🌸「南」に向かいたいロシア1
⛳ロシアから見た世界
☆ロシアは、肥沃な土地と不凍港が欲しい
☆ロシア国の起源は、東スラブ人が9世紀末
☆ロシアは、肥沃な土地と不凍港が欲しい
☆ロシア国の起源は、東スラブ人が9世紀末
*現在のウクライナ首都の周辺に築いたキエフ公国である
*キエフ公国は着々と国力を高め、10世紀末に最盛期となる
*キエフ公国は着々と国力を高め、10世紀末に最盛期となる
*キエフ公国、13世紀前半、モンゴル人の侵攻を受けて征服される
☆モンゴル帝国の国家の一つ、キプチャク・ハン国が築かれた
*モスクワ大公国が独立するまでの約2世紀半
*モスクワ大公国が独立するまでの約2世紀半
*東スラブ人はキプチャク・ハン国の支配を受けている
☆独立後、モスクワ大公国は、周辺地域を次々と統合する
*その後、ロシア帝国が成立し支配領域ユーラシア大陸の北半分
*その後、ロシア帝国が成立し支配領域ユーラシア大陸の北半分
*覆い尽くすほどにまで広がった
☆巨大な領域を占めながらも、ロシアの拡張路線が止まらなかった
*北極海に面した領土では豊かな農耕などかなわない
☆巨大な領域を占めながらも、ロシアの拡張路線が止まらなかった
*北極海に面した領土では豊かな農耕などかなわない
*冬ともなれば港も凍りついて使いものにならない
☆ロシアは、肥沃な大地と凍らない港を求めて
*南方への野心をたぎらせていた
☆ロシアにとって「南方」とは
*黒海・中東の方向か、朝鮮半島の方向かのどちらかである
*インド洋へは、ヒマラヤ山脈があり進出できなかった
⛳ロシア革命
☆ロシアは世界初の社会主義国家・ソ連になった
*革命が、第二次世界大戦後の東西冷戦の元となる
*ソ連はアメリカや西欧とはイデオロギーを異にする大国
*革命が、第二次世界大戦後の東西冷戦の元となる
*ソ連はアメリカや西欧とはイデオロギーを異にする大国
*世界大戦後の二極時代の一極を形成していく
☆南下政策に加え、イデオロギー対立という意味でも
*ソ連・ロシアは、主に東欧を舞台に
*西欧諸国と大規模な「押し合い」を繰り広げる
☆クリミア危機、ロシアのウクライナ侵攻
☆クリミア危機、ロシアのウクライナ侵攻
*ソ連が崩壊しロシアとなった今でも
*西欧諸国との押し合いは続いている
☆ベルリンの壁が壊され、ソ連が崩壊し冷戦は一応終了した
☆ベルリンの壁が壊され、ソ連が崩壊し冷戦は一応終了した
*西側の資本主義イデオロギーの勝利に終わったとされてる
*しかしその種火は、いまだに消えていない
*しかしその種火は、いまだに消えていない
⛳第一次ロシア・トルコ戦争
☆不凍港や肥沃な土地を求めて南下したいロシア
☆不凍港や肥沃な土地を求めて南下したいロシア
*食い止めたいオスマン帝国との戦いは、繰り返されてきた
☆ロシア帝国成立後も、200年間、断続的に繰り返された
☆西欧を手本に急激に近代化を推し進めたロシア
☆西欧を手本に急激に近代化を推し進めたロシア
*東方ではシベリア経営を進める一方、オスマン帝国の勢力圏
*黒海へとつながるアゾフ海の制海権を獲得する
☆北方戦争(スウェーデンに加勢したオスマン帝国との戦い)で
☆北方戦争(スウェーデンに加勢したオスマン帝国との戦い)で
*ロシアは敗れ、アゾフをオスマン帝国に返却する
*その後、ロシアはスウェーデンに勝利し、バルト海を制する
*スウェーデンに代わり、ロシアが新たな北方の覇者となった
☆第一次ロシア・トルコ戦争
*その後、ロシアはスウェーデンに勝利し、バルト海を制する
*スウェーデンに代わり、ロシアが新たな北方の覇者となった
☆第一次ロシア・トルコ戦争
*エカチェリーナ2世の時代となったロシア
*ふたたび南下政策が活性化し
*オスマン帝国への侵攻が始まった
*勝利したロシアはオスマン帝国領クリム・ハン国の保護権等を得た
*ロシア、両海峡を自由に行き来できる権利を得たことで
*勝利したロシアはオスマン帝国領クリム・ハン国の保護権等を得た
*ロシア、両海峡を自由に行き来できる権利を得たことで
*ロシアは大幅な勢力拡大に成功した
⛳第二次ロシア・トルコ戦争
☆ロシアが併合したクリム・ハン国をめぐる争いが発端
*クリム・ハン国はロシア領となったが
*クリム・ハン国はロシア領となったが
*クリム・ハン国のクリミア・タタール人はイスラム教徒
*帰属意識はオスマン帝国にあった
☆オスマン帝国
*ロシアに、クリム・ハン国の返還黒海北岸からの撤退を要求する
*これをロシアは拒否
☆第二次ロシア・トルコ戦争
*オーストリアがロシアを支持
☆第二次ロシア・トルコ戦争
*オーストリアがロシアを支持
*イギリスとスウェーデンがオスマン帝国を支持した
*ロシア優勢で、イギリスとスウェーデンは手を引く
*ロシア優勢で、イギリスとスウェーデンは手を引く
*孤立無援となったオスマン帝国はロシアに屈した
☆オスマン帝国
☆オスマン帝国
*ロシアのクリミア半島領有権などを認めた上
*さらに領土を削り取られることになった
☆ロシア中心の「ポーランド分割」
*ロシア、プロイセン、オーストリアが領土拡大を図ったのだ
*最後の分割後にはポーランドに残された領土はゼロ
*ロシア、プロイセン、オーストリアが領土拡大を図ったのだ
*最後の分割後にはポーランドに残された領土はゼロ
*ポーランドという国そのものが消滅した
☆第一次、第二次ロシア・トルコ戦争の勝利、ポーランド分割
*ロシアは、大幅な領土拡大を実現した
☆南下政策の中心人物であったエカチェリーナ2世の死
*ロシアの南下政策はいったん収まる
(敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
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⛳出典、『新地政学』
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「ロシア革命」「ロシア・トルコ戦争」「ポーランド分割」
(『新地政学』記事より画像引用)
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