………………マンションの天井灯からそそぐ光から上体をかばうかの感じで、肩をまるめた黒っぽい服装の人物が、両手に箱のようなものを抱えて、静かに立っていた。乱れた長髪で、顔がよく見えなかったが、全身が湿っぽく濡れていて、髪先からは滴が垂れていた。
「上に越してきました――」
その人物はそう言うと、抱えていた黒っぽい箱を彼に差し出した。声を聞いてやっと、女だと分かった。
呆気にとられて立ち竦んでいると、女は一歩踏み込んできて、やや強引な感じで、その箱を彼に押しつけた。
彼はふたたび呪縛されたように心身がぎこちなくなり、押しつけられた箱を両手で受け止めるのが精一杯だった。箱はダンボールの手触りで、一辺が二十センチに満たないほどの立方体だった。重くはないが、空ではないようだった。
箱を手渡した瞬間に、女は姿を消したような印象だった。気がつくと、開いたドアの向こうに、見慣れた近隣の住宅街が見下ろされ、細かな雨が、しかしたゆみなく降っている。
彼が身を乗り出すと、女が立っていたあたりが濡れていて、雨滴はゆるやかな曲線を描いてすぐ先の階段をあがっていた。このマンションは五階建てで、彼の部屋は四階のいちばん北側だった。すると女は五階に引越してきたわけだ。それにしても、こんな時間に挨拶にくるとは、ちょっと常識を疑いたくなる。――と、ここまで考えて、さらに二つの疑問が浮かんだ。各フロアには六つの部屋があるが、女は自分のところだけに挨拶に来たらしかった。彼の部屋の前だけが濡れていたからである。その理由が分からない。そして、引越しの挨拶としては、どう考えても不自然な、この黒い箱………………
黒い箱
「上に越してきました――」
その人物はそう言うと、抱えていた黒っぽい箱を彼に差し出した。声を聞いてやっと、女だと分かった。
呆気にとられて立ち竦んでいると、女は一歩踏み込んできて、やや強引な感じで、その箱を彼に押しつけた。
彼はふたたび呪縛されたように心身がぎこちなくなり、押しつけられた箱を両手で受け止めるのが精一杯だった。箱はダンボールの手触りで、一辺が二十センチに満たないほどの立方体だった。重くはないが、空ではないようだった。
箱を手渡した瞬間に、女は姿を消したような印象だった。気がつくと、開いたドアの向こうに、見慣れた近隣の住宅街が見下ろされ、細かな雨が、しかしたゆみなく降っている。
彼が身を乗り出すと、女が立っていたあたりが濡れていて、雨滴はゆるやかな曲線を描いてすぐ先の階段をあがっていた。このマンションは五階建てで、彼の部屋は四階のいちばん北側だった。すると女は五階に引越してきたわけだ。それにしても、こんな時間に挨拶にくるとは、ちょっと常識を疑いたくなる。――と、ここまで考えて、さらに二つの疑問が浮かんだ。各フロアには六つの部屋があるが、女は自分のところだけに挨拶に来たらしかった。彼の部屋の前だけが濡れていたからである。その理由が分からない。そして、引越しの挨拶としては、どう考えても不自然な、この黒い箱………………
黒い箱