべりしたのが、不思議だった。
ミラーさんとも初めてあんなにしゃべったからなぁ。お話することができるんだな、と。









9月3日
翌朝、ごはんをいただき、お茶をいただき、ミラーさんちをあとにし、父と二人、映画を観に出かけた。
ちょうど高倉健さんの「あなたへ」がやっていたので、それを観に行って来た。
父はいつからだっけ、中学生?のころから健さんを映画館で観て来たので、健さんを観たかったのだとか。
私としては、映画どうこうよりも、父とふたり、東京の街中で映画を観たことがなんともじんわりやったのだ。



それでから、鎌倉の雅哉さんのとこへお邪魔した。
雅哉さんは私にとっておじさんで、父にとっては弟さんだ。
私が雅哉さんちへ来たのは記憶の中では小学生のときにひとつ上の兄と二人で来たとき以来だった。
雅哉さんも奥さんの美枝子さんも久しぶりで、なんか空気がとってもほっとするものがあり、とても居心地がよかったな。
美枝子さんの美味しい料理に、雅哉さんのたのしいお話に、うれしかったなぁ。





9月4日
そして、次の日、朝ご飯とお昼ご飯をいただきながらもずっと続く会話にほんわかしながら、雅哉さんちをあとしにて、
父はまた別の人に会いに、私はその東京に住む一番上の兄のところへ。
一緒に同じ方向の電車に乗ってからの、私が一駅先に降りることに。

なんだかね、こう与呂見で親と別れるのとはまた違い、街中で別れるのは無性に切なく不安なものがありまして、
胸にくるのだなぁ、どうもいかんなぁ、んま、与呂見から北九州に帰るときも毎度涙が出ちゃうのだけども、
最近ほんとこういうのつらいなぁ、としみじみ思うたよ。
この親に対してだとかの話をね、京都の兄としみじみ語ったんだ。
とても共感しちゃって困ったね。



んで、この日は東京の兄さんちでお鍋してさ、そこにたんたんも来てくれてさ、うれしかったなぁ、何しろ2年ぶりのたんたんなのだった!!
たんたんと雑魚寝して、しゃべって、




9月5日
起きたときには兄は仕事に出かけており、朝からたんたんと残りのお鍋をつつきながら、散々熱くしゃべっていた。
原発の話から、孤独について、人と話すということについて、とかわからないけど、とにかくとんとんとしゃべり倒した。
そのときに、あ、自分たんたんとしゃべれる!嬉しい!という感じでして、うん、本当にうれしかったな。


そいでお昼から下北沢をぶらぶらしながらだべだべして、終いにカフェに入ってからも何時間かずっとしゃべり通し。
昔のあの与呂見での毎日のこととかね、色んな遊びしたよなあ、とかね。
たのしくてたのしくて、散々笑わせてもらったばい。
んで、お別れしたときもね、あたいはね、別れたあと、1人で歩きながら、ぐっとくるものがあって、
こみあげてくるやつを止めるのに必死だったのだ。
すきだな、って改めて思った。出会えてよかったなぁ。幼なじみで嬉しいのだ。





その夜、また兄の家。
お互いマッサージし合う仲良さ。
別に会話がなくてもいい、なんかとってもいい人。






9月6日
兄さんが先に家を出て、私は洗濯をした。
全部乾いて、部屋の服もきれいにたたんで少しは感謝の気持ちを示したいと思ったのだけど。
通じたかはわからない、けどいいのだ、いい兄貴だ。


その夜、高校の同級生に会う。槙ちゃんだ。
なんだかね、とってもすきなんだ。槙のあの感じ、なんだろうね、んま私のことがすきなんだろうな、私もだけど。
いいもんだなって、へへ。なんてね、へへ。





その夜、京都の兄んちへ。
会ってすぐから、すんごいしゃべってくれる、しゃべらせてくれる、うれしい。
この兄とは多分一番しゃべれる、気兼ねなく。まるで友達。ではないか。
すんごい安心感があるよね。しかもね、私と結構似ている想いを抱いているし、それをまた言ってくれるからね、すんごい共感しちゃうんだべさ。
兄弟って変なの~。






そんな東京の旅。