旅日記

旅の記録と紀行文を紹介する事でしょう。
写真は私が撮影したものを使用しています。

エスカロップ紀行 苫小牧→「ばるな」

2004-06-28 05:25:00 | ドライブ

ターミナル待合室からみた「ばるな」(苫小牧市)

平成15年6月24日火曜日。苫小牧港フェリーターミナルでレンタカーを返却する。黙っていてもよかったが、夕張でのへこみを申告する。ここの係員は業務代行だけなので判断しかねる。やって来たレンタカー会社の担当者と港の係員とがうーんと唸っている。結局、無かったことにしてもらう。傷つけて、さらに手数をかけて誠に申し訳無い事だと思うが、これで晴れ晴れとした気持ちで北海道を後にできる。

東日本フェリーのカウンターで乗船手続きをすませて待合室に上がる。団体客らしい人たちが皆、弁当を食べている。フェリー内のレストランを利用しないのだろう。売店で買い物をする。そういえばガラナを飲んでいなかった。サッポロクラシックも飲んでいなかった。それぞれ2本ずつ購入し、これから乗船する「ばるな」を見ながらガラナを飲む。

「ばるな」は「へすていあ」とともに東日本フェリーの室蘭-大洗航路に就航していたが、昨年から苫小牧-大洗航路の就航となり、商船三井フェリーとの共同運航となった。それだけでなく、いつの間にか「ばるな」は商船三井フェリーの運航となり、船体も塗り替えられてしまった。これにより苫小牧-大洗航路は東日本フェリーが「へすていあ」の1隻、商船三井フェリーが「さんふらわあ みと」「さんふらわあ つくば」「ばるな」の3隻で、日曜を除く毎日夕方と深夜の2便を運航となった。どの便も両社で予約できる。造船はすべて三菱重工業下関造船所。

いよいよ「ばるな」に乗船する。この船には東日本フェリー時代を含めて初めての乗船だ。商船三井フェリーの乗務員に迎えられ船室へ。従来の2等寝台船室でなく、ドライバー室の一部を2等寝台として割り当てていた。とりあえずデッキに出てみる。太平洋フェリーの「いしかり」が見える。苫小牧-仙台-名古屋航路に就航している。この会社は利用した事がないが評判は良いらしい。こちらは名古屋の会社である。機会を作って利用したい。

まだ出港していないが、レストランの営業開始とともに席につく。商船三井フェリーでは夕食は食べ放題(1,600円)のセルフサービスとなる。たくさん食べたい人にはよいのだろうが、面倒くさいし、割高だし、私はあまり感心しない。それでも最後の晩餐なので利用する。節約したい時は港で見た団体客のように弁当を買っておいても良いし、お湯は使えるのでカップ麺の類を用意しておいてもいいだろう。適当に料理を取って、生ビール(450円)を別に頼む。銘柄はサッポロクラシック。北海道で飲みたかったビールだが、出港していないとはいえ、すでに海の上である。今度は陸の上で飲もう。2杯目は缶ビール(230円)にする。銘柄はアサヒスーパードライ。やがて「ばるな」は出港した。次に北海道に来るのはいつだろう。昼食は抜いていたが、とても1,600円に見合うだけ食べられない。しかし以前利用した商船三井フェリーの「さんふらわあ みと」では食器は使い捨てで安っぽい食事となった。同社の前身、旧ブルーハイウェイライン以来の悪習である。「ばるな」は東日本フェリーの船だったせいか、食器はプラスティックで使い捨てではなかった。それでも帰りも「へすていあ」が利用したかった。ちなみに「ばるな」が南行の日は、「へすていあ」は北行となる。

船室に戻る。どうもうるさい。ドライバー室は後方にあり、エンジンに近いせいか、今までに乗船した2等寝台の中では一番うるさい。商船三井フェリーの船となった事で、東日本フェリー割り当ての席は良くないのだろうか。どこかで酒を飲んでいた隣の寝台の客が帰ってきて、いびきをかいて寝ている。さらに状況は悪くなった。深い眠りにつけぬまま、一夜を過ごした。 (つづく)