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慶喜

心意気
「明日迄の命の気持ちで、人生を!」
「不老不死の気持ちで、知識の習得を!」

日本の歴史を動かした「魔の法力」2

2020年11月14日 | 宗教
🌸密教と開の日本史の古代

 ☆平安時代以前に、日本には”雑密”というものが伝わっていた
 *空海が持ち込んだものが純正な密教、”純密”
 *雑密は、体系化される以前の呪術密教
 ☆密教は、平安時代になって空海が請来した
 *請来とは(仏像や経典を海外から持ってくる)

⛳聖徳太子は「四天王の呪力」で物部氏を討伐した
 ☆役小角(えののおづぬ)
 *孔雀明王の秘法で、鬼神を使役し空中を飛行したといわれてる
 *雑密の法をマスターし、小角はあらゆる超能力を駆使した
 *修験道の開祖としてあおがれる行者小角は、飛鳥時代の人物
 ☆呪術的仏教者の元祖は、聖徳太子(厩戸王)
 *聖徳太子は、皇太子だが天皇に即位することがなかった
 *聖徳太子、女帝である推古天皇の摂政で実質的な統治を行なう
 ☆女性天皇
 *男子の皇位継承者が幼かった場合などに即位する中継ぎ的な存在
 *聖徳太子が存在していたら非常に不自然なことと言える
 ☆推占天皇が、聖徳太子に譲位しなかったのは不自然である
 *聖徳太子がふつうの人間でなかったのではないか?
 *聖徳太子は、空海に引けをとらないほどの超能力者だったのでは?

 ☆推古天皇は、仏教の呪術的側面に気づいた
 *呪術を、巧みに利用して、民衆の統治に利用した人だったのでは
 ☆日本に仏教がもたらされたとき
 *旧来の神道を奉ずる側との対立が生じた
 *仏教を奉する蘇我氏と、神道を奉する物部氏で武力衝突が起こった
 *日本最初の大規模な宗教戦争
 ☆蘇我氏に味方した太子
 *戦闘のさなか四天王の像彫り祈祷を行う
 *それまで優勢だった物部の勢いがピタリと止まる
 *蘇我側の矢が当たりだし、蘇我が圧倒的な勝利を収めた
 *戦勝を記念して建てられた大阪の四天王寺
 ☆これ以降、仏教は朝廷と深く結びついて隆盛をきわめる
 *日本史上に欠かせない重要なファクターの一つ
 ☆歴史的ターニングポイントとなったのは
 *「密教」という名称がついていないころの
 *聖徳太子の密教的な祈祷修法であった
 ☆聖徳太子については不思議な話が山ほどある

⛳「毘沙門天の霊力を移封した剣」で東北を制圧した坂上田村麻呂
 ☆空海との霊的な因縁
 *空海は聖徳太子の生まれ変わりだったという説もある
 ☆聖徳太子が祈祷・祈願した四天王
 *東方(持国天)、西方(広目天)、南方(増長天)、北方(多聞天)
 ☆北方の多聞天、単独では毘沙門天と呼ばれる
 *真言密教においては特別に、尊崇される神となる
 *毘沙門天や弁才天の「天」とは、神という意味
 *古代や中世においては「最強の武神」として信仰された
 ☆平安時代最初の征夷大将軍坂上田村麻呂
 *毘沙門天の威力を存分に利用した
 *坂上田村麻呂は、京都の清水寺を創建し、千手観音を尊崇していた
 *東北の朝敵征伐の遠征の際、彼が願をかけたのは毘沙門天だった
 *田村麿呂は、東北一帯を支配していたのは阿弖流為を滅ぼした

 ☆坂上田村麻呂
 *毘沙門天を祀る鞍馬寺に参じて剣をもらう
 *毘沙門天の霊力を移封してもらった
 *田村麻呂の岩手県の進軍ルート、毘沙門天を祀る地が連なる
 *田村麻呂の戦勝の跡地だ
 *田村麻呂がいかに毘沙門天の力に頼っていたか
 *”奇跡の毘沙門天ライン”である

平将門の乱は「真言宗最大の秘法」で鎮圧された?
 ☆「将門の乱」と称さねたこの大事件
 *陰から鎮圧したのも、密教僧であったといわれている
 ☆朱雀天皇の命により
 *寛朝(かんちょう)という真言宗の高僧
 *空海が刻んだとされる不動明王像を携えて東国におもむく
 *将門調伏の祈祷を行なった
 ☆常陸、下総、武蔵から相模までを制圧した将門
 *戦闘のさなかに突然、遠方から飛んできた一本の矢
 *馬上の将門の額に突き刺さった

 *総大将を失った反乱軍は、とたんに総崩れとなる
 *将門は不動尊の放った矢に射抜かれた
 ☆不動明王像は、都に戻されることなく成田の地に祀られた
 *成田山新勝寺のはじまり

瀬戸内海では藤原純友の乱が勃発で「大元帥法」修した
 ☆東西の乱に揺さぶられた朝廷は、国家転覆の危機に瀕していた
 ☆真言宗
 *宗門をあげて、最大の秘法「大元帥法」をおこなった
 *怨敵降伏のための最大にして最終の大秘法
 *国家存亡のときのみに修される究極の秘儀
 ☆将門の関東独立の夢
 *大秘法によってついえたのかも?
 ☆現代の皇室には平将門の血が入っている
 *将門の次女の遠い子孫、大正天皇の生母となった柳原愛子
 *”新皇”を目指した将門の執念皇室にまでたどり着いたのかも
                (敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
⛳出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介
 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
⛳詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
⛳出典、『眠れないほどおもしろい「密教」の謎』






日本の歴史を動かした「魔の法力」2
『眠れないほどおもしろい「密教」の謎』記事より画像引用)
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『コーラン』32(生きることを考える)

2020年11月14日 | 宗教
🌸『コーラン』32(生きることを考える)

 ☆イスラム教
 *「過激派を生む頑迷な宗教」?「世界一清廉な宗教」?
 *キリスト教に次ぐ16億の信徒数を誇る世界宗教
 *単に道徳や世界観の基準という枠をこえて
 *社会生活全般を律する基準にもなっている
 *日本に限らず他教徒にはあまり知られていない
 ☆他宗派の人々は「神のことば」に従う人々を理解する必要がある
 ☆著者、井筒訳

⛳『コーラン』の歴史
 ☆イスラム教の聖典
 ☆預言者ムハンマドに神から「直接」啓示された言葉
 *神がムハンマドに語ったのはアラビア語
 *他言語に翻訳されたものは、コーランと認められない
 ☆「神のことば」コーラン
 *文学としても第一級である
 ☆コーランは「唱えられるべきもの」という名のとおり
 *朗誦されたときに、その美しさを発揮する
 ☆「神のことば」だから聖書外典に相当するものはない
 ☆コーランは、ムハンマドの生前に多くの書記によって記録された
 *死後にまとめられた現在の形は114章からなる
 *クルアーンは、読誦して音韻を踏むように書かれている

⛳『コーラン』の概略
 ☆イスラムとは「神への絶対服従」を意味する
 ☆イスラム教徒は、神の教えとして信じている
 *世界が突然破壊される「最後の審判」
 *豚肉食を禁じるのは元来は寄生虫対策のためとする説もあるが
 *イスラム教徒は、経共に書かれているのを信じるとする立場
 ☆起源説には意味がない
 *神との直観的な同一化を重視するスーフイズム
 *イスラム教にも「宗教」としての普遍性がみられるとの議論はある
 ☆イスラム教では、「神の前で人はみな平等」
 *その原則が文字どおり重視される
 ☆イスラム教徒は「聖職者」の人々の職業が裁判をする
 *「イスラム法学者」でかなり独特だ

 ☆「聖職者」を資格づけるのが「信仰の深さ」でない
 *「知識の深さ」とされる
 *内面のことは神にしか判断できない
 *「神への帰依」に対して愚直なまでに冷徹である

⛳『コーラン』が及ぼす社会的影響
 ☆イスラム教は「過激派を生む頑迷な宗教」とみなされることも多い
 ☆イスラムは、神への服従を強調し
 ☆人間の傲慢さをおさえようとする傾向を本来持っている
 ☆そのことに、注目すべきだろう
                (敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
⛳出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介
 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
⛳詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
⛳出典、『世界の古典』




『コーラン』31(生きることを考える)
(ネットより画像引用)
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垂秀夫-「対中国」強硬派が新大使になった

2020年11月14日 | 韓国・中国
🌸垂秀夫-中国から「スパイ」まで疑われた

 ☆北京赴任時代は1年間に300回以上中国人と会う
 ☆垂秀夫-情報を集めた伝説の男

中国にとり「好ましからぎる」新大使だが
 ☆垂氏は、″対中強硬派″と見られている外務省官房長
 *チャイナスクール出身の垂氏、北京に新大使として赴任する
 *垂氏は、中国が二度にわたってスパイを疑ったことがある人物
 ☆中国共産党はある情報を収集した証拠を掴み
 *「好ましからぎる人物」として日本側に帰国を求めてきた人物
 ☆外務省はこれを受け入れた

「戦略的互恵関係」を発案して
 ☆垂氏は、「チャイナスクール」出身
 *外務省きっての中国語の使い手と評される
 *チャイナスクールでも必ずしも目立った存在でもなかった
 ☆垂氏は、北京赴任時代を振り返る
 *垂水氏は、中国で能動的に人に会った
 *ある1年を数えてみたら年間で300回以上、中国人と食事する
 ☆垂水氏は、中国から離れていた期間
 *年に3回は北京や上海に飛ぶ
 *人脈が錆びつかないように「メンテナンス」に努めた
 ☆垂氏は、外務次官、谷内正太郎氏から呼ばれ言われた
 *安倍首相が誕生で、日中間の新しいコンセプトを考えてほしい
 *垂氏が考え出したのが「戦略的互恵関係」
 ☆首相になった安倍氏
 *初めての外国訪問として中国を訪問
 *中国政府に「戦略的互恵関係」を提案した
 ☆垂氏は安倍訪中報道で
 *「戦略的互恵関係」の言葉が躍ったとき胸が熱くなったという

菅政権の対中政策を仕切るか
 ☆菅政権で、日中関係はどうなっていくのか
 ☆国賓としての習近平主席訪日はどうするのか?
 *今春の訪日はコロナ騒動で流れたが、計画としては生きている
 ☆二階幹事長は語る
 *外交は外務省がすべて決めるものではない
 *習主席の国賓としての訪日を念頭においた発言

 ☆垂氏がどう動くか
 *菅首相は垂氏を買っているといわれ、二階幹事長の支持も強い
 *垂氏は「対中強硬派」といわれることが多い
 *実態は「現実主義者、リアリストでないと大使は務まらない
 ☆難問は「注目の新駐中国大使」が仕切ることになる
                (敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
⛳出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介
 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
⛳詳細は、出典記事・番組・画像で確認ください
⛳出典、『THMIS11月号』


垂秀夫-「対中国」強硬派が新大使になった
『THMIS11月号』記事より画像引用)
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